配膳を済ませテーブルに座っても、俺はまだあの件のことを考えていた。
興国核強制撤去作戦のことではない。まあ、それも重要ではあるが、
俺にはもっと気にかかることがあった。
社長との会話に出てきた、ミクのこれまでである。
俺はあのあと、話の内容を頭の中で整理した。
まず目的は分からないが、ミクはクリプトンで開発された。
しかしある理由で開発は中断、開発途中のミクは処分されることとなった。
それに耐えかねた網走博士が廃棄所から捨てられたミクを連れ出した。
なのにどういう訳かミクと網走博士はその後軍へ行き、網走博士は日本兵器技術開発局でミクを戦闘用に改造した。
その後、ミクは専用装備であるウィングとレールガンのテストのため水面基地へ。そしてそのまま俺の部隊、ソード隊に配属された・・・・・・。
どれほどの歳月があったかは知らないが、これが今日と言う日までのミクの生い立ちなのだろう。
「みくー・・・これたべて。」
「なんだ、キク肉が食べられないのか?」
「・・・うん。」
「分かった。」
「優しいなーミクは。」
「ありがとう・・・。」
今、俺のすぐ近くで笑顔を見せているミクが、なぜか逞しく見えた。
しかし、元々何のためにミクは造られたのだろうか。
あの外見ならば、家庭用、生活補助用だったかもしれない。
では、あれは一体何なのだろうか。
「ミクー、トマト欲しいー?」
「ああっ、欲しい!それ好きなんだ。」
「あたしより?」
「それは、ワラのほうが・・・すき?」
「じゃーあげる。」
「やった!」
ミクはもと兵器ではなかった。だから感情もあり食事もできる。
しかし、シック小隊の四人は、いや、タイトとキクは博士が造った。
あの二人もミクと似たような過去を持っているのだろう。
ではワラとヤミはなぜあんな姿形をしているのだろうか。
ミク達の場合は、博士が特別な愛情を持っていたからこそあの姿なのだ。
ワラとヤミは網走博士がまったく知らない間に作られた、まったくのオリジナルの可能性がある。
特別な愛着などがあろうが無かろうが、兵器開発局でわざわざ人間にそっくり似せた戦闘用アンドロイドを開発するだろうか。
例え、いや大いに可能性があるが、ミクがベースとなってもあそこまで人間らしくならないはずだ。
誰かが、個人的に製作・・・・・・いや、そんなことはありえない。
とにかくこの二人、いやあのミクオも、俺にとってはその存在が謎だったのだ。
「中尉・・・・・・そりゃほんとですか!」
「ホントだって。今日昼に司令の部屋でヘンなおぢさんがいってた。」
「ミクが・・・・・ここのミクが・・・・・・ボーカロイドの先祖ぉ?!」
「うん。」
ボーカロイドか・・・・・・あれはミクが開発されてから出現したものだから確かにミクの技術が使われているというのも頷ける。
あの作戦が無事終われば、ミクはこの基地を出て、それに加わるのか。
なら、テレビでまた会えるから、寂しくはないな。
「よう隊長!!!」
「あべし!!!!」
肩に激痛が走った。
「何すんだ麻田!!」
「そんな暗い顔してねーで、ちったぁみんなと喋ったらどうだ?特に、ミクなんて一緒にいられるのもあと少しなんだから。」
「・・・・・・そうだな。」
夕食が終わったあと、なぜか俺は、格納庫に足を運んだ。
この時間では、整備員もいない。
ただ一人、巨大な機体達を眺めていた。
どうも俺は孤独を好むらしい。
こうして無機質な金属の塊を眺めているという変わったことをしている。
「?」
何かの物音が聞こえた気がする。
今度は音が聞こえた方へ足を運んだ。
「博士・・・・・・。」
「あ、隊長さん。」
ミクのウィングとPCを繋ぎ、何かのメンテナンスを行っていた網走博士がいた。
「明日は、特に重要な日だから、ちょっと調整してました。」
「そう・・・ですか。」
「隊長さん。」
博士は改めて俺を呼んだ。
「なんですか。」
「最後まで・・・ミクをよろしくお願いします。」
博士は、俺に頭を下げた。
俺は、こういったときにどういう対応をすればいいか分からない。
「分かりました。」
とだけ言った。
「ああ、そうでした。」
俺は思い出したように言った。
「ちょっと、外を歩いてみませんか。」
「え・・・できるんですか。そんなこと。」
「できますよ。ちょっとだけ散歩しましょう。お話したいことがあるんです。」
「分かりました。」
「ぼくもいいですか?」
少女の声に振り向くと、そこには紫色の髪をした少女、病音ヤミがいた。
「珍しいねヤミさん。こんなところに来るなんて。」
「ぼくはどうもジャマらしいので。ワラがミクと二人っきりにしてと言いました。」
「そっか・・・・・・。」
「・・・あそこから上へ上がります。」
博士とヤミは俺の背中についていった。
格納庫の隅にある非常階段を登り、非常扉の鍵を開けると、夜風が体を包み込んだ。大きく見える月明かりが、俺達の姿をはっきりと映していた。
「久しぶりの外の空気です。こんなところがあるなんて知りませんでした。」
「月が、綺麗。」
