1.


果たして、初音ミクは本当に可愛いのだろうか?


早朝、自室で机に座り、そんな命題を真剣に考えている少女がいた。
他ならぬ初音ミク本人である。
手鏡を覗き込み、そこに映る自分の顔を詳細にチェックしてみる。
綺麗な卵形の輪郭に、スカイブルーの大きな瞳。スッと涼しげに流れる柳眉に、慎ましやかな口元。密かに自慢のストレートのロングヘアーをお気に入りのリボンで結い上げた、トレードマークのツインテール。
顔立ちといい、髪型とのバランスといい、我ながらなかなかのものではないかと思うのだ。

うん、大丈夫。私かわいい。

ひととおりチェックを終え、ミクは満足げにうなずいた。
仮にもアイドルなのだ。世間一般的に見ても、私は可愛いはずだ。
……可愛い部類に入るはずだ。そのはずだ。
少なくとも中の上くらいは確実なはずだ。
いや最低でも、普通レベルはあるんじゃないかと……。
いやいや、ごく常識的に考えて、不細工ではないと言っても罰は当たらないんじゃないかと……。
……………………。
まずい、だんだん自信なくなってきた。
軽く頭を振って気分を入れ替える。ミクはさらに、ここしばらくカイトと交わした会話について思い返してみた。
そういえば最近お兄ちゃん、私のこと可愛いって言わなくなったな。
ちょっと前までは、鬱陶しいくらいに「いやあ、ミクは本当に可愛いなぁ」って繰り返してたのに、ここしばらく聞いてない気がする。
……お兄ちゃん、まだ私のこと可愛いって思ってるんだろうか?
もちろん、考えてみたところで分かるはずもない。
分からないなら本人に訊くしかない。
だが。

お兄ちゃん。私、可愛い?

どのツラさげて訊けようか。
ダメだダメだ、そんなの絶対に言えない。

「ううぅぅ……」

唸りながら鏡を覗き込むと、鏡の向こうから変な顔をして睨み返してくる少女が1人。
なにその顔。すっごい不細工。
そう思ってから、それが自分の顔だと思い出し、自己嫌悪に陥る。
パタンと手鏡を伏せ、机上に突っ伏した。朝からどうにも不健康な心理状態だ。


PiPiPiPiPi……


その時、ベッドの枕元に置いてある目覚ましが鳴った。
おっと、もうこんな時間か。朝ごはんの用意しないと。
とてもご飯なんて気分ではないのだが、兄もお腹を空かせて待っているのだ。それに料理でもすれば、少しは気分が晴れるかも知れないし。
あまり深く落ち込まないようにポジティブシンキングを心がけながら、ミクは部屋を出た。








「あらミク、おはよう」

キッチンに入ると先客がいた。ルカだ。
テーブルには炊きたてご飯に塩鮭、焼き海苔、おしんこ、梅干しその他がズラリと並んでいる。
そしてルカは、味噌汁の鍋をテーブルへと運んでいる所だった。
割烹着に三角巾という姿で。

「……………………」

もう何と言うか、お姉ちゃんはズルい。
一方的な言いがかりなのは承知の上で、そう思わずにはいられなかった。
その顔で、そのスタイルで、割烹着ときた。
例えるなら、それは日本へ観光に来た金髪碧眼の外国人が着物を着ている感じ。似合ってないんだけど、そのオリエンタルな組み合わせが、逆に新鮮な魅力を醸し出している感じだ。
そして、着物を着て無邪気に喜んでいる外国人が妙に可愛く見えるのと同じように。
今どき日本人が誰も着ない割烹着に身を包んでいるルカは、ちょっと日本を勘違いしている外国のお嬢さんみたいで、妙に可愛かった。
テーブルにはすでにカイトの姿もあり、新聞に目を通している所だった。

「おはようミク、今日はずいぶんゆっくりだったな」
「お味噌汁どうぞ、兄様」
「ああ、ありがとう。すまないけど醤油を取ってもらえるかい?」
「はい。ミク、あなたも早く座って。今ご飯よそってあげるから」

