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『ヒトゴロシ』
『ヒトゴロシ』
『王女ハヒトゴロシ』
『召使モヒトゴロシ』
『緑ノ少女を殺シタ、ヒトゴロシダ』
『イツカコノ国モ植民地ニナッテシマウ』
『コロセ』
『王女ヲコロセ』
『召使ヲコロセ』
『王女ヲ――…』

「うわぁぁぁぁぁ!!!」
 レンは叫びながら起き上がった。
 まさに悪夢と呼ぶべき、恐ろしくおぞましく歪な黒い夢を見た。
 国民たちがリンの周りに群がり、手を伸ばす。それをリンは恐ろしげな表情で拒もうとしているのを夢ながらにとめようと、レンもその群集に飛び込んでいくが、聞こえてくるのは皆、同じ言葉。
『王女ヲ、召使ヲ、コロセ』
 王女の手をとり、群集をかき分けて抜け出そうとしても、人々の海は二人が逃げ出そうとするのを無理やりに止め、手を伸ばす。
 皆は手に手に武器を持って、二人に襲い掛かるのだ。
 ある者は鍬(くわ)を、ある者は鎌(かま)を、あるものは果物ナイフを、またある者は松明(たいまつ)を持ち、大きな鍛冶屋にでもあるようなハンマーを振り回しているものすら見える。
 それは国民たちが怒っているように見えて、皆が二人を
『ヒトゴロシ』
と何かに取り付かれたように叫び続けるのだ。
 …人殺し?誰が。
 リンはだれも殺しては居ない。レンもだれも殺しては居ない。…だって、人を殺してしまったらもっと、怯えるものだろう?
 はぁはぁと荒い息を整え、窓の外を見ると妙に明るく、夕時に帰ってきてすぐに眠ったのに、もう朝か、と思ったほど。
 しかし、それにしてはおかしい。人が群がってその明かりを眺めているのだ。
 この時期は祭りも無ければ、大会や祭典なんていうものもまったくといっていいほどに無い。
 あったのは、確か、『炎夜祭』という小さい祭りだけ。
 これは呼んで字のごとく、一夜のうちに火のついた松明を投げ合うのだ。いつかは火事が起こると懸念されてきたと聞くが、短くか細い松明は地へ着く前に消えてしまうよう、計算されていると聞いたことがあった。
レンは何か、胸騒ぎに似たものを覚えた。部屋を飛び出し、玄関を出た。砂浜を走りぬけ、都市部へ出ると人ごみはさらに大きくなっていた。
「どうしたんですか?」
「王女様から、税金を上げるっていう発表があったんだ」
「増税…?」
「ああ」
 答えた男はレンの顔をろくに見もせずに言った。
 レンはもう一度走り出した。…ありえない。リンが税金を増やすなんて、あるわけが無い。だってリンは、税金で自分が生活していることだって知らないのだから。
 大きな王宮の前はやはり国民でごった返していた。
「増税反対!!!」
「王女を出せ!」
「ちゃんと説明しろ!」
 ルカとルコがその対応に追われている。
「先生、何があったのですか」
「レン、よかった。いいところにきましたね。プリンセスの所へ行って、話しを聞いてきてください。あなたのことですから、何があったのかなんて、大体はわかっているのでしょう」
「――はい」
 レンとて、言われずともそうするつもりだ。
「まったく、明後日には紫ノ国のキングとの会談があるというのに!」
 ルカは苛立った表情を隠そうともせず、多くの民衆相手に大声で説明をしていた。また、ルコも無理やり王宮の中に入り込もうとする輩を捕まえては警備、説明をしては誰かを捕まえて、疲れ果てていた。
 兵たちにはすでに顔を覚えられている、すぐに中へ通され、長い廊下を突っ切り、中ほどにあるリンの部屋の前に立った。
 中のリンも足音に気がついたのか、扉のほうに大声を出した。
「入ってこないで!私は何も知らない!ほうっておいて!」
「リン、僕だ。レンだよ、いれてくれないか」
「レ…ン?本当にレン?はいって、レン!」
 レンは扉を開け、中に足を踏み入れた。
 中は空き巣が入ったように物が散乱していて、窓のほうでリンが泣きじゃくっているのが見えた。
「リン、どうしたんだ?なぜ、増税なんか…」
「私は何もしていないの!ただ、空き巣にはいられたみたいで、契約とかに必要な印鑑を盗まれて…」
「それで、誰かが勝手にこんなことを言い出したんだね。リン、ここでずっと下の様子を見ていたの?なら、だれがこの増税を発表したか、わかる?」
「え…と、ここからはよく見えなかったけど…。白い髪の――…」
「ハク補佐官か!」
 ハク補佐官は白い髪を黒と青のリボンで結んだ、少々酒好きのルコの補佐をしている女性だ。
 レンはあまりハクのことがスキではない、というか、嫌いだ。
 無口なことは性格であり、気にはしていないが所々に油断ならない相手であることを強調するようなオーラが出ている気がして、体が生理的に受け付けないのだ。
「…わかった、ハク補佐官は僕から解雇にしておく。それから明日の朝にはこの増税も取り消す。いいね?リンが承諾してくれればこれはすぐに通るよ」
「うん、お願い。レン、レンが居てくれてよかった…!」
