ある日の夕方。ルカは次の歌録りの待ち時間をスタジオの廊下にあるベンチで一人、ぼんやりと座って過ごしていた。今度出す初めてのアルバムの作業のために、ここ一週間ほど、ほとんどこのスタジオで過ごしていた。寝泊りも事務所の人が近くのビジネスホテルを取ってくれたので、ほとんど家に帰ることもない。
 先ほど買ったペットボトルの緑茶を、蓋を開けることなくルカは手の中でころころと転がした。ホットを選んだのだけど、指先から伝わる温度は既にぬるく、少しずつ冷えていた。
 デビューしてからどれくらい経ったんだっけ。とルカはころころとペットボトルを手のひらでもてあそびながら、ぼんやりと考えた。デビューして、PVを作って、小さいながらもライブをやって、今まで見る側だった夏のフェスにも参加した。そしてアルバムを出すためにこうやって新しいうたを歌う。
 色んなことがあったけれど、指折り日数を数えてみたらまだ6、7ヶ月ぐらいしか経っていないんじゃないだろうか。そう気がついて、すこし吃驚した。
 デビューしてからずっと、ルカはまわり続けていた。あこがれていた世界に足を踏み入れて、新しい物事に触れて、熱に浮かされたようにルカはくるくるとまわり続けた。
 くるくるとまわって、くるくるとまわり続けて。
 くるくる回る世界は広がって、たくさんの人が、ルカの回る姿を見てくれるようになった。
 デビューしてから7ヶ月ぐらい。ずっと歌い続けてきて、くるくるとまわり続けてきた。大学もきちんと卒業したかったから、休みがちになった分、多く出された課題をこなして、卒論だってできる限り頑張った。おかげでぎりぎりながらもこの春にはちゃんと卒業できる見込みもついた。
 自分の置かれている環境はとても恵まれていて自分はなんて幸運なんだろうって思う。この仕事で出会ったスタッフも演奏者も皆、意識の高い人ばかりで彼らから学んだことは沢山あった。そして彼らに触発されて導かれて、ルカ自身の思っている以上の力を引き出してもらったりもした。
 沢山の人のお蔭で、自信もついてきた。余裕だってできてきた。歌うことはやっぱり大好きで、新しい曲を歌ってほしいと言われると、とても嬉しい。インタビューにも慣れたし、イベント時のMCもそつなくこなせるようになった。
 忙しくて眠くて疲れて、辛いときもあったけれど。不満があるわけではなかった。むしろ毎日の出来事が新鮮で充実してて、楽しいくらいだ。
 だけど、ふとした瞬間。ふと、くるくるまわる足を止めた瞬間に、輪郭の定まらない不安定な感覚がルカの奥底で鳴るのだ。
 小さく弱々しくなるその音が、ほんの少し気にかかる。
 この感覚、この感情。なんという名前だったっけ。
 ぶぶぶぶぶ。
 不意に脇に置いておいた携帯が振動して、物思いにふけっていたルカはびくりと肩を跳ね上がらせた。驚きつつも携帯を手に取ると見知らぬ電話番号。桁数からして固定番号のようだ。誰だろう?と首をかしげながらルカは通話ボタンを押した。

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はなうた、ひらり・8~ダブルラリアット~

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投稿日:2010/02/04 22:53:13

文字数:1,251文字

カテゴリ:小説

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