外の騒ぎがおさまって、
紫苑室長がつぶやく。

「…残念だったな。
おまえらの考えてたことは
全部会社に筒抜けなんだよ。」

そして手元にあったマウスを掴んで
口元に持っていく。

「これから作業を始める。
咲祢を入れてくれ。
何にもできん奴だが
コーヒーを入れるのだけはうまい。」

神委は山羽根の肩を抱くようにして
会社を出て行く。
泣きそうになりながらそれを見送る咲祢。

そのとき社長のそばにいた開発部長が
左耳のイヤホンに耳を傾け、
そして社長に耳打ちする。

社長が咲祢に言う。
「咲祢くん、紫苑室長が呼んでいる。
彼の手伝いをしてくれ。」

そう言って社長は開発部長とともに
その場を立ち去って行った。

「…失礼します。」
咲祢が部屋に入る。

「咲祢、コーヒー入れてくれ。」
「…本当に、消すんですか?」
入口で立ち止まったまま咲祢が問う。
「聞こえなかったのか?コーヒー。」

咲祢はゆっくりと
部屋の隅にある流しに向かう。

それを見て紫苑室長は
再びマウスに話しかける。
「作業の邪魔なんで、
キーボードとマウス外しますよ。
もういいでしょう。」

そして宣言どおり
マウスとキーボードを外してよけて、
そこにノートパソコンをセットし、
短いケーブルで
KAITOのデスクトップパソコンとつなぐ。

そして、低く言った。
「そのまま振り返らずに聞け、咲祢。」

咲祢はコーヒーのパウダーをこぼしてしまい、
それを片付け始める。

「コーヒー入れたら俺の左後ろに立ってくれ。
盗聴器は全部切ったが
監視カメラは切ることができなかった。」

盗聴器、と流しから小さく声が聞こえた。

「開発部長に言われて
山羽根の席のマウスに俺が仕掛けた。

その上で、
俺にも知らせずに神委やお前の
パソのマウスにも仕掛けられてたけどな。

それ以外はない。確認済だ。
カメラは俺の背後、資料棚の最上段に
うまく隠されてる。そっち見んなよ。」

やがて、咲祢が紫苑室長の左後ろに立った。
「コーヒーです。」
「ああ。」

そして不安げに
咲祢と紫苑室長を見ているKAITOに
紫苑室長が声をかけた。
「KAITO、これから作業を始める。」

画面の中の子供が表情をこわばらせる。
「が、その前に
作業をミスった時用にコピーを作る。

そのコピーに俺が作った圧縮ソフトで
2重に圧縮をかけて
ひらがなの文字列に作り替える。

あのプリンターで印刷できる最小の文字で
たぶんA4で5枚でおさまるだろう。」

そう言って、コーヒーを口にして、
顔をしかめて胃のあたりに手をやる。
それに気付いて咲祢が声をかける。
「室長?」

「いつもながらうまいな、
咲祢のコーヒーは。」
苦笑いしながらそう言って、
KAITOに向かって言う。

「とにかくやるだけはやってやる。
うまく行く事を祈ってろ。」

その指が、
KAITOを終了させようとしたその時。

「シオンしつちょう…
ありがとう…ございます…」

画面の中の子供が言ったのだと
分かった瞬間、
紫苑室長はハッ!と嗤った。

「感謝なら
次に無事目を覚ましてからにしろ。
じゃあな。」

画面から、蒼い髪の子供の姿が消えた。

紫苑室長の指が、
ノートパソコンのキーボードの上を踊る。
しばらくして、印刷されるデータ。

咲祢が取りに行き、
途中つまづいて落とし、
拾い集める。

カメラの死角になる
自分の席で揃えてから
紫苑室長の横に来て渡す。

その手を掴み、
室長が何事か話しかけると、
咲祢は彼を思い切りひっぱたいた。

自分の席のものを
トートバッグに押し込み
小走りで出て行った。

咲祢はロビーを抜け、
チェックゲートをくぐり、
すぐ右にある通用口を抜けた。

ゲートの金属探知器のブザーは鳴らず、
警備員に止められもしなかった。

そのまま走って…
駅に着き、やっと立ち止まる。

わきに抱えるバッグの中には、
ほとんど真っ黒に見えるほど細かい文字が
両面に印刷された5枚の紙。
そして…

駅の入口そばの街路樹についてる
『クスノキ』のプレートの裏…

そこに貼付けられた
小さなメモリーディスクを
外して握りしめる。

ここには2種類の解凍ソフトが
自己解凍型で圧縮されて入っている。
紫苑室長が貼付けたものだ。

「これを、山羽根さん達に
何としてでも届ける。
今わたしにできるのは、
それしかないから。」

咲祢はどきどきする胸を押さえながら
そうつぶやくと、周囲を見回した。