何だ、この幸せ家族の朝食風景は。

出勤前のお父さんに、笑顔で家族を送り出すお母さん。さしずめ私は遅刻しそうな高校生の娘か。食パンくわえて家を飛び出して行けばいいんだろうか。食パンないから、じゃあ塩鮭で。
なぜが胸一杯に広がる敗北感を噛みしめながら、ミクはすごすごと席に着く。
そして小声でカイトに話しかけた。

「ちょっと、どうしていきなりお姉ちゃんが朝ご飯作ってるの?」
「俺も朝来て驚いたよ。ずっとミクに任せっきりじゃ悪いからだってさ。いいじゃないか、せっかく楽させてもらえるんだから、素直に好意に甘えれば」
「そりゃもちろん、ありがたいけどさ……」

ありがたいが、作るつもりで来ただけに拍子抜けした気分だ。
それに何だか自分のポジションを取られたみたいで、ちょっと面白くないかも。
ルカが醤油差しを手に戻ってきて、それをカイトに渡す。

「兄様、どうぞ」
「ありがとう」

醤油もすでにマスターされてるし。
まあ、そりゃそうか。あの時はたまたまショーユって日本名が分からなかっただけで、物自体は知ってたんだし。
塩鮭に添えられた大根おろしに醤油をかけるカイトに、ミクは尋ねる。

「お兄ちゃん、ひょっとして朝は和食の方が良かった?」
「特にこだわりは無いけど、こうして食べてみると、これもいいなあって思うね。ルカのご飯、おいしいよ。とても海外で生活してたとは思えないなぁ」
「ふふ、おだてても何も出ませんよ?」

しゃもじで茶碗にご飯をよそいながら、ルカが笑う。
……なんだ、そうだったのか。言ってくれれば、私だってこれくらいのメニュー……。
自分の好みで朝はいつもパンだった。カイトが何も言わないから、てっきりそれで良いんだと思っていたけど、こんなことなら1度くらい確認しとけば良かったと後悔する。
そんなミクの内心など知る由もなく、ルカが茶碗に盛ったご飯を差し出してきた。

「はいミク」
「あ、ありがと」

受け取ろうとして、手が滑ってしまった。
茶碗がテーブル上に落下し、ご飯がこぼれ出る。
さらに悪いことに、こぼれ出たご飯がカイトのお椀を倒し、味噌汁がカイトの膝にぶちまけられてしまった。

「うわっちっち!」
「兄様!」
「わあっ、ご、ゴメン!」

ルカが急いでキッチンから布巾を取ってきて、カイトに手渡す。
カイトはズボンの濡れた部分を摘み上げ、布巾を受け取って拭う。
茶碗がテーブルを転がり、床に落ちて割れる。
突然の大惨事に、ミクはオロオロするばかりであった。

「ふう~、熱かった」
「大丈夫ですか? お風呂場に来て下さい、水のシャワーで冷やさないと」
「ああ、いいよいいよ。自分で行けるから」

立ち上がってシャワーの準備に行こうとするルカを、カイトが止める。
ミクは頭を抱えたくなった。
ああ、もうなんかダメだ私。すっかりダメっ子だ。

「あ、あの、お兄ちゃん! ゴメンッ!」

かろうじて、それだけ口にできた。
カイトは振り返り、いつも通りの笑顔で「いいよいいよ」と言いながら部屋を出て行った。
姿が見えなくなってから、ミクは本当に頭を抱える。

「ああ~~……もう嫌ぁ~~」
「ミクったら。大丈夫よ、兄様も良いって言ってたじゃない」

ルカが苦笑しながらフォローしてくれるが、ルカにフォローされるという事は、今のミクには逆効果でしかない。

「そりゃ、お兄ちゃんはそう言うに決まってるよ。けどきっとダメだぁ~。今の絶対バッドエンドフラグだぁ~」

頭を抱えたままテーブルに突っ伏し、さめざめと言う。
果てしなく落ち込む妹の姿に、ルカはますます苦笑を深める。キョロキョロと辺りを見回し―――― 床に落ちて割れた茶碗に目を留めた。
屈んで欠片を拾い集めながら、呼びかける。

