ノートパソコン、携帯電話、紙とペン。
彼女は好きな時、好きなものに言葉を綴った。
歌だとか詞とは到底言えないような短いものだったけど、彼女はそれを書くのが好きだった。
そしてぼくは、浮かんだ言葉をどうやってつなげていこうかと悩むまっすぐな横顔が好きだった。
二人っきりで会っている時も、彼女のひらめきは止まることはなかった。
どんなことをしていたって、思いつけば全て遮られた。
けれど僕は苦笑するだけで、特に嫌だと思うこともなかった。
彼女のそんなところに惹かれているのだと知っていた。
彼女の道具は、外にいる時、たいてい紙とペンだった。
家ではノートパソコンだった。
ノートパソコンは原稿用紙モード。紙とペンはいつも縦書きだった。
携帯電話は余り使っていないようだったけど。
彼女に何故と聞いたら、左利きだから、と言われた。
紙とペンで書く時、左手の横書きだと手が黒くなってしまうらしい。
彼女らしいと思った。
彼女は自分の書いたものを、余り僕には見せてくれなかった。
嫌なのかと思ったけど、どうやら恥ずかしいから、ということらしかった。
僕も無理強いするつもりもなかったし、彼女も時々は見せてくれたから、気にはしていなかった。
彼女が書くものは、決まってリアルを含んでいた。
僕は彼女の作品を全て知っている訳じゃないけど、夢物語やおとぎばなしなんかじゃなかった。
ありふれたもの、当たり前になっていることが書かれていた。
それは人の生や死についてだったり、笑顔がもたらすあたたかさ、言葉の深さについてだった。
紡ぐような言葉と綺麗なメロディラインは、歌って欲しいと誘うようだった。
彼女は不思議なひとだった。
ふわりと笑ったかと思えばすぐに涙ぐむ。
映画なんて観にいった時なんか、ハンカチがぐしゃぐしゃになっていた。
頬を子供っぽく膨らまして、そしてたまに、急に大人になる。
そんな時、僕は彼女に手が届かないような気さえして、小さな手を握ってしまったものだ。
彼女ははじめは驚くけれど、いつも笑って握り返してくれた。
その時の笑顔はもういつもの彼女だったから、僕はそれで安心できた。
彼女と過ごすようになってからの日々は、どこか普通ではなかった。
目に映る全てがきらきらしていて、触れるものすべてがほんわりとあたたかかった。
当たり前が当たり前じゃなくて、それがとても嬉しくて、楽しくて。
子供の頃の、縁側のひなたぼっこみたいだった。
僕はそれだから、よく彼女をお日さまみたいだと言っていた。
それを聞いた彼女は、僕をそよ風みたいだと言ってくれた。
何故か聞いたけど、彼女は笑ってはぐらかした。
ちゃんと聞けばよかった。
彼女が死んだのは秋のはじめだった。
これから肌寒くなる季節に、一気にぬくもりが逃げてしまったようだった。
目の前が真っ白になって、何も考えられなくなった。
一緒にダウンロードされたリンが僕を見て、心配そうに眉を下げていたのを、僕はいつかの彼女に重ねていた。
それからしばらくの間、僕は壊れた人形のようだった。
歌うこともせず、何もかも忘れたように、ただ部屋の壁に寄り掛かって、毎日を過ごしていた。
きっと虚ろな目をしていたと思う。
リンが僕に小さな箱を差し出したのは、そんな時だった。
それが何なのかも言わず、箱だけ置いて、リンは僕に背中を向けた。
僕は開けたい気持ちもあったけど、それ以上に体を動かすのが億劫で、ただ箱を見つめていた。
薄桃色の箱は、少し使い古されたもののようだった。
僕はふと思い出した。
薄桃色は、彼女の好きだった色だ。
優しく色づきながら、決して主張することのない儚さが好きなのだと、よく言っていた。
僕は重たい体をゆっくりと動かして、その箱を手に取った。
開けたい。けれどこれは、おそらく彼女のものだ。
思い出した今の僕にとって、この箱は彼女の死を決定的なものにしてしまうような気がした。
僕はやっと気付いた。
自分が彼女の死から逃げていることに。
彼女がここにいたら、怒るだろうか。
いつだったか、死について書いた、それでも優しさのある歌を聞いたあとだった気がする。
彼女は、死は平等に訪れるものだと言っていた。
認めたくないなんていったら、それはいけないと言われる、そんな気がした。
箱の中に入っていたのは、沢山の紙だった。
昔のものであろう、端が擦れているものも沢山あった。
僕の見たことのない、彼女の書いたものたちだった。
