佇まいを見れば思い出す、夢のようなあのひととき。それを作り出した少女が当たり前のように日常に紛れていた。
むしろこちらの方が幻想なのではないか? なんて馬鹿な考えを起こさせるくらい、彼女の生み出した光景は強烈に僕の脳裏に焼きついていた。不自然なほど、少女は群集から浮き立って見える。
気が逸って観客にぶつかったりしたけど、お祭り気分の観衆はいつものこととたいして気にしていない。やや強引に彼女との距離を詰めながら、もしかして、と僕の胸は期待に膨らんでいた。彼女もこのイベントに参加するのではないかと思ったのだ。
もう一度、あの娘の歌が聴ける。現金な話だが、そう思うと沈んでいた気分も一気に高揚してくるのだった。
彼女の横顔が見える位置まで辿り着いて。だけど、僕の期待も浮いた気分も急速に萎んでいった。楽しげに聴き入る周りの客たちと少女の表情に、天と地ほどの差があったのだ。
双子の歌ににこやかに耳を傾ける人々の中で、彼女だけが浮かない顔をしている。舞台上の少年少女を見つめる瞳は悲しげで、おおよそお祭り気分には程遠かった。
眩しいものを見るかのように、ほんの少しだけ目を細めて、異なる世界に身を置く者を羨ましがるような、切なげとも表現できる瞳で彼女は双子を、とりわけ元気にはしゃぐ少女を追っていた。
思い切って声をかけてみようか、なんて些細な僕の迷いは彼女の顔を見た瞬間に吹き飛んで、それ以上、踏み込むことも出来なくなってしまった。
腕を伸ばせば届く距離なのに、目の前の少女が届かない場所にいるように感じて、開きかけた口はそのまま固まってしまった。
どうして? なぜ君はそんなに寂しそうなんだ?
声に出して尋ねたかった。でも、彼女と僕の間には隔たりがある気がした。深い谷底のような、高い岸壁のような、分厚く堅い殻のような隔たりが。それにどんな言葉も遮られて、彼女には響かない。そんな気がしたのだ。
舞台上では、黄色髪の少女が弾けるような笑顔をギャラリーに振りまいている。軽やかに跳ねる歌声。それを生み出す少女に注いでいた視線を切って、緑髪の少女は舞台に背を向けた。
宙を掻いた僕の手は、何の意味も為さずにぱたりと落ちる。今の僕は、彼女を引き止める言葉を持っていないのだった。たった一度歌を聴き、ただ偶然に姿を見かけただけ。それは薄すぎる接点でしかなく、再会にも至らずに、僕と彼女はまったくの擦れ違いで終わるのだろう。
そう思った矢先だ。彼女が一歩踏み出そうとしたときのことだった。観客の一人が少女の目前に割って入った。少女はぶつかる事を避けようと、浮かせた足を一歩引く。その瞬間、彼女の体がかくんと傾いた。
反射的に身を乗り出して腕を伸ばし、僕は少女の背と地面の間に手を差し入れる。倒れかけた少女の背中を支え、僕はほっと安堵の息を吐いた。
こうして、僕はつい先ほど感じた隔たりを、言葉でなく行動によっていともたやすく乗り越えてしまった。驚いたことに、偶然というものはときに、唐突に人と人の縁を繋いでしまうらしい。考える間もなく動いた自分の体を内心で褒めながら、僕は彼女に声をかける。
「大丈夫?」
「あ……はい。大丈夫、です」
少女の表情は、自分に何が起こったのかいまいちピンとこない、と言っていた。目をぱちくりさせて、僕の方を見る。僕は彼女の傾いた体を元に戻してやった。自身の状態を呑み込めたらしい少女は、振り向きながら僕に礼を言おうと口を開く。
「ありがとうございまいったぃ……!」
しかし、お礼の途中で少女の顔は痛みに歪んだ。足首を抑えて蹲る。どうやら足を挫いてしまったみたいだ。
「足、挫いたの? 大丈夫? 歩けそう?」
僕もしゃがんで、少女の怪我の様子を見る。といったって、医者じゃあるまいし、痛みのほどは本人にしか分からない。しゃがみ込む僕たちに、周囲の観客も何事かとちらちら視線を送ってくる。だが意識は大部分がステージの方に向かっていた。
「平気で……つっ!」
立ち上がろうと踏ん張った少女の顔が引きつる。それでも、手を貸そうかと僕が問う前に、ぐっと我慢して少女は立ち上がった。しかし、挫いた足を庇って重心が傾いているのが立ち姿から丸分かりだ。
「あの、どうもありがとうございました!」
ぺこりとお辞儀して、そのままそそくさと少女は立ち去ろうとする。でも、人垣に遮られてすぐに立ち往生してしまった。平日のストリートならいざ知らず、ここは休日のボランダストリートである。
健康な人でさえ足踏みする人混みをすり抜けるなんて、あの足ではとてもじゃないが出来ないだろう。そう思った僕は、少女の肩に手を置いて引き止めた。
「待ちなよ」
「はい?」
振り返る少女に背を向けてしゃがむ。手を後ろに伸ばして振り向き、僕は言った。
「痛いんでしょ? 送ってくよ」
「えっ?」
僕の体勢と言葉の意味を捉えかねた少女は、一瞬きょとんとした。それから、両手を突き出してわたわたと首を振る。
「いいいいいですいいです! 自分で歩けますから!」
「遠慮しなくていいよ」
「遠慮っていうか、その……。本当に大丈夫でっ……!」
慌てて僕の提案を拒否する少女が顔をしかめた。無意識に乗せた体重が足首の痛みを誘ったらしい。見かねた僕はやや強い調子で彼女に言う。
「無理しないでいいから。ほら、乗って。病院まで送るから」
「え、っと……」
困り顔でかちんこちんに固まってしまった彼女は、自分の中でなにやら激しく葛藤した後、
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おずおずと僕の背に体重を預けたのだった。
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