さて、レン王子との面会を終えて、2週間間が経った頃のある日。
「もうすっかり梅雨も明けて、晴れたわねー!青空が懐かしいわ」
アリスは、青い空を見上げてにっこりと目を細めました。
「それに、執事も私のものだし・・・私って、幸せものよねー」
執事を振り返り、少しはにかむアリス。
「・・・そう、ですね」
「あら、執事?なんか様子がおかしいわね・・・」
一瞬で執事の異変を見抜くアリス。
「あの、アリス様」
「な、何かしら?・・・急に改まっちゃって」
「・・・・・・今夜、よろしかったら、」
執事は一呼吸おいて、
「僕と同じ部屋で、過ごしてくれませんか?」
と、アリスに伝えました。
「え・・・!?・・・ちょ、執事ってば急ぎすぎだわ。というか、ずいぶん遠まわしな言い方するのねぇ、・・・まぁ、そこも執事のいいとこだけれど」
「いえ、ちがいます、アリス様」
何やら顔を赤くしながら言うアリスに、執事は首を横に振りました。
「じゃあ、どういう意味?」
「あー、そんなに色っぽい瞳で僕を見るのはやめてもらえますか。・・・実は、怪盗にこんなものが届きまして」
執事はそう言って懐から、封筒を取り出してアリスに手渡します。
「え、何か盗まれるの!?」
「そんなに嬉しそうにしないで下さい。とにかく、中を見てみてください」
「分かったわ。・・・・・・・・」
アリスは頷いて、封筒に入っていた便箋を広げて読み始めました。
「・・・『不思議の国の主・うさ耳アリス様へ。我は怪盗帯人。今宵、貴女を夜の世界へと連れ出します。・・・貴女に会えることを願って。怪盗帯人』・・・。え、貴女って私のこと!?・・・っていうか怪盗帯人ってどんな人かしら・・・」
「そんなやつに、興味持たないで下さい。・・・貴女は、僕が守ります」
「あ、だから、だっきあんなこと言ったのねぇ」
ようやく事情が分かったアリスは呟きます。
「分かったわ。・・・だけど、変なことしたら即刻追い出すわよ?」
「そんなこと、貴女が連れ去られないか不安で、しませんよ」
アリスの言葉に、若干頬が赤くなりつつも返事する執事なのでした。
夜。アリスと執事はアリスの部屋にいました。
「・・・・ねぇ、執事」
テーブルの椅子に座っているアリスは、向かい側に座る執事を見ます。
「何ですか、アリス様」
「今宵って、いつ?」
「えーっと、・・・大体12時ぐらいを過ぎた頃じゃないんですか」
「・・・それじゃ、もうすぐね。楽しみだわ」
執事の返答に不敵にアリスは笑んで、スフレを一口食べました。
「あ、これ、普通のスフレじゃないわね?」
何かに気づくアリスに、
「そのスフレは人参が入っているんです。・・・何でも、メイドたちのアイデアだそうで」
執事は微笑み、タネ証しをしました。
「へぇ。生活の知恵とかそんなのみたいね。・・・あ、そうだ執事、スフレってフランス語でどういう意味か、知ってるかしら?」
「・・・膨らませた、ですか?」
「もぉー。何で答えちゃうのよー」
「だって、語学は大事ですから」
「そうなの?」
などと会話をしていると、ついに。
「失礼いたしますわ、アリス様と執事様。さつまいものガレットのアイスクリーム添えをお持ちしました」
コンコンとドアをノックして、メイドがお皿を2つトレーに載せて部屋の中に入ってきました。
「あ、メイド。貴女たちのアイデアには感服するわぁー」
アリスの言葉に、
「ありがとうございます、アリス様」
完璧な笑みを浮かべて、メイドは返事しました。
「・・・ん?」
執事はメイドの着ている服の裾からはみ出しているものを見て、首とうさ耳を揺らしました。
「メイド。・・・そのアイスピックは何ですか?」
「ふふふ・・・」
2つのお皿の載ったトレーをテーブルに置いてから、メイドは俯き、何やら笑い出しました。
「・・・いやぁ、さすがだねぇ執事さん。でも、いくら変装を見破れたからって、今更引き下がる訳にはいかないなぁー・・・だよね?」
口調も声も、もはやメイドではない別の誰かさんへと変化していく、メイドの皮を被った別の誰かさん。
「え、ちょ、メイド!?」
「アリス様、これはメイドではありません。・・・これは」
目を丸くさせるアリスに、執事はその名前を静かに言う・・・はずでした。
「・・・・・・・・・・あ、名前何でしたっけ?」
「そこはきっぱりと俺の名前言ってほしかったなぁー。これじゃ、調子狂っちゃうよ」
執事の間の抜けすぎた言葉に、けらけらと笑う別に誰かさん。
「ここはナレーター通り、別の誰かさんってことでいいと思うのだけれど・・・」
「それはいやだな」
アリスに近寄り跪き、その手をそっと手に取る別の誰かさん。
