昔、写真には「写らない人」がいると聞いたことがある。
逆に、そこにいなかった誰かが写ることもあるらしい。
もちろん噂話だと思っていた。
映像の世界で仕事をしている私は光もレンズも編集も、すべて理屈で説明できると信じていたからだ。
ある日の撮影帰り使い終えたカメラのデータを整理していると、一枚だけ見覚えのない映像が紛れ込んでいた。
街角を歩く一人の青年。
少し猫背で、大きな夢だけを抱えているような後ろ姿。
撮影した記憶はない。
けれど、その歩き方だけは妙に懐かしかった。
拡大した瞬間、息をのんだ。
それは十年以上前の私だった。
まだ何者でもなく仕事も不安定で、自分の未来さえ信じきれなかった頃の私。
そんな姿が昨日撮影したデータの中を静かに歩いていた。
翌日もう一度確認すると、その映像は消えていた。
代わりにタイムラインの最後へ、小さな一文だけが残されていた。
「拾い忘れた時間は、まだ光の中にある。」
誰が書いたのか分からない。
編集ソフトのログにも残っていない。
それ以来、不思議なことが起こるようになった。
新しい映像を編集していると、ときどき一瞬だけ知らない景色が差し込む。
まだ訪れたことのない街。
まだ出会っていない誰か。
まだ撮影していない笑顔。
ほんの数フレームだけ現れて、静かに消えていく。
最初はノイズだと思っていた。
でもあとになって気づく。
数か月後、本当にその場所へ行き、その人と出会い、その笑顔を撮影していることに。
映像は過去を残すものだと思っていた。
けれど本当は未来の記憶まで少しだけ映しているのかもしれない。
だから私は、今日もカメラを手放さない。
何者でもなかった昨日の自分も
まだ何者にもなっていない明日の自分も
きっと同じ一本のフレームの中で
静かにシャッターが切られる瞬間を待っているのだから。
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