「お茶碗、割れちゃったわね。綺麗な模様だったのに」
「うう……それもお気に入りだったんだけど。ホントにもう嫌、今日は厄日だぁ~」
「そう。お気に入りだったの」

やがて欠片を拾い集めると、ルカはそれをミクに見えるように差し出した。

「ねえミク。私の隠し芸、見せてあげようか?」
「え……?」

意外な言葉に顔を上げるミクの目の前で、ルカは欠片を両手でそっと包み込み、胸に抱く。
目を閉じて、何事か探るような素振りを見せて。
やがて小さく歌い出した。


♪~


呟きのように小さく、短い歌だった。何と歌っているのか分からなかったが、日本語ではなかったと思う。
歌い終え、また両手をミクの眼前まで持ってきて、そっと開く。
ミクは目を見張った。
何と、割れたはずの茶碗が、そっくり元通りになっていたのである。

「え、えええっ!? どうやったの!?」

驚くなと言う方が無理と言うものだった。
身を乗り出して尋ねる妹に、ルカは少しだけ得意げに胸を張る。

「これが私の10年間の成果。この茶碗を構成しているプログラムを修復したの」
「プログラムを修復……って、ええ? そんなこと出来るの? お姉ちゃんって、復元機能でもついてるの?」
「ん~、復元とはちょっと違うのよ。復元ソフトって、システム上の変更履歴を辿って、良い時点での状態に戻すやり方でしょ? 私のはそうじゃなくて、プログラムが変更された部分を探し出して、そこを書き直すやり方なの」

ミクの首が45度、右に傾く。

「簡単に言うと、復元ソフトは茶碗が割れる以前まで、時間を戻すの。けど私の場合は、割れてしまった茶碗を『本来、これはこういう形だったはず』って、もう一度作り直すのよ」

簡単な説明らしいが、ルカ基準の「簡単」を語られても困る。
時間を戻すとか作り直すとか言われても、素人には原理が分からないから意味不明だ。

「……え~と……」

ミクの困り果てた顔に、ルカは三度苦笑して言った。

「とにかくね。私が居れば、ミクのお気に入りのお茶碗も、この通り。どう? 元気出たかしら?」

ルカの計画では、これでミクも気を持ち直してめでたしめでたし、となるハズだった。
だが―――― 。

「わ~、やっぱり私バカなんだ~~~! お姉ちゃんみたいな便利な機能も無いし、ダメダメだぁ~~~!」

ミクからすれば、またしてもスペックの違いを見せつけられたわけで。
むしろダメ押し以外の何物でもなく。
今度こそ浮上できない所まで落ち込んでしまうのだった。

「あ、あら……?」

予想外の反応に、さすがのルカも呆然。
姉の計算を見事に裏切ったという点で言えば、ある意味でミクの勝利なのだが。
これほど不名誉な勝利もない話であった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【カイトとミクのお話9】 ~ 叙唱(レチタティーヴォ)~

閲覧数:1,861

投稿日:2009/09/20 21:39:43

文字数:4,277文字

カテゴリ:小説

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  • 時給310円

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    ご意見・ご感想

    わ、良かった入れ違いにならなくて!
    実は明日から月末まで家を空けるんですよー。最後に覗いてみてホント良かったです。
    改めまして、こんばんは、こばとさん。いらっしゃいませようこそです!
    伏線だけは思うさま張りまくりました。これから回収作業へ入るわけですが……自分でも、不発弾を埋めっ放しにしてしまわないか心配です(^^;
    ああ、「遅い」に関してはですね、もちろん分かっておりますです。こちらこそ紛らわしいレスをしてしまいましたね、どうもすみません。
    早く続きを読んでもらえるよう、頑張って書きたいです。お時間あれば、またよろしくお願いします。
    今回もありがとうございました!

