ヘリという乗り物の中は意外と広い。中には私とパイロットだけだ。足元を見ると、そこには黒く細長い鉄の箱がある。何が入っているかは分かる。これで敵を倒す。するとスピーカーからパイロットの声がした。
<<もうすぐ到着します>>
私はヘリの窓から海を見下ろした。司令の部屋のテレビで見た船が少しずつ近づいてきた。
◆◇◆◇◆◇
甲板に降り立つと同時に酸素ボンベとマスクをはずした。
そしてタンカーの壁に特殊吸盤で張り付いて待機している部下に合図を送った。
続けて部下も俺と同じ行動を終える。まずテロリスト達の装備を確認すべく、ブリッジの横から表の甲板の見える位置まで移動し、双眼鏡を取り出した。人数は二百人ほどで距離はおよそ三十メートル。
<<隊長>>
骨伝導イヤホン越しに部下の声が聞こえた。
<<やつらの装備……おかしいと思いませんか>>
テロリストの装備している銃は、特殊部隊向けの高性能サブマシンガンのP90で、体にはNIJ(防弾規格)の最高位であるレベルⅣと見られるボディアーマーを着用していた。顔にもそれと同等レベルのヘルメットを装着している。どちらも高級かつ高性能な装備だ。やつらのような過激派やテロリストグループが入手できるはずがない。しかもあんな大量に。
無線機のスイッチに手を伸そうとしたそのとき、イヤホンに無線が入ってきた。
<<こちら作戦本部。人質救出作戦のアルファチーム、ブラボーチームに緊急連絡! たった今、本作戦に最新型の戦闘用アンドロイドを投入することが決定した。各隊はアンドロイドによるテロリストの殲滅が完了するまで待機せよ! 繰り返す。アンドロイドによるテロリスト殲滅が完了するまでその場で待機せよ!>>
俺達は本部からの無線に困惑した。思わず顔を見合わせる。
確かに戦場に兵士としてアンドロイドを投入するということは近年珍しくなくなったがこんな状況でそんなものを投入してもすぐ蜂の巣にされてしまうだけだ。一体本部は何を考えているのか。
すると海の向こうから海上保安庁のヘリが爆音と共に近づいてきた。
「フラボーから本部へ。ここには武装したテロリストがいるんだ!ヘリなんて近づけたら!」
もう一隻のタンカーに潜入したブラボーチームの隊員の声が聞こえた。
<<心配ない。そちらはもう制圧してある>>
何だって……?
そしてヘリはタンカーの真上まで差し掛かった。
そのとき、我々はテロリスト達のいる方を見て驚愕した。
その中の一人がヘリに向けて携帯用地対空ミサイルのスティンガーを構えていた。あんなものまで持っているとは!
その周りにいたテロリスト達が退くと、そいつはスティンガーを発射した。ミサイルはヘリに向かって一直線に飛んで行き、次の瞬間、ヘリを空中で粉砕した。破片が俺達の近くに降り注ぐ。
俺はすぐにタンカーの煙突の上を見た。今、ヘリが撃墜される瞬間、黒い何かが、ヘリのハッチを突き破って飛び出した。それが煙突に着地したのだ。
俺は双眼鏡を最大までズームした。それを見て、私の目が大きく見開かれる。黒い何かの正体は、漆黒の強化服らしきスーツを纏った黒髪の少女だった。あれが例のアンドロイドなのだろうか。どう見ても人間の少女にしか見えない。それは甲板のテロリスト達をまっすぐ見下ろしていた。
テロリスト達はその存在に気付くと一斉にあざ笑い、そして一斉に銃撃した。
だめかと思った瞬間、テロリスト達の中から断末魔の悲鳴が上がった。
その方向を向くと、そこにはたった今まで煙突の上にいた、あのアンドロイドだった。
断末魔を上げたテロリストを見て、今度は背筋が凍りついた。アンドロイドの腕が、テロリストの腹部を強固なボディアーマーごと貫通していた。アンドロイドが素早く腕を引き抜くと、そのテロリストは口と風穴の開いた腹部から大量の血液を垂れ流し、激しく痙攣しながら倒れた。
周りにいたテロリスト達が硬直する。アンドロイドはそれを観察するように、まじまじと見回していた。後姿で表情は見えない。
次の瞬間、テロリスト達が、狂ったような叫び声を上げ、アンドロイドに向かって、一斉射撃を行った。それと同時にアンドロイドの姿が黒い残像となり、テロリスト達の間を飛び回った。そして次々とさっきと同じような悲鳴が起こった。
ある者は同じく腹部に風穴を開けられ、 ある者は頭部を吹き飛ばされる。舞い飛ぶ飛沫が、甲板を赤く染め始めた。テロリスト達は次々と赤い血の池に沈んでいく。
双眼鏡を最大まで拡大すると、アンドロイドは甲板に突き刺さった黒く細長い何かを抜き放った。それは黒光りしている日本刀だった。
