『リンリンシグナル』-ある休日に- VOL.3
『見ろよ、あの旦那の顔・・・、魂が抜けたような顔をしているよ』
『それは仕方がないわよ・・・でも、本当に可哀想にねぇ・・・。あんなに可愛い双子を残して母親がねぇ・・・』
甦る、数年前の記憶。永遠に消し去ってしまいたい記憶。けれども、一日たりとも忘れたことのない記憶。
そして、
『リン、レン。この人が新しいお母さんだ』
次に甦ったのはその翌年の記憶。
『あんなの本当のお母さんじゃない! 私、家を出る!』
『リン・・・!』
無計画な、子供だけでの徒歩での家出。それでも、そんなリンにレンは付き合ってくれた。
小さな屋根付きのバス停で野宿をしながら、二人で語り合った記憶。
『レン、私たちの本当の家族は、レンと私だけなんだよ・・・?』
『え、でも、お父さんは・・・』
『あんなの・・・! お父さんじゃないっ!』
母親が死亡してから僅か一年で再婚をした父。別に生前から浮気をしていた訳でもないし、まっとうな結婚ではあったのだが、女の子の潔癖さが、すぐに再婚をしてしまった父親を生理的に拒否してしまっていた。
『でも・・・、リン。これからどうするの?』
『分かんないわよ。分かる訳ないじゃん。だって子供なんだもん!』
そう言って泣きだしたリン。理屈ではない。感情が先走って頭がついてこないのだ。
『リン』
ふいに、レンがリンを抱きしめた。
『レン・・・?』
『大丈夫。大丈夫だから・・・』
『レン・・・』
『僕が、ずっとリンの側にいるから。僕が、リンを守る。だから、泣かないで・・・』
『レン・・・』
二人は、互いの体をギュッと抱きしめた。その後、三日三晩、二人は色々な場所をさまよった後、結局警察によって保護され、家に帰ったのだ。
その時、父親は怒らなかった。見つかって良かった、とは言ったが怒らなかった。父親も負い目を感じていたのだろうか。だが、それ以降、リンと父親、そして新しい母親との関係はぎくしゃくしたまま。ずっとそれが続いているのだ。
「一人は・・・嫌・・・」
リンは少女の泣き声から逃げるように、その場から駈け出した。
『お、おい、危ないだろ!?』
人ごみからなんとか抜けだし、途中、路上の人にぶつかりそうになりながらも、リンはその声から逃げ出した。だが、どこを見てもレンは居ない。
リンはそして、そのままポロポロ泣きだてしまった。
「レン、どこにいるのよっ! レンの役立たずっ、嘘つきっ!」
(一人にしないでよっ、レンっ!)
そう心の中で叫びながら、リンは手を強く振った。
リンリン、
「あ・・・」
微かに聞こえる、鈴の音。リンは自分の手首を見つめた。レンにプレゼントされた組紐。その組紐の鈴が鳴っていたのだ。
「なんだ、こんな小さな音・・・」
鈴の音に、僅かに冷静さを取り戻したリンは、今度は意識して手を揺らしてみる。
リンリン、リンリン・・・。
「レン・・・、言ったよね・・・、気付かなかったら・・・、ホントに怒るんだから・・・!」
リンリン、リンリン・・・。
(ホントに、気付かなかったじゃ済まさないんだからね・・・。でも・・・)
クスッ、と、微かにリンは笑う。
(きっとそうなんだろうなぁ・・・。レンは鈍いから・・・)
そしてリンが怒ったら、多分、レンは困った顔をしながらも謝ってくれるに違いない。
(謝られたら。許しちゃうんだろうなぁ・・・)
リンリン、リンリン、
(あー、何やってんのかな・・・、私。こんな事してても意味なんて無いのにね・・・)
徐々に冷静になってきたリンは自分自身に苦笑し、鈴を鳴らすことをやめようとした。
が、
グィ、と、その手が握られる。
「えっ!?」
ハッとリンが自分の手元を見つめると、リンのその小さな手を、誰かの手が掴んでいる。その手はそれほど大きい手ではなかったが、リンが想像していたよりも強い力でリンの手を掴んでいた。そしてその手首には、リンと同じデザインの組紐のアクセサリーが付いていた。