 うれしそうに抱きつく姉を引き剥がし、レンは表で忙しく駆け回る二人の大臣の下へ走った。
「先生!これ、リンは何もしていないって。契約用の特注印鑑を盗まれて、すぐにこの知らせが入って、それを知らせたのがハク補佐官だと。リンは泣いていましたから、嘘ではないと思います」
「ハクが?」
「はい、リンがそういっているんです。ハク補佐官は解雇していただきたいと王女直々に命令が」
 ルコは驚いたように聞き返したが、レンは動じもせずにルコの鮮やかなオッドアイを見つめ、はっきりと答えた。
 ルコは明らかに動揺していた。
 アイツがそんなことをするはずが無いとでも言うようにパクパクと口を開け閉めして、何度かレンの言葉を繰り返していた。
「解雇、解雇?…違う、ハクは違う」
「ハク補佐官がこの発表したんです。リンが違うというなら、ハク補佐官でしょう!」
「ハクは今日、休みをとって青ノ国の親戚のところへいっているはず。ハクの両親にも確認は取ってある」
「え…?」
 今度はレンが動揺する番が回ってきた。
 ハクでなければ、誰がやった?リンを悪者にして、この国の人々をほんのひと時であれ、苦しめた犯人は、だれだろう。
「…どうして、ハクだと?」
「髪が、白いとリンが」
「…そうか、ここにハクのような銀髪はハク以外に居ないからな…」
 レンとルコのやり取りをただ聞いていたルカが一つ、何かを思いついたようで、二人のほうへ顔を近づけると我が推理を短く説明した。
「あの、上を見て。あのライトはホワイトカラーでしょう?人間の目には物体が暗すぎても明るすぎても見えないらしいわ。明るすぎるライトで、犯人の髪のカラーが違ってみたんじゃないかしら」
 こう見えてもルカは結構頭が冴える。
 一度、調理場で毒を盛ろうとしている輩を見つけ、未遂にとどまらせたことだってあるほど。
「と、なると、ルコ大臣や先生は別として…」
 この国には数名の大臣と一人の大臣に対して一人ずつの補佐官が居る。
 軍隊系を専門とする『防衛隊部門大臣』、欲音ルコ。補佐官、弱音ハク。
 別の国との会合などのすべてを取り仕切る『国交部門大臣』、巡音ルカ。補佐官、本音デル。
 王族の護衛などを行う『王族守護部門大臣』、重音テト。補佐官、始音カイコ。
 国の資産などの運営・管理などを専門に行う『税務管理部門大臣』、雑音ミク。補佐官、亜北ネル。
 とまあ、もっと沢山あったはずだがレンが覚えているのはその程度。
「もしかして、『始音カイコ』じゃないかしら」
「どうして」
「彼女の髪は薄いブルーだったから、ホワイトカラーに見えやすいんじゃないかと思って」
 始音カイコ。彼女の素性はなぞに包まれ、口調・性格ともに女性らしい優しげな印象の少女といった感じの彼女は素性どころか、年齢、出身、家柄から親戚にいたるまでが明かされていない、不思議な女性である。
「たしかに彼女の髪は青ですし、消えやすいかも知れませんが…。どうなんでしょう」
「始音カイコ、王族守護部門の補佐官だったな…。あっ!」
「どうしたんですか?」
「わからないのか、こういう場合は、王族守護部門大臣が指揮を執り、補佐官が国の最高権力者を誘導しに行くんだ」
「じゃあ、リンが危ないじゃないか…!行ってきます、この場はどうにかやり過ごしてください、そうしたら明日の朝にでもこの知らせを取り消せるでしょう!」
 レンは今さっき往復してきた道を走って戻った。
バタンと大きな音を立てて扉を開けた。
そこには先ほどと同じように、同じ場所に白いドレス姿のリンが怯えたように体を縮め
て座っていた。レンに気がつくと、きょとんとした顔で、
「レン、どうしたの?」
 と、たずねてきたところを見ると、特になにも無かったようである。レンはほっとして胸をなでおろす。
 そういえば、リンの格好が少し違う気がする。ワイシャツにネクタイ。まるで、レンと同じだ。
 いきなり、リンの顔が強張った。
「れ、レン…。後ろ、危ない!」
 怯えていた顔から血の気が引き、明らかに何かを見ている。レンの背中のほうを。
 嫌な予感がした。そっと、後ろへ首を回す。
『ゴンッ』
 鈍い音がして、レンはその場に倒れた。
 …レンの目はただ一点だけを見ていた。始音カイコの愛用のコバルトブルーのマフラーだけを。
 頭の辺りにどくどくと気持ちの悪い感覚があったかと思うと、すぐに視覚も聴覚も嗅覚も全部が使用不能になった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

悪ノ物語 -罪-2

えーと…。
やはり一回一回が長ったらしいですね…。
そのわりまだ結構永く続きますんで…。
最後まで見てくださった方は神です!!よろしくお願いいたします!

閲覧数:493

投稿日:2009/06/14 14:42:19

文字数:3,896文字

カテゴリ:小説

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