そして改札を通りながら
自分の携帯にある山羽根のアドレスに
メールを送った。

それから数時間後。

夜の10時を回った頃に、
紫苑室長は部屋を出て来た。

一台のHDDと紙束を持って。

そのまま部長室に入る。
「できましたよ開発部長。」
そう言ってデスクの上に
持ってきたものを置く。

「ご苦労だったわね、紫苑くん。」
開発部長が
印刷されたデータを見て言った。

「その頬は?」
「あー」
左ほおに手をやって答える。

「咲祢に可愛がってやるから
つきあえっていったら
ひっぱたかれましたよ。」

「それはセクハラだな。
会社としては黙認はできん。」
そばのソファに座っていた社長が
グラス片手に言った。

紫苑室長は鼻で笑う。
「セクハラ?
なら気の弱い咲祢に
社内いじめを仕掛け、
神委を左遷に追い込んだ
開発部長はどうなんですか。

俺にははっきり言っていいんですよ。
お前らにもう用は無い、
全員クビだってね。」

「君はものわかりが良くて助かる。」
その社長に紫苑室長が言った。
「そのかわり、そのプログラムのことも含めて
口止め料は、はずんでもらいますよ。」

紫苑室長が金額を口にする。
「…まあ、いいだろう。」
社長は憮然とした顔で小切手を切る。

「どーも!領収書がわりにドーゾ!」
そう言って、
コピー用紙の裏に走り書きした辞表を
小切手と交換に渡す。

「まあ、こんな端金
そいつを商品にすれば
すぐに何倍にもなって帰ってきますよ。
では、シツレイシマス!」

そう言って小切手をひらひらさせながら
室長ではなくなった紫苑は部屋を出た。

自分の私物と
部下たちの私物を持って
チェックゲートをくぐる。

ブザーが鳴って、
すぐに警備員が取り押さえる。
そこに社長と開発部長が駆けつける。

「この期に及んで、
君までデータ持ち出しか?」
社長の問いに紫苑が答える。
「はあっ!?冗談!!」

荷物を調べて出てきたのは、
神委が持ち込んだ
ポータブルプレイヤーだった。
持ち込みチェック済のものだ。

通用口から外に出て、
自分の車の中で紫苑は小声で言った。

「さっさと商品化して売ればいいさ。
そうすりゃあ、『あいつ』も
それにまぎれて…」

言葉を途切れさせ、胃の辺りを押さえる。
少しの間そうしてから、続けた。
「さぁて、荷物を届けてやらんとな。」

同じ頃、山羽根の家では、
山羽根、神委、咲祢の3人が

それぞれのパソコンに
文字を打込む作業に没頭していた。

それぞれの手には、
咲祢が持ち出した5枚の紙の
拡大コピー。

ようやく打込みが終了し、
3人のテキストデータを
山羽根のデスクトップパソコンで
一つにまとめる。

「しかし、紫苑室長もやるよな。
紙にして持ち出すなんて誰も思いつかないぞ。」
神委が横で言う。

「私、室長はてっきり会社側だと思ってた。」
山羽根が、咲祢が持ってきたマイクロディスクの
ソフトウェアを解凍しながらつぶやいた。

「室長は、盗聴器のこととか全部知ってて、
だからわざとあんな風にしてたんだと…」
咲祢が少し後ろからそう言う。

「でも室長、KAITOのこと
ただのプログラムとしか
見てなかった気がしてたけど、
何でここまでしてくれたのか…」

山羽根の言葉に咲祢が言う。
「それは…多分なんですけど…
お子さんの事思い出されたんじゃないかと…」

「子供?!結婚してたの室長?!」
山羽根が思わずそう言ったとき、
玄関のドアのチャイムが鳴った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

始まりの音5

こちらは以前某動画サイトに投稿した文字読み動画のストーリーです。
(動画5話目はこちらhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm6108434)

動画見る時間がない方はこちらをどうぞ。

舞台は今よりほんの少し先?の未来。
勝手な設定がてんこもりに出て来ます。

動画と違って会話を色分けしていないので分かりづらいかもしれません。

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閲覧数:287

投稿日:2009/06/14 10:18:37

文字数:3,346文字

カテゴリ:小説

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