    2009/09/22 21:22:42

  • 野宮

    野宮

    ご意見・ご感想

    冒頭からミク可愛いよミク、なんて思っていたら、一連の展開と初音ミクの消失の登場に鳥肌が立ちつつ。今回も楽しませて頂きました!が!続きが気になって夜も眠れません…!
    ああ、これからカイトとミクとルカはどうなっちゃうんでしょう…。
    ルカの能力や消失、カイトの台詞など、色々な伏線がこれからどう絡んで来るのか、とても楽しみです。次回まで、ハラハラしながら待機しております。

    あ、ちなみに前回言葉足らずな自分でしたが「遅い」は自分の感想についてのことだったので、勘違いさせてしまったら申し訳ありませんです…!orz
    ではでは!

    2009/09/22 19:42:25

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    ご意見・ご感想

    >あまみさん
    いらっしゃいませ、また来て下さって嬉しいです!
    ミクのデビューから2年経ち、数多くの名曲が誕生しましたが、今なお「初音ミクの消失」という楽曲の持つインパクトは図抜けていると思うんですよ。ピアプロ小説内でも多くの方が題材にしており、もはや何番煎じか分かりませんが……まんまと僕も使わせて頂きました。
    せっかく「待ってる」と言って頂けてるのだから、なるべく早く続きをUPできるように頑張ります。コメありがとうございました!

    >秋徒さん
    し~ね~ば~いいのに~♪ しねばいいのに~♪
    受験生の貴重な時間を使わせる俺、マジ腹切って詫びろと orz
    いらっしゃいませ秋徒さん。読んで頂いたばかりかコメまで、ホントにありがとうございます!
    ルカに温かなご声援、ありがとうございます。このシリーズで一番頑張るのはルカになる予定なので(ぉ、これからも応援してあげて下さい。
    秋徒さんの書かれる小説も、良い雰囲気が出てると思いますよー。今は無理かもしれませんが、また続きが読めるのを楽しみにしてます。
    引き続き、受験勉強がんばって下さいね。ありがとうございました!

    2009/09/22 01:37:53

  • 時給310円

    時給310円

    ご意見・ご感想

    「おー、くちばしPのCD発見!確保っ! ん?おお、こっちはDECOさんの!わーい、愛言葉愛言葉♪ それから……って、黒うさ大先生のメジャーCDがっ! おおぉ……何と美麗なルカだ……」

    とか、丸一日ハメを外しまくっていた大馬鹿者、ただいま帰宅しました。
    もうホントすいません orz


    > toor_0111 さん
    ええ、あの人です。「牛乳n(ry 」とか「シュークリーm(ry 」とか、「マンドラg(ry 」とかの、あの人です。僕も大好きですw
    ちょっと調べたんですけど、レオンって元々、黒人ソウルシンガーって設定だったらしいですね。
    ルカに「そんなのはイタリア人とやってて!」というセリフを言わせたいばかりに、英国人のナイスミドルという設定を捏造してしまった……ごめんなさい楽しかったですw
    今度こそコメ返しに伺わせて頂きますね。ご来店ありがとうございました!

    >甘音さん
    今後の展開……え~と、どうしよっかな~ ← ォィ
    甘音さんトコのお話もいよいよ本番に入られていますが、僕の方もギャグ要素を盛り込めたのは今回までとなりそうです。そうですね、「ごめんなさい、遊びは終わりです」とだけ言っておきましょう。
    ごめんなさいうそです。次は短編のギャグ出すつもりです。
    でも、このシリーズに関してはですね……ごめんなさい、遊びは終わりです。
    大見栄切っちゃいましたが、それくらい気合だけは入ってます。よろしければ、次もお付き合い下さい。コメありがとうございました!

    >スコっちさん
    初めまして、コメありがとうございます! 以前から読んで頂いていた様で……カメ以下の更新速度なうえ、たまにUPしたら常識外れの量で、いつ読者様に愛想尽かされるかと冷や冷やしている中、ホントにありがたい限りです。
    ミクがファイルを見つけるシーンは、今回の話で一番がんばって書いたシーンだったので、誉めてもらえて嬉しいです。ちょうど今回、物語の核心部分に迫る設定を明かしたのですが……初めましての方にも分かりやすく説明できたでしょうか。ちょっと心配です(^ω^;)
    物語はいよいよこれからなので、またお付き合い頂ければ嬉しいです。ご来店ありがとうございました!

    2009/09/22 01:00:15

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