第四章 始まりの場所 パート2
刀傷の男に向かって謝礼金を支払い終えたレンは、まるで何事も無かったかのような足取りでその小屋を後にすると、海沿いの寂れた路上に駐車しておいた乗用車に再び乗り込んだ。カモメが鳴いている。どこかで聞いたことがあるような声だったが、そう感じたのは海岸の寂れ具合が丁度リンが小瓶を流したあの海とよく似ていた所為かも知れない。そのカモメの声を耳に収めながら、レンはエンジンキーを差込んで捻りあげた。軽快なエンジン音が海岸に響き渡る。その音を耳に収めてから、レンはアクセルを軽く踏み込んだ。路地を抜けて国道五号線へと戻ると、再び札幌へと向けて走り出す。途中で小樽の街に入ったとき、レンは不意に思い立って五号線から逸れると、小樽運河へと向かって車を進行させた。道道17号線に入り、二分ほどで運河が左手方向に確認できる。その運河をちらりと眺めたレンは、相変わらず観光客が多いな、という一般的な感想だけを心の中に収めて運河を走り過ぎていった。やがて札樽道路の入り口が見えてくる。そこから自動車専用道路へと車体を移したレンは、遠慮の無い力でアクセルを踏み込んだ。加速重力がレンの体にかかる。行きに比べれば車の数は増えてはいたが、交通の阻害になる程度ではない。軽快に回転するエンジン音を耳に収めながら、少し風に当たりたいなとレンは考え、乗用車の窓を全開に開けた。潮風がレンの輝くような金髪を揺らす。心地いいな、とレンは考え、その蒼い瞳を僅かに細めた。この後はどうするか、とレンは考える。もう彼女たちに伝える言葉も、手渡すべきものも用意してある。まだ夕暮れまでには時間があるし、とレンは考え、たまには年頃の青年らしく、札幌駅で軽く買い物でもしようか、という結論を出した。
いつもいきなりなのだから。
渋谷みのりは、心の中でそう毒づきながら目の前に展示されている洋服を手に取った。明日満が帰ってくるという連絡を受けたのはいい。それは嬉しいことだけど、たまにしか逢えない満の為にいつも新しい服を選んでいることを彼は気付いているのだろうか。生まれたときから一緒にいるといっても過言ではないほど古くからの仲だけれど、満は案外ファッションに関しては鈍感なのである。それでも一緒にいることを選択したのはなぜだろうか。結局腐れ縁が発展しただけなのだろうか、と考えて、思わず渋谷はこう呟いた。
「あ~あ、なんであの時あんなに泣いたんだろう。」
あの時。寺本が東京の立英大学へ行くと宣言したとき。そして最後の雪祭りで告白したとき。どうしてあたしはあんなに泣いたのか。あの時は満の不在はそのまま世界の終わりであるかのように感じたものだが、慣れてしまうと寂しさを誤魔化す術も身につけてしまうもの。当然通信手段が発達している現代だからこそ、という理由もあるだろうが、少なくとも満が遠くに行った程度で世界が崩壊することはないと痛感したのである。
「別にいいかな、前の服でも。」
どうも気にいる洋服が見当たらない。無理に買ってもお金の無駄だし、買ったところで満が何か言ってくれるわけでもない。そう思うと途端に今の自分の行為が空しくなって、渋谷は手に取った洋服をそのままラックへと戻した。もう帰ろうか、と考えたが、せっかく札幌まで訪れてそのまま帰宅するのもなにか勿体無い。もしかしたら気にいる洋服もあるかも知れないし、と渋谷は前向きに考えると、他の店舗の洋服をじっくりと品定めしようと考えてのんびりとした足取りで歩き出した。その途中、そういえばこのお店は、と渋谷が考えて立ち止まった場所はエスカレーター脇にあるアクセサリー店であった。渋谷の胸元に光るペンダント。寺本も身につけている大切なアクセサリーを購入した場所であった。懐かしいな、と瞳を細めて手近にあったアクセサリーを手に取った渋谷は、その時エスカレーターを降りた、遠目からでも分かる輝く金髪を持つ青年の姿に気がつく。
「鏡君!」
渋谷は軽く右手を上げて、その青年、鏡蓮に向かってそう声をかけた。
「渋谷さん。お久しぶりです。」
レンは予想外の人物に出会ったとばかりに瞳を数度瞬きさせた。小樽から戻ったレンはそのまま、軽くメンズファッションでも覗きに行こうと考えてステラプレイスを訪れたのである。
「鏡君もお買い物?」
優しい笑顔で渋谷は鏡に向かってそう尋ねた。
「そんなところです。渋谷さんも?」
「いい商品はなかったけれど。」
苦笑しながら、渋谷はそう答えた。
「アクセサリーでしょうか?」
渋谷の傍に近付いたレンが、渋谷の手元にある展示用のペンダントを眺めながらこう尋ねた。
「このお店、このペンダントを買ったお店だから。」
渋谷はそう言いながら、胸元にあるペンダントのトップを鏡に示すように右手で僅かに触れた。そして言葉を続ける。
「鏡君はペンダントをしないの?」
「ええ、どうも苦手で。」
レンはそこで僅かに視界を曇らせた。首に触れる金属の冷たい感覚。あの感覚だけはどうにも慣れることが出来ない。一度目の自らの命を奪った刃を否応なく思い出すから。あの感触は誰にも伝えることができないだろうな、とレンが考えていると、渋谷が少し嬉しそうな声色でこう言った。
「明日満が帰ってくるの。」
「聞いています。」
渋谷のその言葉に、レンは小さく頷いた。その鏡の言葉に、渋谷は意外そうな表情でこう答える。
「いつも皆に連絡しないで帰ってくるのに、珍しいね。」