リンは視線を上に向ける。そこには、少し息を切らせたレンの顔があった。
「リン! どこに行ってたんだよ!」
怒った口調でレンがそう言うと、
「この馬鹿レンっ! ちゃんと付いてきなさいよ!」
それ以上の声でリンが言い返す。
「は、はぁ!? そ、そっちが悪いんだろ!」
「私、ホントに、・・・ホントに・・・、・・・」
う、ぐず、と、リンは再び泣き出してしまう。
「え、リン・・・! ちょ・・・」
突然のリンの涙に、レンは一瞬、どうすればいいか分からなかった。そしてリンは泣き顔のまま、レンの胸に顔をうずめる。
「一人に、しないでよ・・・! なんで居なくなっちゃうのよ、レンの馬鹿ぁ・・・!」
「リン・・・」
レンの胸の中で震えているリン。
リンは、普段、とても明るい少女だ。学校でも友人は多く、ムードメーカー的な存在であり、男女とにも人気がある少女。それがリンだ。事実、同級生の男子にはリンの事が気になっていると言う男子も居たりする。
(でも・・・)
けれども、レンだけが知っていたもう一つのリンの姿がある。
早くに母親を失った後、孤独を怖がり、温もりを求めているリン。中学生になった頃からは、そのような素振りは薄れ、レンも何となく安心をしていたのだが。しかし、決してその感情は消え失せた訳ではなかったのだ。
「ごめんね、リン」
「どこにも行っちゃやだよ・・・。私の側にずっといてよ・・・っ」
「リン・・・」
レンはリンの体をそっと抱きしめると、その頭に優しく手を置く。
「大丈夫。俺はどこにもいかないよ・・・」
「レン・・・」
「リンを守るって、あの時約束したんだもの・・・」
「ん・・・」
しばらくの間、二人はそうして互いのぬくもりを感じていた。
幼い頃から慣れ親しんでいるレンのぬくもりの心地良さと、髪の毛をサラサラと揺らしてゆく五月の微風が、リンの心をゆっくりと癒してゆく。
「・・・うん、私もゴメンね」
落ち着きを取り戻したリンは、涙をぬぐうと、微笑んで顔を上げる。
「えへへ、でも、レンは、やっぱり本当は優しいよね」
「・・・!」
リンに改めてそう言われて、レンは顔を少し赤くする。
「う、うっせぇ」
「あははっ、レンってば照れてる」
「て、照れてねーし」
そっぽを向くレン。そんなレンの側にリンは寄り添い、
「ねぇ、レン」
「ん?」
「私、レンの事、大好きだよ」
「んなっ!?」
突然のリンの言葉に、レンは完全に動きを止める。リンは悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「私、レンの事、大好き!」
「や、やめろよ、そーゆ事を言うのはっ」
レンは顔を真っ赤にしてその場から歩き去ろうとする。だが、リンはそんな彼の背後から、
「大事なコトだから、何回でも言っちゃうよ、レーンー、だーい好き!」
「だからもう、やめろって・・・!」
「あはははっ」
リンはレン追いつき、彼と腕を組むと、
「じゃぁさ、もう言わないから、お願い、聞いてくれる?」
「わ、分かったよ・・! なんでも聞くから・・・」
恥ずかしくて混乱していたレンは思わずそう言ってしまった。
「んっ!? 今、『なんでも』って言ったよね?」
「げ!? 言ってない!」
「言った。絶対に!」
「うう・・・。言いました」
「ふふっ」
観念したレンを見つめ、リンは微笑むと、
「・・・じゃぁさ。レンはグミ先輩の事、どう思ってるか答えてくれる?」
「えっ!?」
想定外の質問にレンは絶句したが、ふと、レンはリンの目が、真っすぐに自分の目を見つめている事に気付いた。
レンは少しだけ恥ずかしそうに頭を描いた後、間を置き、真剣な表情でリンを見つめる。
「・・・グミ先輩の事は、好きだよ。憧れている先輩だから」
「そ、そっか・・・」
リンは視線を落とす。チリ、と、リンの胸に微かな痛みが走った。だが、
「・・・でも、リン。俺、リンの事を大切にしたいって言う気持ちは、これからも変わることはないよ。それは約束する」
「・・・!」
