スゥ、と息を吸って、そして、息を止めてみる。一分、二分、それ位なら簡単に止められる。けど、三分も過ぎると息が辛くなって来て、堪らずレンは息を吸った。一気に吸い過ぎない様に、3→2→1 と。それでも何処かが苦しい。何処だかは分からないが、苦しい、と言う事だけはレンでも分かった。そしてレンの脳裏に浮かぶのは、一人の少女の姿。
君が此処にいないのは、何でだ。
息が出来る。それは生き物として当たり前の事だ。息が出来なかったら、生き物は死んでしまうから。
けれど、何故だろう。レンは考える。こうして一人でいる時、寂しい、と感じてしまうのは。
何故寂しいと思うのか、自分でも良く分からない。今、こうして此処にいるだけでも、自分は充分に満足しているのに。
「あ、レン君! 見つけたぁ!」
ふと己を呼ぶ声が聞こえ、其方を見ると只今人気絶頂中の国民的アイドル、初音ミク―レンの先輩だ―がニッコリと笑みを浮かべ、レンの方に走ってくる。
「もう、探したんだからね! もう直ぐぅ・・・!?」
掛けながら喋っていたミクの足が突然縺れ、ベタン! と漫画さながらの盛大なこけ方をしてくれた。ヒクヒクと投げ出された腕と足は痙攣を起こしており、「あ・・・あぅう~・・・」と言う何とも情け無い声が聞こえてきた。そしてミクはゆっくりと起き上がりながら強打したのであろう、鼻付近を右手で押さえた。その顔は痛さからかレンの前でこけたからなのか、ピンク色に染まっていた。その翡翠の様な瞳からは涙が零れていた。
その様子を見て、思わずレンは笑ってしまった。
「あ! レン君、酷ぉーい! 笑うなんてさぁ!」
「あ、すいません、ミクさん」
口ではそう言いつつもそう言うミクがまるで子供の様だったので益々笑うのを止めないレンを見て、ミクも観念したのか、レンと共に笑い出した。
でも、俺は生きている。そうしてミクさんと笑い合っている。笑う・・・笑う・・・。アイツは、何時も笑ってたっけ。何で・・・何で、俺の隣には・・・
リンがいないんだろう・・・
「あ、そうそう! いっけない、忘れる所だったよ! ほら、レン君! 次レン君の番だよ、練習! この歌歌うんでしょう!」
ハッと何かを思い出したミクはゴソゴソと肩から提げていたバッグの中を漁ると数枚の紙をレンに渡した。それを受け取り、その紙―楽譜を読み出す。自然と頭の中で音楽が流れ出していた。それに合わせ、レンはフンフンと軽く口ずさんでみる。
ミクはその様子をさも楽しそうに見つめていた。そして、数分後。
「はい、大体曲とかメロディも分かりました。行きましょうか、ミクさん」
「うん! それにしても凄いね、レン君。楽譜読んだだけで直ぐに音が取れるなんて。羨ましいなぁ・・・。私も一応、歌手だから音感はあるけど・・・レン君みたいに楽譜一発で読んで覚えるのは無理だしなぁ・・・。羨ましいよ、この絶対音感!」
歩きながら喋り始めた、と思ったらミクは行き成りレンの前に立ち塞がった。別に怒っているのではない。此れは単なるじゃれあいの一つである事をレンはこの数年で学んだ。
「いや、これはあくまで何となく、ですよ。ふ、と頭の中にメロディが浮かんでくる・・・ていうか・・・、でも、ほら、実際聞いてみないと分かんない時とかあるじゃないですか。俺なんて殆どそうですよ。今でも」
レンがそう言うとミクはフ、と表情を綻ばせ、「分かってるよ、そんなの!」と言ってクルリとターンして見せた。そして、ターンした後レンの方を見据えると、
「レン君が努力家なのは、私が一番良く知ってるんだから! ほらほら、早く行こ! 場所は第三スタジオだよ!」
と、言うとグイ、とレンの腕を取り、走り出した。
ねえ笑っていいよ ねえ泣いてもいいよ
ねえ怒っていいよ 好きになっていいよ
ねえキスしていいよ ねえ抱いてもいいよ
ねえ君だけの僕にしてくれていいよ
「ハイ、お疲れ様、良い声だったよ、今日は調子良いね」
「そうですか・・・? でも、もう少しあそこは伸ばした方が良かったかな、て今ちょっと思ってるんですけど・・・」
「あぁ~、あそこかぁ・・・。そうだね、あ、後さぁ・・・、此れは個人的に聞きたいんだけど、」
ふと会話を中断させ、ミクはレンを見据えた。その目は真剣だった。
「レン君ってさ、誰か大切な人でもいるの?」
「はぁ?」
思わず、そんな言葉が出てしまった。そして、その後 ハッとして「す、すいません・・・!」と謝るとミクはクスクスと笑って「別に良いよ」と返してくれた。
「だってさ、この曲・・・元は私の曲だったんだけど、今、レン君がカバーする、て話になってるのね。この、“恋距離遠愛” で、今、レン君は此れを始めて歌ったじゃない? その時の顔がね、表情がね、誰かを思い出してるような、誰か大切な人を思い出してるような、そんな感じがしたの」
「大切な人・・・」
そう言われて思い浮かんだのは、先程も、歌を歌っている時にも思い浮かんだ、ある少女の顔。
「リンな訳、無いしなぁ・・・」
「リン? 誰、それ?」
耳聡く聞きつけたミクが小首を傾げてレンを見る。駄目だ、俺はこの人には敵わない。
はぁ、と溜息をついて観念したようにレンは口を開いた。
「リン、て言うのは俺の幼馴染の事ですよ。ずっと一緒にいた、もうキョウダイみたいな感じですね」
「へぇ・・・リンちゃん、ねぇ・・・」
そう呟いた後、ミクは思案顔になり、数分黙りこくっていた。そして、不意に顔を挙げ、
「ねぇ、レン君、そのリンちゃん、て子さぁ、レン君にそっくりでしょ?」 と問いかけてきた。
「え? ・・・ま、まあ、似てましたけど・・・小さい頃なんかは良く双子に間違われて・・・って、ミクさん」
「何?」
「何でリンの事・・・知ってるんですか?」
連にそう問われ、ミクはパチクリと目を瞬かせる。そして、その一瞬後、特に慌てるでもなく、普通に、
「別に、勘だよ、勘。ほら、キョウダイみたいな、て言ったから、ね?」
と言うと特にレンも疑うでもなく
「あ・・・そうですか。・・・ミクさんって凄いですね・・・、色んな意味で」
と一人納得した方にブツブツと何か呟いていた。
(良かったぁ・・・。レン君、深追いして来なくて)
心の中でミクは大汗をかいていた。心臓はバクバクだ。
(言えないよね、まだレン君には)
鼓動の速い心臓を押さえる様にミクはそっと胸元に手を添えた。そして、脳裏に浮かぶのは、あの出来事。
レンがまだ此方に来てからまだ日がそんなに経ってないある日、その、レンの幼馴染―リンが、此処に尋ねてきた事は。
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