僕は読んでもいいのだろうか。
紙を直視するのは、なんとなくためらわれた。
その時僕の視界に移り込んだのは、「愛」という文字だった。
彼女が僕に見せたくなかったのは、愛について書かれたものばかりだった。
つないだ手のぬくもりやふとしたときの表情に感じる愛おしさ。
切なくなるほどの恋慕。
人が他人を愛するということについて。
当たり前のように愛して、そばにいてくれることの幸せ。
ところどころ塗りつぶして消してあるその言葉たちは、まっすぐ僕の中に入っていった。
春がやってきて、踏みつぶされた固い雪を、ゆっくり溶かしていくようだった。
彼女にとって愛というものは、とてもきらきらした優しいものらしかった。
綴る言葉には、彼女の気持ちが込められていたから。
読めば読むほど、あの頃毎日見慣れていたはずの彼女の笑顔が浮かんだ。
そしてそれがぼんやりと滲んできたことが、とても悔しかった。
僕は彼女を笑顔を、すでに鮮明に思い出せなくなっている。
それが許せなかった。
僕は彼女の為に在るのに。彼女の為に在ったのに。
箱の一番下には、写真があった。
僕と彼女とリンが映っていた。
写真の中の僕達は、とても幸せそうに笑っていた。
その笑顔が羨ましかった。彼女の隣にいる自分が羨ましかった。
そして写真の裏に書いてあったのは、やっぱり愛についてだった。
僕の名前こそ書いてはいなかったけど、それは僕への言葉に見えた。
出会った幸せ、笑った顔が見れた日の夜、手をつないだ休日、恋をした喜び。
好きになれる人がいるというのは、こんなにも素敵なことなんだと。
視界が滲んだ。枯れた筈の涙は、僕に優しく襲いかかった。
"例え私が貴方と二度と会えなくなって、絶望するその瞬間にも、貴方への想いは存在するのです。
だからどうか、一緒にいた日々を忘れないでください。
つないだ手を思い出せなくなっても、見上げた空はつながっているから。
幸せだった時を忘れても、「幸せだった」という気持ちを忘れないで。
そうしたら、私も君も、明日はひとりじゃないような気がすると思わない?
いつかいなくなってしまうなら、その時まで恋をさせてね。"
丸い彼女の字で、写真の裏いっぱいに書いてあった。
まるで自分が死ぬことをわかっていたような文章だった。
……いや、彼女は理解していたのだ。命あるものは必ず滅びるということを。
だから僕に伝えたかったんだ。ひとりだと思わないでって。
彼女は僕なんかよりずっとずっと大人だった。
そして、先に僕の手の届かない所に行ってしまった。
僕は、彼女が遺してくれた言葉たちが濡れないように、そっと横へやった。
僕の膝は、零れた涙でぐしょぐしょだった。
ようやく落ち着いた頃、泣き虫だった彼女に笑われているような気がして、少し笑った。
ねぇ、君が先に去ってしまったこと、今ではちょっとほっとしてるよ。
君に、こんな寂しい思いをさせずに済んだから。
いつか僕だって壊れるだろうけど、君に会えるかも分からない。
僕が天国に行けるかもわからないしね。
十年後、二十年後、君の笑顔を忘れてしまっても、君を愛していたことは、決して忘れないから。
だから君もひとりじゃないってこと、忘れないでね。
こんにちは、君は今幸せですか?
ひとりぼっちだと、涙をこぼしてはいませんか?
深呼吸をして、目を閉じて、誰かの笑顔が浮かんだら
君はきっと独りじゃないよ。
もしもひとりだとしても、それはこれから大切な人が出来る証拠。
だから立ち止まらないで。止まったら、ずっとひとりなんだから。
くもりのちあめ、のち快晴。
※5/31内容変更版です。だいぶ変わってしまった…
マスターとボカロの恋でも、ボカロ同士のやり取りとでも、お好きに解釈できる…ようなものにしたつもり、なのですが。
あ、リンちゃんに出演してもらいました。ありがとうリンちゃん!大好きだ!(痛い人
これを読んで、誰かが何かを感じてくれたりだとか、何かを思いつくきっかけになるだとか、そんな踏み台になれたら嬉しいなあと思います。そんなことを思いながら書いたヘボ小説です。
設定似たようなのにしたら、自分の方が上手く書けるぜ!
なんて人は、元がこんなやつの書いたこんなのなんですよってちゃんと表記してくださればもうどんどこ書いてやって下さい。
あ、完成したら教えて下さい、喜んで拝見しにお邪魔します(きらきら
君が前に進み続ける限り、きっと独りになんかさせてもらえないんだぜ!
