手のなかの空
宵葉
今日も空は不機嫌な灰色をしていて、悲しいかな、私は・・・いや、この世界の住民たちはみんな、晴れ渡る青空というものを見たことがない。他の世界から来た旅人たちが持ってきた絵本で、ようやく空が灰色以外の色に染まることを知ったのだ。そうなった原因は、この世界を覆う空にも負けない色をした、街の中心にある『傘』にある。
私はその傘がよく見える―まあ何処に居てもはっきりと見えるのだが―学校の遊具に座り込んで、極々小さな声で呟いた。
「―その傘は私たちを守るために建設された。掟を破ることは何人たりとも許しはしない―」
「小さい頃に聞かされた説教か?政府のハゲ親父の言うことなんて気にしなけりゃいいんだよ。」
下から声がしたので首を動かすと、幼馴染みが何年経っても変わらない笑みを見せてくれた。彼は遊具をひょいひょいと簡単に登ってきてしまう。私だって、運動神経はいいはずなのに、なんだか差を見せ付けられた気分だ。
「傘に・・・傘の上の景色を、見に行くの?」
「勿論だ。小さい時に約束しただろ?絵本の中の空を見に行くって。」
「うん・・・・・」
まだ傘について何も知らなかった頃。傘の真下まで行って指切りをしたあの日を、私は忘れたことがない。いつだって心の中には、絵本で見た青い綺麗な空が広がっているのだ。
でも、不安だ。彼はいつでも行けるみたいだが、政府の役人に見つかって捕まってしまったら、この灰色の空も見れなくなるかもしれないのだから。
「風邪引く前に早く行くぞ。小雨だからって長い間外に居すぎだ、バカ。」
ぐい、と手を引っ張られて遊具から飛び降りる。どうやら私に拒否権はないようだった。傍らに置いていた絵本をしっかりと胸に抱き、私たちは手を繋いだまま傘に向かって走り出した。
「はあっ・・はっ・・・」
「よし、ここだな。」
結構長い距離を走ったのに、息を乱さずにいられる彼が羨ましい。
私の息が整うのを待って、彼はその重厚な扉を、ゆっくりと押し開けた。
ぎぎぎぃ・・・と嫌な音をたてて、人一人分通れる隙間ができた。私を先にいれ、彼も周りを伺ってから入ってくる。扉を閉め、前を見ると背筋に汗が流れる。招かれざる人が、禁断の場所に踏み込んだ瞬間だった。
中は心もとないが照明があったため、何も見えないということにはならなかった。彼が意を決したように歩き始めたので、私も慌てて後を追う。喋ったら見つかりそうな、そんな緊張感が漂っていた。
随分長く歩いた。何分経ったのかもわからない。階段を上り、扉を開け、同じような道の中で、違和感を感じた私はようやく口を開くことを許されたのだった。
「ねぇ、後ろになにか、感じない?」
彼は心底驚いたようで、目を見開いたまま固まってしまった。顔の前で手を振って、彼をこちらに引き戻す。
「警備員じゃあないよな。ここには政府の人間も簡単に立ち入りできない。あとは他の世界からの整備員が年に数回ここに来るだけだし・・・。」
そう言って彼は後ろを向いた。私も彼に倣い後ろを見た瞬間に、視界を白い、影のようなものが横切った。少ししか見えなかったが、私の形をしていたような気がする。
幽霊らしきものを見て彼は言葉を失っていたが、私にはあれが何なのか、ぼんやりと解っていた。本当に、ぼんやりと。
「私・・・まだ迷ってるのかな。」
ぽつんと呟くと、彼は不思議そうにこちらを見た。
「迷う?傘の外を見ることに?」
「多分。見たら、戻れない気がするから。」
そう言ったときの彼の気持ちを私は知らないし、私の気持ちも彼にはわからなかったと思う。私だって自分の気持ちの整理がついていないのだから。
気を取り直すように、彼は笑って私の手をとり、歩き出した。また暫く廊下を歩き、扉を開けると、長い螺旋階段が続いていた。もう、『暫く』の定義がここに来る前より随分と変わっていた。
「うっわ・・・階段長っ・・・」
私たちは、顔を思い切り歪めたまま階段を上る。いつの間にか、白い影が私たちを追ってくることはなかった。
廊下を歩くよりも長い。たまに休みながら、しっかり階段を踏みしめて上っていく。たまに何処からか声が聞こえた気がしたような、それを忘れてしまったかのような。
螺旋階段を上りきった先には、扉があった。
そして扉の先にあったこの部屋には、機械がたくさんある。
【OPEN】と書かれたボタンを見つけたので、私は外に出るためのボタンだと思ってそれを押す。遠くで鈍い音がした。
他の機械をいじっていた彼に声をかけ、廊下へと戻ると、異変が生じていた。
「風が、流れてるわ。」
私は言った。
彼は黙って頷き、私の手をひく。これまでよりゆっくりと慎重に、先へと進んだ。
壁の色が濃い灰色から段々と薄くなっていく中、私たちを誰が見つけることもなかった。
誰が見つけることもなかった。
そして、ついに外へと続く扉を見つけた。埃をかぶり、私が腰を曲げたらようやく通れそうな、小さなそれ。彼はごくりと唾を飲み、ノブに手をかけた。
「開けるよ。」
「うん。」
そこには、何もかもがあるように見えた。
色とりどりに咲いた花に、深い青空。
ああ、これが私たちが夢見た青空なんだ。私が胸に抱いている絵本に描かれていた、この世界では誰もが見たことのない風景。
「もう、なにもいらないわ。」
自然と、そんな言葉が口から零れていた。頬を涙が伝い、花の絨毯に吸い込まれていく。落ちた涙を受けた花は、一層輝いた気がした。
「あ、」
「ん?どうした?」
絵本と空を見比べていると、あることが頭の中に浮かんだ。思わず声を出すと、同じく見とれていた彼がこちらに顔を向けた。
「この本、還してあげないと。切り取られたままじゃ、空も可哀想だから。」
私は、青空のページを開いていた絵本をそっと地面に置いた。彼はそんな私を見ると、今までで一番の笑顔を見せてくれた。
―ああ、なんてきれいな―
そして、私たちは扉を閉め、花畑にはそぐわない機械に寄りかかるようにして、目を閉じた。
(ずっと、こんな世界なら良かったのに)
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