博士は気持ちよさそうに両手を広げた。ヤミは率直な意見を述べた。
この基地は、上空から見下ろせばただの灰色の板だ。
だが、その周りを一周できるように幅五メートルほどの道がある。
左には、聳え立つコンクリート。右には、手摺と海。
波が少し入ってきているのか、床が僅かに湿っている。
時々ここでランニングをすることがある。
普段は行わないものの、拳銃の射撃訓練、短SAMの発射訓練などでもここを使用する。
基地の外側を囲む形なので射出滑走路、管制塔の姿は拝むことはできない。
管制塔なら空に上がらずにこの基地を一望できるかもしれないが物凄くつまらない風景に違いない。
「歩きながら、話をしましょう。」
「そうですね。」
俺と博士とヤミは肩を並べてゆっくり歩き出した。
「一つ訊いていいですか。」
「何でしょう。」
「昼、司令の部屋で、ミクがこれまでどんな過去を渡ってきたか知りました。」
「はぁ・・・・・・。」
「で、気になったんですが、ミクをどういった意味で開発したんですか。」
なぜかこの質問をするのは少々気が引けた。
「ミクは、元々次世代の家庭用アンドロイドのプロトタイプでした。人間と同じように、つまり第二の人間というのがコンセプトでした。ですから、表面の人工皮膚は限りなく人間に近いものですし、骨格、筋肉も人間と同じ形状をしています。食事の機能までつけました。ここら辺は、クリプトンの子会社の一つ、クリプトン・フューチャー・メディカルズの協力を得ました。」
博士は自慢げに語った。こういったところは、どの科学者も共通のようだ。
そういえば、博士は一体いくつなんだろうか。
隣にいるヤミより少し背が高いだけで随分と若い。俺より年下なのは確実だ。見た感じは二十台前半のようだ。本当にそうなのだろうか。
「ミクは、これからのアンドロイド開発で新しい時代を切り開く礎のはずだったんです。ところが・・・・・・開発に莫大なコストがかかり、途中で開発は中止、ミクは頭と体だけが完成した状態のまま処分されることになりました。」
「それで、博士がそこからミクを持ち去った・・・・・・。」
「そうです。僕には、彼女を開発していくうちに彼女に特別な感情を抱いていました。だから、捨てられるなんて耐えられなかったのです。上司、今の社長と交渉して引き取ろうとしましたが、断れました。ですから、自分で、盗難に見せかけて・・・・・・。」
「そのあとは、どうしていたんですか。」
「彼女と生活していました。市販されているアンドロイドの部品で、何とかミクの足りない部分を補いました。あのころが、僕にとって一番の幸せでした・・・・・・。」
博士が遥か彼方を見るような目で波打つ海に視線を移した。
「でも、どうして戦闘用に改造しなければならなかったのですか。」
これが気になる。
「ミクと暮らし始めて、一年ほど経ったある日、軍の人間が来たんです。しかも、そこに司令までいました。「彼女を軍の研究のために役立てたい。」と言われて。どんなに金額を積まれても勿論拒否しました。けどミクが強く「行きたい」と願ったのでそのまま・・・・・・。」
「・・・・・・。」
これで、ミクのことが全て分かった。
ミクは、元々兵器などではなかった。
人を幸せにするものだったのだ。
しかし、捨てられ、兵器にされ、そしてまた捨てたクリプトンに戻るとは、なんとも皮肉なものだ。
そのとき、俺は一番の問題に気がついた。
「もう一つ訊いていいですか。」
「はい。」
「ワラとヤミは、貴方がお造りになったのですか。」
博士の歩みが止まった。
というより、博士は硬直したのだ。
「どうしたんですか。」
「いえ・・・・・・それは僕ではありません。誰かも分からないのです。」
博士はヤミを見た。
ヤミは博士を見たまま何一つ言わない。
「個体差はあるものの体の構造、技術がミクとまったく同じなんです。・・・・・・君は兵器開発局で生まれたんだね。」
博士はヤミに訊ねた。
「はい。」
「・・・・・・君の設計、または開発者の名前を、覚えているかい。」
「いいえ・・・・・・。」
「そうか・・・・・・。」
それをきっかけに会話は止まり、俺達はただ続くコンクリートの道を歩き続けた。
例の作戦が成功し、生きて帰ることができれば今までに起こった事件の全貌がクリプトン社長の口から伝えられる。
だが、それと関係しなければ、語られることは無い。
俺達には関係のない真実だが、
博士には大いに関わりのある話かも知れない・・・・・・。
明日、この基地から出発し、空母へ到着。
その後、夕刻にて作戦を開始する。
司令の部屋で二人だけ、しかもナノマシン越しに伝えられた、作戦内容。
ソード隊とは大きく違う、その内容に俺は戸惑った。
しかもかなり困難な任務だ。
生きて帰れるかも分からない。
こうしてキクの肌に触れられるのは、これで最後になるかもしれない。
興国核発射用ミサイル基地単独潜入任務。
それが俺に与えられた任務だ。
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