「はぁ~あ」
 ミクは大きくため息をつくと、トボトボと歩道を歩き始めた。
まっ白いワンピースに薄緑の小さなネクタイ、緑色の長いツインテールを
真黒な髪留めで留めている。サンダルをはき、腰にはポシェットが揺れている。
はたから見れば、ただの小柄な女の子に見える。
 初音ミクという商品名のボーカロイド。電子の歌姫として生み出された彼女は、
いまだ歌というものに数える程しか触れたことはなかった。
ボーカロイドというのはただ、「指示通り正確に歌う」だけのものであり、
歌を自分で作るという機能は持っていない。
それをするのはボーカロイドを購入した人間、マスターの仕事だ。
そのマスターが声、曲に習熟していればしている程ボーカロイドは力を発揮する。

「はぁ~~あ」
 買われていった彼女らは実に様々なレベルのマスターと共に
音楽の道を歩むことになるのだが…。
初心者が興味本位で買っただけであったり、昨今の「萌え」と言う
妙チクリンな時流に乗った者たちがブラウザの購入ボタンを押した等といった、
音楽のオの字にも達していない、いやそれ以前に作曲に興味のない人間に
買われていく歌姫たちのなんと多いことか。

 それに比べれば、私はまだマシ。そう考えると、今の自分の状態に
満足すべきであるかのように思えた。
 例えば双子のボーカロイドとしてセットで売られていき、
割と近所に住んでいる鏡音リンと鏡音レン。とある女の人に一目惚れされて
買われたはいいが、音楽にまったく興味のない彼女は
ただの愛玩用として彼女たちを迎え入れた。
2人とも初めはひどく戸惑い、自らの存在意義をどう処理していいか
迷っていたが、今は諦めの境地に達してしまったらしく
ただの中学生のように振る舞っているらしい。
おかげで歌うときの正装ともいえるコスチュームはタンスの奥深くに
封印されてしまっている。
 もちろん、大事な存在意義を捨てたわけではない。だからレンは、会うたびに
自分がいかに本分を発揮させてもらえないか、そしてマスターの
ベタベタ攻撃の面倒臭さを語り、
「俺はペットじゃねえ」
と最後に愚痴をこぼすのだ。あのやり切れない感じが同情を誘う。
 リンの方はレンほど不満はないようだ。逆にまんざらでもない様子に見えた。
種別は違えど女同士、色々と気が合うのかもしれない。
例えば、ファッションとか、スイーツとか。

「はぁ~~~~」
 三度、今度はあからさまに大きくため息をついた。ちょうど顔面近くに
飛んできていた葉っぱが勢いよくアスファルトに叩きつけられた。
 ミクのマスターはリンとレンの親となった人よりは
購入者として余程マトモではあった。しかし残念なことに、
あまり才能には恵まれていない。熱心に取り組んではいるものの結果は実らず、
完成したオリジナル曲は片手で数えるのもはばかられる程だ。
 歌姫として生れた以上、歌いたいという気持ちを
持つのは当然で、それができない焦りを持つこともまた当然。
でも、
「なんであんな事、言っちゃったのかな」
昨晩、ミクはあんまりにも進まないマスターの作曲に、
とうとうシビレを切らしてしまった。
その列火のごとき怒りを真っ向から受け止めてしまった結果、
マスターはひどく落ち込んでしまい、部屋から出てこなくなってしまった。
もともと気の優しい人なだけに、不甲斐無さを責めてしまった後悔は大きい。
 朝食は部屋の前に置いてきたけれど、あの落ち込みようだ。
きっと食べてはいないだろう。ミクは今日の晴れ渡った空とは対照的に、
どんよりとした心持ちで歩いていた。


 重い足取りで歩くミクの眼前に、大きな四角い物体が見えてきた。
彼女の住む市内で最も大きな図書館だ。
自宅からちょっと足を延ばす必要があるここに来るのにはもちろん理由がある。
 ここで何か、彼の助けになる何かを見つけられればと
ちょっとした罪滅ぼしをするつもりで、
ミクは正面の自動ドアから中へと入って行った。
歌うことしかできない身だが、それらしい本でも見つけられれば彼は
笑って許してくれる。
 浅い考えかも知れない。
しかし、ミクは自分にできる事をしてあげたい
気持ちでいっぱいだった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

タイトル未定

不思議な楽譜を巡るお話。の予定。

日記は書いているけど小説を書くのは初めで
つたなさが爆発しているものと思われますので、
変に思った箇所などを指摘して頂けるとうれしいですw

閲覧数:194

投稿日:2013/08/28 17:00:02

文字数:1,740文字

カテゴリ:小説

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