みたいなくさい台詞が大好きな作者でした。
あ、ごめんなさいすいません引かないで下さい。
コメント5
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ブクマつながり
もっと見る<(修正版)きのこオーブを追え! 鏡音時空探偵社! 第1話 賢者の石>
時は今からずっと未来、イギリスはロンドン市街地、ベーカー街221区画-ポイントBに、その探偵社のオフィスはあった。
『鏡音時空探偵社』
そこは“今”の案件を扱うのではなく、タイムトラベルが実現化したために起こる、昔の時代に新しく...きのこオーブを追え! 鏡音時空探偵社! 第1話 賢者の石
enarin
僕らがマスターに会って一ヶ月くらいのことだった
綺麗な湖にキャンプに行った
マスターがテントとかを張っている間
僕らは湖の周りを歩いてた
綺麗な湖だけど底が深くて
溺れて沈んだら死ぬまで浮かんでこないらしい
僕は...泳げないだから気を付けていたけど
リンが足を滑らせて湖に落ちた
とっさのことだった...黄色と水色
ku-yu
「今日はミクの誕生日ですよ、マスター。」
「......えっ。」
「マスターまさか知らない?」
「ごめん。」
「私の誕生日忘れるなんて。」
「ごめん、お詫びに自爆してくる。」
「えっちょっと、マスター!?」
マスターが急に家から出て行ってしまったので、GPSで生きてることを確認しながら別のとこに行っ...ミク誕
ku-yu
リンが様子がおかしかった。
話しかける度にビクビクするし、私に近づこうとしなかった。
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のでレンに聞いてこさせた。
「リン何かあった?」
「べ、別に?」
「マスターには言わないからさぁ。」
「……猫拾った。」
「へぇー。」
「黙っててね?」...(non title)
ku-yu
-リン!俺らずっとずっと一緒だよな!-
-当たり前でしょう?ずっと一緒だよ!-
・
・
・
ピピピピピpガチャ
「ん…」
懐かしい夢を見た
俺とリンが14歳で、ずっと一緒にいることを誓ったあの日のこと
「もう9:00か...消滅の残り時間
N@So
「ふぅ、これで今日は終わりだな。」
とあるサーカスの団長は、そう言って椅子に座りました。
最近、公演が多くて大変なご様子。
青髪の青年の率いるこのサーカスは、団長の両親から受け継いだ由緒正しきものでした。
親の七光りで保っていると、そういう輩もいましたし、サーカスの演目を揶揄する者もいました。
しか...道化師と壊した人形~Lost Actor Circus~
ku-yu
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ご意見・ご感想
ますから
その他
作者>>ZEROさま
わああ、感想有難う御座います…!!!
今日どんだけ幸せな日なんでしょう、死ねますねこれ。←
拙い小説にお目通し頂けて嬉しいです!
ZEROさまのご感想を頂いた時、ちょうど書き直しの最中だったんですよ。
感想のおかげかリンちゃん出したおかげか、レン君みたいに読めますね。笑
まあレン君初でしょうから、リン慰めてあげなよ僕無理だよ的な感じで隠れて見てるーなんてのもアリでしょうが。
それにしてもききき綺麗な作品だなんて!
そういう殺し文句は他の超絶素晴らしい物書き様に申し上げて下さいませ!
これからも頑張って色々書いていきたいと思いますので、またお時間がありましたら寄ってみてください。もしかしたら何か増えてるかもしれません。
それでは、感想やお誉めの言葉、有難う御座いました。ほんとに嬉しかったです!
2009/05/31 23:51:57
ますから
その他
作者>>秋徒さま
かかか感想2通目…!!
しかも涙腺崩壊だなんて…こんな小説に有難う御座います(涙
アドバイスも感謝です。元が本当にオリジナルだったもので…
でもここに載せる時はボカロに見えるようにちょっといじってから載せることにします。苦笑
ちょっとあったかくなる話だとか、くすっとくる話だとか、そういうのを書きたいと思ってるので、お暇がありましたらまた見に来てやって下さい。
そんで気に入ったものがありましたら、ちょっと誉めてやってください。つけあがっていっぱい書きます、多分。笑
よーし、さっそくちょっと改変してきますね!
感想有難う御座いました!
2009/05/31 22:56:38
秋徒
ご意見・ご感想
はじめまして。不覚にも涙腺崩壊を起こしましたw
お互いを愛する気持ちがよく伝わってくる良いお話でした。そして脳内で何故かルカ様とカイト兄さんになっていたのは、誰にも言えない秘密です(爆
ボカロ小説は書くの難しいですよね(^^;) 私もたまに、「あれ、これボカロじゃなくてもよくね?」な小説を書いてしまいます;; とりあえず作品の中の『小説』を『楽譜(歌詞)』等に変えたら雰囲気を壊すことなくそれっぽくなるんじゃないでしょうか…って、思ったり思わなかったり(どっちなのかと。
兎に角、とても暖かくなるお話でした。とりあえず作品ブクマしていきます。
次回も楽しみにしてますm(_ _)m
2009/05/31 22:29:11
ますから
その他
作者>>髑髏くんさま
メッセージ有難う御座います!
ピアプロ初心者で投稿も2回目で、初めてのメッセージなので嬉しいです…!
しかもアドバイスもいただいてしまって!
やっぱりボカロを絡めた方がいいんですねー…
今日中に何かしら絡める努力をしてみます。
これからもこんなのばっかり書いていくかと思いますが、お目通し頂けたら嬉しいです。
あ、読んだら目薬さした方がいいですよ!
それでは、本当に有難う御座いました!
2009/05/31 20:49:30