テロリスト達は動きの止まったアンドロイドにここぞとばかりに射撃した。
その瞬間、射撃の発射音と同じ速度で鋭い金属音が鳴り響き、彼女に向かって放たれたはずの弾丸がテロリストたちを貫いていた。
アンドロイドはその日本刀で全ての銃弾をはじき返していたのだ。信じられない光景だった。
テロリスト達が今度は一斉にマカジンの交換をし始めたが、新しい弾が彼らの銃に装填されることはなかった。目で追えない速さでアンドロイドはテロリストの群れへ飛び込むと、黒い疾風の如く回転した。陽光にきらめく刃に切り裂かれ、テロリスト達がただの肉片になって甲板に転がった。
もうやつらはその人数を四分の一に減らされていた。そしてその黒い疾風がアンドロイドに戻ったころには、甲板の上に立っている者は一人としていなかった。
そこはまるで、阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
アンドロイドは指で刀に付いた血を小奇麗にふき取り、刃を鞘に収めた。返り血で赤く染まった体は気にしていないらしい。
<<こちらミク。船にいた敵は全員倒した>>
ミクと名乗ったアンドロイドはヘッドセットのマイクに言った。その声も、少女のものとしか思えない。
<<了解。しばらくその場で待機せよ>>
本部からの応答が帰ってきた。そのとき、無線に耳を疑うような音声が流れてきた。
「ねーねー。この船さあ、もう壊しちゃっていい~?」
「僕、もう退屈だよ……。」
少女の声だ。まさかこれも……。
「……しょうがない。好きにしろ。」
本部からあきれたような声が聞こえた。
次の瞬間、タンカーの隣にくっついていた、先ほど制圧したといわれた不審船に細い鎖が何十にも巻きつき、一気に締め上げ瞬間、一瞬で船体が崩壊した。
そして崩壊する直前、今度は赤い何かが飛び出し、雑音ミクのいる甲板に降り立った。
<<こっ、こちらブラボー! 今、傍にあったミサイル巡洋艦が真っ二つに切り裂かれた!>>
どうやら向こうでも同じようなことが起こったようだ。
私は思い出し、本部に連絡を入れた。
「こちらアルファ……アンドロイドが殲滅を完了した。これより内部へ突入する……。」
<<了解。人質を発見しだい、救出せよ>>
◆◇◆◇◆◇
「へえーっ。あんたもアンドロイド?」
そういってその女の子は私の顔を覗き込んだ。私のと形が同じで赤と黒のスーツ。赤くてながい髪の毛。頭の後ろに大きな黒いリボンがある。
「そうだけど。君、誰なんだ。」
そう答えたけど、すこしぶっきら棒な聞き方だったも知れない。
「あたしは殺音ワラ。あたしもアンドロイド。それにしてもこれあんた一人で殺ったのー?」
「そうだ。」
「ま、あいつらも向こうでずいぶんハデに殺ったみたいだけどさ。」
「あいつら?」
そのとき無線から声がした。作戦本部のものではない。
<<どうやらゲストが向こう側をやってくれたみたいだな……よしみんな、向こうのタンカーに移るぞ>>
私は並んでいるもう一方の船を見た。すると、誰かが三人そこから甲板へ飛び移ってきた。おそらく、アンドロイド。
「へぇ。こりゃずいぶんとやってくれたな。」
そういったのは背の高い男だった。黒い髪で、左目に包帯が巻かれている。
「たいともがんばったよー……。」
たいとと呼ばれた男にぴったりくっついている少女は、また私と同じようなスーツを着ている。だけど色は赤と白だ。髪の毛も赤い。背中に太い剣が二本、鞘に入っていた。
「キクだってよくがんばったよ。」
たいとはやさしい表情でキクと呼ばれた少女の頭をなでた。仲がいいのだろう。
この二人がもうひとつの船の敵をすべて倒したのか。
「僕らの仕事、今日はこれで終わり…・・・?」
大きな鎌を持った紫色の髪の毛とスーツを着た少女が言った。しずかな喋り方で、眼鏡を掛けている。
「そうだな。さてと、これで全員集まったな。そうだ、君、名前は。」
「雑音ミクだ。」
「そうか、じゃあ雑音ミク。これからよろしく。」
「どういうことなんだ。」
「俺達は、これから君のいる水面基地に行くことになている。ヘリでな。」
「そうなのか?それは、知らなかった……。」
「まぁいい。後でゆっくり説明しよう。」
海の向こうからヘリがゆっくり近づいて、わたしと、四人の目の前に降りてきた。
「ヘリの中でな。」
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