「改めて今晩和、アリス様。我・・・俺は怪盗帯人。・・・貴女に、予告状を出した者です」
「あー、貴方が怪盗帯人さん?へぇー、・・・顔は意外と、かっこいいのね」
「そんなに心ときめかないで下さい。・・・それで、今すぐアリス様から離れて下さい、怪盗帯人さん」
「んー、いやー」
執事には適当にあしらう別の誰かさん改め怪盗帯人。
「あんなヘタレ執事なんかより、俺の方がいいと思いますよ」
「・・・そうねぇ」
「あんなやつよりも、俺が、アリス様を幸せにします」
そう言って、アリスの手の甲に唇を当てる怪盗帯人。
「・・・あらまぁ」
さすがに目をまんまるにさせて顔を赤らめるアリス。
「僕、それ一番したかった告白の1つだったんですけど」
じとーっと、ぼそーっと、執事は暗い口調で言いました。
「やったもん勝ちだぜ、へタレ」
意地悪そうな笑みを浮かべ、執事に言う怪盗帯人。
「・・・アリス様。そんな突発的なものに引っかかってはだめですよ。僕との方が、長い時間の積み重ねがあるんですから」
「そんなこと、誰よりも、」
執事の言葉に、アリスは顔を厳しくして、
「この不思議の国の主である、私が、心得ているわ」
声もいつもとはちがい冷たさを宿らせて、凛然とした態度で言い放ちました。
「・・・悪いけれど、怪盗帯人。これ以上の用が無いのなら、さっさと出て行くといいわ」
怪盗帯人に握られていた手を振り解き、入り口のドアを指差して言います。
「・・・最後に余計な単語を言ってくれたよねー、へタレ執事さん」
表情は笑んでいましたが、目を鋭い感じで、執事を睨みつけて言う解答帯人。
「・・・僕は、アリス様の執事ですよ」
先程までの口調はどこへ行ったか、涼しげに軽やかに言う執事。
「アリス様のことは、誰よりも心得ていますので」
「・・・ちょっと、私の言葉が聞こえなかったの?さっさと出て行きなさいって、言ったはずだけれど」
「・・・・・・アリス様の本気、ですかぁ。・・・でも、それ以外のアリス様は無防備だからね、俺、諦める気はないですけど、この状況は逃げの一手だからー、一旦さよなら」
軽々しい口調でそう言うと、怪盗帯人は窓を開け放ちました。
夜の、冷たく涼しい風が流れ込んで、部屋の中を満たして漂います。
「ねぇー、ヘタレな執事さんやー」
「・・・何ですか、怪帯」
さっさと飛び降りれよとかは心の中に押し留めて、たずねる執事。
「何勝手に略してんだっていう文句はおいといて、ここって、ビル何階ぐらいの高さ?」
「大体4階ぐらいですねぇ、怪帯さん」
「ならいいや。それじゃあな、へタレ執事さん。・・・今度会う時は、」
そこで振り向いて、執事と目を合わせて、
「アリス様はもらっていくからな。それと、」
怪帯さんは、そこで一旦言葉を切って、
「名前勝手に略すな。ナレーターさんも思いっきりつられてるだろ」
それだけ最後に言うと、夜の風と踊るように、窓から飛び降りました。
「・・・」
アリスは、とてとてと窓まで歩くと開け放たれていた窓を、勢い良く閉めました。
「はぁ、やれやれね」
ため息をついて、アリスは執事を振り向きました。
「執事、疲れたから寝るわ、だから今すぐ部屋から出て行ってちょうだい」
「・・・分かりました」
本音は部屋を出て行きたくない執事ですが、執事であるがゆえに頷くしかありませんでした。
「おやすみ、執事」
「・・・あの、アリス様」
「何?」
「・・・・・・今日の僕は、貴女をちゃんと守れましたか?」
「・・・そうねぇ」
執事の言葉に、アリスは考えて、
「少しは、守れたと思うけれど・・・でも、何でそんなこと聞くの?」
「いえ、少し気になって」
「ふーん、執事でも気になることあるんだ」
「それでは、おやすみなさい、アリス様」
「あ、執事、ちょっと待って」
入り口のドアに行きかける執事を、アリスが呼び止めます。
「何ですか?」
律儀に振り返る執事。
「私のうさ耳、またどこかで手に入れてくれないかしら?・・・別に、いやだったら、いいのだけれど・・・」
珍しく弱気になるアリス。
「いいですよ、アリス様のためだったら何でもやります」
頼みごとをするのが実は苦手なアリスのことを分かっている執事は、にっこりと頷いて言いました。
「・・・ありがとう」
少しだけはにかみながら、素直にお礼を言うアリス。
「・・・・・・・・!」
そんなアリスに、目をまんまるにさせてから、執事は、
「・・・それでは、おやすみなさい、アリス様」
もう一度、言い直して、アリスの部屋をあとにしたのでした。
END ?
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