渋谷のその言葉に、レンは僅かに思考した。リンとリーンについて話してもいいのだろうか、と数秒の悩みを抱えたのである。だが、寺本に一番近い人物である渋谷もまたこの事件の当事者だろう、という結論をレンは出し、そして渋谷に向かってこう告げた。
「僕には生き別れた妹がいるというお話、覚えていらっしゃいますか?」
そのレンの言葉に渋谷は僅かに頷き、そしてこう言った。
「覚えているわ。あの栞、その為に満に渡したのでしょう?」
その渋谷の言葉にレンは心底驚いたという様子で瞳を見開き、そしてこう言った。
「よくお気づきになりましたね。」
「なんとなく、だけど。」
渋谷はそう言いながらもう一度笑顔を見せた。この人はよく笑う。それも嫌味のない自然な笑顔で。遠い過去にリンがレンに見せていたような、楽しげな笑顔。いや、それだけでは言葉が不足しているか。全てを包み込むような慈愛。彼女にはそれがある。綺麗な緑の髪を持っていたかの国の女王のように。寺本君、彼女を手に入れただけでも勝ち組かも知れませんよ、とレンは心の中で考えると、続けてこう言った。
「貴女には隠し事は出来ませんね。」
「そうかしら?」
「ええ。完敗です。」
「ありがとう。鏡君、この後は?」
「特に予定は。」
そこまで耳にして、渋谷はどうしようか、と暫くの間思考を巡らせた。別に悪いことをするわけでもない。少しは旧友を温めるのも悪くないな、と渋谷は考え、鏡に向かってこう言った。
「よかったらコーヒーでもどう?」
「久しぶりですね。渋谷さんと喫茶とは。」
「高校以来かな?」
渋谷はそこでもう一度笑顔を見せると、続けて鏡に向かってこう言った。
「一回に新しく出来たカフェがあるの。そこでお茶しましょう。」
小説版 South_North_Story 51
みのり「第五十一弾です!そして!ようやく本編復帰したわ!」
満「長かったな。」
みのり「だよね!」
満「で、鏡とはコーヒー飲んだだけか?」
みのり「え?そうだけど?」
満「・・ならいいけど。」
みのり「あ、満、もしかして妬いてる?」
満「・・別に・・妬いてなんか・・」
みのり「満、分かりやすいなぁ。」
満「う、うるさいな!」
みのり「大丈夫だよ、満。大好きだから。」
満「俺もだ。」
みのり「ということでこれ以上やると暴走しそうなので今日はここまでです♪また次回ね!」
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ご意見・ご感想
sunny_m
ご意見・ご感想
こんにちは、お久しぶりですsunny_mです。
SMITH&WESOONと聞くと、どうしてもル○ン三世を思い出してしまう私です(使っているのは次元ですが)
身辺が落ち着いてきたので、がっつりと読ませていただきました。
遠距離恋愛中の恋人に会うときはおしゃれをするみのりさん。なんて可愛らしいんだ!!
と、にやりとしてしまいました。
基本が恋をしている人が大好物なので、藤田君も可愛らしいと思います(笑)
みのりちゃんはロシアンブルーの子猫で、藤田君は豆柴だなぁ。
交差点で待ち合わせ。というのが何とも象徴的でどきどきしますね。
レンに遭いたい、早く戻らないといけない。というリンやリーンの気持ちも分かるのですが。
人が死んでいく描写は実は苦手なので、このまま現代で皆で仲良く暮らしていこうよ☆なんて阿呆なことも考えたりもして。
このままここに居てほしいような、でも先が気になって仕方がないような。
そういえば、真夏の北海道で熱中症になりかけたなぁ。と思いつつ。
リンは初・飛行機でどんな反応をしてくれるのかな。とも思いつつ。
続きを楽しみにしています!では!!
2010/11/30 15:34:00
レイジ
お返事遅れてすみません?^^;
お読みいただいてありがとうございます!
ってか次元が使ってるのS&Wでしたっけ?
知らなかった^^;
みのりは相変わらず純情ですからw
藤田・・豆柴ですかw
確かにそんな感じがしますねw
この作品の中ではウェッジに並んでいじられキャラですし・・。
ラストどのような結果になるのかはぜひぜひご想像しながらお待ちいただければ幸いです♪
いい話になるようにがんばりますよ☆
北海道で熱中症・・。
夏場は急激に暑くなることがありますからね^^;
大事に至らなくてよかったです^^;
ではでは、リンの初飛行も含めて、次回もお楽しみくださいませ!
2010/12/11 23:45:03
ソウハ
ご意見・ご感想
こんばんはー。更新お疲れ様です、レイジさん。
五十一弾ってすごいですね。かなり驚きました。
私のほうはようやくテストが終わり、小説が更新できそうです。
冬休み前に合唱祭という一大イベントがあるのでそれも頑張らないといけないんですけどね。
こっちは今日雪が酷かったです。12月になったらもっと寒くなるそうです。環境のせいでしょうかね……。
まぁ、そこはおいといて。
お話、今回もよかったと思います。(^-^)
次の話も気になりますね。楽しみにしてます。
では、今回はこれぐらいで。
体調崩さなようにご注意ですよ。冬になると寒くなりますから。
それでは、長文失礼しました。
2010/11/28 21:39:21
レイジ
お返事遅れてすみません^^;
どうも12月に入ってから時間取れなくて・・・。
そちらのほうは相当寒いと思いますが、体調に気をつけてがんばってください!
続きは・・ゆっくりお待ちくださいませ♪
ではでは、次回も宜しくお願いします!
2010/12/11 23:28:13