「えぇっ、本当にカイト君に好きって言われたの?」
眠気を吹き飛ばすような勢いで結子がそう叫んだ。その大声に手放しかけていた意識がルカの元に戻ってくる。その大声に何事だろうか、と寝転がったままうっすらとまぶたを持ち上げてみれば、視界の斜め上、自分の頭上すぐ横に座るメイコが真っ赤に染まっていた。
「結子さん、今、夜。声大きいから」
「いやいやいや。夜とか言ってる場合じゃなくてさ。なにそれ。カイト君が研究所に行ってからもうふた月ほど経っていますが、みんな知らないよね。そんなの初耳だよね。なんで言わないかなぁ。メイコさん」
「だから結子さん、ルカが起きるから声小さくして……そんな、こんなこと、一緒に暮らしている皆には気恥ずかしくて言えないわよ。ていうかこの話は誰にも言うつもりはなかった。なんかもう、話の流れ的につい滑ったというか……うぅ失敗した」
「まぁそうだよね。カイト君がメイコさんに告白しただなんて知ったら、みんなお祭り騒ぎになるわね」
「特にリンとミク辺り」
だから皆には内緒。と真っ赤な顔で唇に人差し指を当てるメイコの姿に、しまった、と寝転がったままでルカは思った。どうやら聞いちゃいけないことだったみたいだ。
どうしよう。ごめんなさい姉さん聞いちゃいました。でもこのまま寝たふりをして聞かなかったふりをします。心の中で唱えて、ルカはそのまま目をつぶり直して寝たふりを始めた。大人しく丸くなっているその姿は、すっかり眠り込んでいるように見えただろう。メイコも、今の結子の大声でルカが起きなかったかとしばし様子を伺ってきたが、丸くなったままのルカに安心した様子でそっとその頭を数回撫でてきた。
しばしの沈黙が、メイコと結子と、それに寝たふりのルカの上に落ちる。
「……ええと。まず。いつの話なのでしょうか。それは」
おずおずといった様子で結子がなぜか敬語で問いかけてきた。ルカを起こさないよう、ふたりの声は先程以上に小声だ。それでも結子が興奮している様子なのはその声の調子で分かる。結子の問いかけに対し、しばしの沈黙を置いてメイコが口を開いた。
「……カイトが研究所に行っちゃう前の日の夜」
「また土壇場で。カイト君やれば出来る子だねぇ」
感心したような結子の言葉に、確かに兄さんはやれば出来る子だったみたい。と寝たふりのルカも思った。
前日の夜、といったら、カイトがメイコにマフラーをあずけた時の事だろう。しかしあの時、ルカはほかの皆と一緒にこっそりと二人のやり取りを聞いていたけれど、特に告白めいた言葉をカイトは言っていなかったはず。どうやって愛の告白をカイトはメイコにしたのか。
兄さんと姉さんはおしゃべりをしながらこっそり筆談を交わしていたのかしら。なんだかスパイ映画みたいで凄い。
妙なところで感心する寝たふりのルカの頭上ではまだまだメイコと結子の恋バナは続く。
「それでメイコさんはなんて答えたの? 私も好きってちゃんと言った?」
「なんでそれを!」
「いやゴメン。自分のことは鈍感だけど、メイコさんの気持ちには気が付いちゃったんだよね」
「結子さん鈍感のくせに。こんな時に限って鋭いなんて!!」
恨みがましいメイコの声が響く。そっと薄目を開けてルカが様子を見てみたら、またもや真っ赤なメイコの姿。これ以上赤くなったら姉さん、頭から煙が出てしまうから冷たい飲みものを飲んだほうが良いと思うの。そう思いながらルカは再び目を閉じた。
メイコ自身もルカと同じことを思ったのかもしれない。かしっ、と缶のプルトップを引いた音が響いた。間髪入れずに、ごっごっごっ、と喉を鳴らす音も聞こえてくる。メイコがビールでも一息に飲み干したのかもしれない。その景気のよい飲みっぷりに釣られたのか、ちょ待ってて。私もビール取ってくるから。と慌てた様子で結子が言った。しばしの沈黙の後、ガラス一枚向こう側からも、ぷしっ、と缶のプルトップが引き上げられた音が響いてきた。
「……お待たせ。で、メイコさん。カイト君からの告白に貴女はなんて返事をしたのでしょうか?」
改めて投げかけられた結子からの問いかけに、先程よりも少し長く押し黙り、そしてようやくメイコは口を開いた。
「返事なんかしてません」
「……? え?」
結子がビールを冷蔵庫からとってきた間に冷静さを取り戻したらしい。先程とは打って変わって落ち着いたメイコの声が響いた。その返事に結子が訝しげな声を上げる。理解できない、というような結子に再びメイコが返事をした。
「だから、私の気持ちはあんたなんかに教えてやらない。って言ったの」
はっきりとした調子で言ったメイコの言葉に、ようやく理解できたのだろう。そうなんだ。と戸惑うように結子が頷いた。
「だけど、なんで返事をしなかったの? ……あ、確認だけど。そもそもメイコさんはカイト君が好きだよね?」
「好きですよ。それがどうした」
結子の至極当然な疑問に、メイコは重々しく答えた。かしっ、と再び缶のプルトップを引いた音が響く。もう一本ビールを開けたようだ。そしてお約束のように、ごっごっごっ、と勢いよく喉が鳴る音も続く。
カン、と中身が空っぽの缶が勢いよくテーブルに置かれる音が響いた。
「そうよ。カイトのことが好きよ。世の中で言う恋に落ちた瞬間、とかいつだったかなんてわからないけど。多分、これが、特別に好き、っていう気持ちなんだろうなあって人工知能の私でも分かるわよ」
内容的には甘い恋バナであるはずなのに、それを語るメイコの声は低く重い。まるで呪いの言葉でもつぶやいているかのような、そんなメイコの様子にどうしたのか、とルカはまたそっと薄目を開けた。
寝転がった視界の斜め上、メイコの顔はひどく緊張していた。痛みをこらえるように唇を噛んでいるその横顔を、不思議に思いながらルカは見つめた。一体メイコは何を怖がっているのだろうか。大丈夫?と寝たふりを忘れてルカはその手をつかみたくなった。
無言でメイコが再び新たなビールを開けて飲みだした。恋愛の話をしているとは到底思えない、深刻な表情のメイコを、しばし結子が推し量るような視線で見つめた。と、何かに合点が言った様子で、そうか、と口を開いた。
「メイコさん。カイト君も、あのミクさんみたいなことになるんじゃないかって思ったのでしょう?」
確信のこもった静かな結子の問いかけに、メイコもまた静かに頷いた。
恋をして消失を選んだ、初音ミクのことだと、ルカも気が付いた。
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