リンは驚いてレンを見つめる。すると、レンは自分自身の言葉が相当恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤になっていた。
「ねぇねぇ、レン、レン。今の、もう一回言って!」
「絶対に言わないっ」
真っ赤な顔のままそっぽを向くレン。リンはニヤニヤしながらレンの顔に自分の顔を近付けた。
「ねぇねぇ、レンさ~ん。それ、私の事も好きだってことでいい?」
「うるさいうるさいっ。正直今嫌いになったよ!」
「じゃぁ、さっきまでは逆だったってこと?」
「んぐっ」
「くひひっ」
言葉を詰まらせたレンを見て、リンはとても楽しそうに笑った。
「じゃーあ、別のお願いも聞いてもらおうかな?」
「これ以上は嫌なんですけど・・・」
「いや・・・、さっきのは冗談で聞いたから。まさか答えてくれるなんて思ってなかったから。ノーカンノーカン」
「おまっ・・・! マジで○すぞ・・・!」
「まぁまぁ、今度のお願いは普通だから」
「普通~?」
やや疑わしげにレンは彼女を見つめる。
「・・・あのね、実はさ、さっき、パレードで初音ミクをちょっとしか見る事ができなくって」
「ん? そうなの?」
「うん、そう。・・・だからさ、今年の初音ミクのコンサートさ・・・」
そこまで彼女が口にした時、レンはビクッと体を震わせた。
「奢らないよ!?」
「そこまでは言わないよ~。ただ、今年のコンサート、レンと一緒に行きたいなって」
「・・・それだけ?」
やや拍子抜けしたようにレンは呟く。
「それだけだよ? ・・・駄目かな?」
「コンサートか。ま、それくらいなら・・・。もちろん、いいよ。一緒に初音ミクに会いに行こうか」
「ホント!?」
リンはレンの腕をギュッと抱きしめた。
「ありがと、やっぱりレン、大好きっ!」
そう言って、彼女はレンの頬にキスをした。
「ひぁっ!? お、おい、こ、こらぁっ」
「うぴゃ~」
顔を真っ赤にして怒るレンに、逃げ回るリン。
(あはは、楽しいっ・・・!)
そんな馬鹿みたいな駆けっこをしながら、リンは自分の心がとても晴れ渡ってゆくような気がした。
今は、まだ自分たちは子供だ。こうして二人で居る事が楽しいし、離れ離れになるなんて考えられない。
もちろん、いつまでも子供のままではいられない。それくらいは分かってはいる。
でも・・・。
今だけは二人でこうして楽しんでいたい。今は、二人でこうしているのが楽しい。
この気持ちが恋なのだと言われれば、そうなのかもしれないし。それは恋じゃないよと言われれば、やはりそうなのかもしれない。その程度の子供同士の気持ちなのかもしれないけれど。それだとしても。
季節はまた巡るのかもしれないけれど、今と言う時間だけは再び出逢う事は無いはずだ。
だから、今だけはこの瞬間を楽しんでいたい。
生まれた時から一緒の、最高のパートナーと共に。
リンリン、リンリン、
元気そうに街を跳び回るリンの手元から、可愛らしい鈴の音がしていた。
その涼やかな音色は、五月の風に乗って青空に舞い上がり、そして蒼い大気の中に溶け込んでいった。
『リンリンシグナル』-ある休日に- おわり
『リンリンシグナル』-ある休日に- VOL.3最終話(コラボ用)
『リンリンシグナル』-ある休日に- VOL.2の続きです。そして最終回!
内容はコラボ用ではない同名のタイトルの作品と変わりませんが、こちらは小説の勉強の為に、コラボ内メンバーで互いに様々な意見などを交換し合うことがあります。ご了承ください。
リンの心の傷とは。そしてその傷を癒すことができるのは誰なのか。少しこっぱずかしい、そして甘酸っぱい思春期のお話し。『好き』って言葉は、やっぱりいいですね! 黄色い二人は仲が良いのが一番!
素晴らしい原曲:『リンリンシグナル』Dios/シグナルP様
ピアプロ内からでも聞くことができます。
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