1話『出逢いは突然に』


「KAITO、ここだよ」

スーツを着た男性がとあるマンションの部屋の前で立ち止まった。
その人の後ろを歩いていた俺も当然そこで止まる。

「此処が、マスターのお家ですか」
「そ。まぁ、がんばれよ」

彼は、俺達が開発された研究所の主任さん。
まだ20代なのにVOCALOID研究班の主任に抜擢された、凄腕?研究員である。
今日は俺をマスターの元に届けて所有者登録するために来ている。
好青年、といった風の彼はぽんっと俺の肩を叩いた。

「あの…此処のマスターのこと、御存知なんですよね?」

普段こういう仕事は営業の人なんかがするものらしい。
なのに何故、今日に限って普段は研究員であるこの人がくるのか、
それは道中ずっと疑問に思っていた。
主任さんは困った顔で頭をかくと笑った。

「んー、まぁ、色々事情があるんだよ。
 ただ、俺の口から言うことじゃないから」

教えてくれる気はないらしい。
雑談はここまで、というように彼はチャイムを押した。


「こんにちは、○○研究所のものですが」

彼がドアに向かって声を出すと、がチャリと扉が開いた。
中から女の人が出てくる。
なんだか、小さな人だ。

「失礼しますね」

彼は人好きのする笑顔を見せて中に入った。
慌ててそれに続く。
白いワンピースを着て、肩より少し長い黒髪を揺らしながら小柄な女性が歩く。
短い廊下を抜けた先にはこぎれいなリビングがあった。
彼がテーブルにつくと、対面式になっているキッチンから紅茶をもって女性が現れた。
ティーカップが3つ。
それをテーブルの上に並べる。

「あぁ、KAITOのぶんは後でいれてやってくれるかな?
 登録が終わるまで君と喋ったり飲食することは駄目なんだ」

部屋に入ると主任さんの口調が砕けたものになる。
それなりに親しい、ということか。
二人は早速書類等を広げて説明と登録作業に入っていた。
主任さんの斜め後ろに立っている俺は、暇だから正面に座った女性を観察することにした。
白い肌、丸くて大きな目、赤くて小さな唇。
年齢については知らないが、一人暮らしっぽいしVOCALOIDを所有できるんだから20歳は越えているだろう。
だけどすごく、幼く見える。
下手したら高校生ぐらいじゃないだろうか。
真剣な表情をして説明を聞いている様子を見ると、なんだか不思議な気持ちになった。


「説明は以上。どう、大丈夫?」

主任さんの問いかけに、笑顔でこくっと頷いている。

「じゃぁ、所有者登録をするんだけど…KAITOと手を合わせてくれるかな?」

俺は思わず主任さんを見た。
どういうことだ?
所有者登録って、マスターの声紋登録じゃなかったっけ?
あ、そういえば…
「お前は特別製なんだ」って言ってたっけ…
そう思っているうちに、マスターとなる人の小さな手が俺の手を取った。
右手と右手、左手と左手。
そっと、掌を重ねる。
サイズが大分違うけど、そこからは確かに温もりを感じた。

「――あっ…」

情報が流れ込んでくる感覚があった。
あぁ、これが所有者登録なんだ、と実感した。

「マスターを、認識しました」
「ん、完了だな。じゃぁ、また何か合ったら連絡してくれる?」

こくん、と頷くマスター。

「じゃぁな、KAITO」

ひらりと片手を挙げて彼は去っていった。
ぱたぱたと玄関まで見送りにいくマスターを見て、俺は少し違和感を持った。


玄関の扉が閉まる音が聞こえ、また小さな足音と共にマスターがリビングに戻ってきた。

「マスター、これから宜しくお願いします」

向き合うようにしてそういうと、
マスターはにっこり笑って頭を下げた。
そして黙ってキッチンへと入る。
何か手伝おうとして後に続くと、笑顔のままで首が左右に振られ、先ほど合わせた手がリビングのほうを向いていた。
仕方が無いので大人しくテーブルにつく。
間も無くマスターがお盆を持って戻ってきた。

「あ…ありがとう、ございます。」

目の前に置かれたティーカップには湯気の立つ紅茶が入っていた。
さっきのこと、覚えててくれたんだ。
そしてもう一つ。
えんじ色のカップとスプーンが置かれた。

「…え?」

彼女はまた、にこりと笑って、どうぞ、という風に手をこちらに向けた。

「ありがとうございます、頂きます」

両手を合わせるとまずカップを手に取った。
アイスだ。
嬉しい。
これが何よりすき。
ちゃんとマスターは知ってて準備してくれてたんだ。

「美味しい、です。ありがとうございます」

アイスを食べている俺を、マスターは嬉しそうに見ていた。
それから暫くはアイスを食べることに夢中になっていて、
マスターがスケッチブックに何かを書いていることに気付かなかった。
食べ終わり、再び両手を合わせて顔をあげると、
何かを書き終わりこっちをみているマスターと目があった。
小さく首が傾いだのが解ったので

「わざわざ有難う御座いました。美味しかったです」

とお礼を言った。
そうするとマスターは嬉しそうに笑い、そして手に持っていたスケッチブックを返し、俺に見せた。

『よかった。KAITOは本当に、アイスが好きなんだね。
 我が家へようこそ。これからよろしくね』

そこに書かれていたのは絵ではなく、均等に並んだ丸い文字だった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

2人の指で作る歌 1話

ついつい勢いで書いてみる事にしました。
女性マスターとKAITOのお話です。

簡単に説明を。
VOCALOIDにはソフトタイプとアンドロイドタイプがあります。
アンドロイドタイプは結構高価で、
実稼動しているものは余り多くありません。
時代的には、現代とそう代わりません。
多分お読みの方はなんとなく予想がついていると思いますが…
そうです、マスターはアレなんです。

<登場人物>
・マスター
 女性。小柄な感じ。
 後は……まぁ、わかりますよねー
・KAITO
 VOCALOIDアンドロイドタイプ。
 そして特別製。

閲覧数:181

投稿日:2008/12/24 06:01:35

文字数:2,217文字

カテゴリ:小説

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