十月、僕は仕事を終えてファミレス『ハチミツ』に向かった。この月のイベントといえば『オクトーバーフェスト』というモノがある。ドイツの祭りを元にしたイベントでドイツビールやドイツの料理を特別に提供している。たった一週間のイベントなのだが、その期間ウェイトレスの女の子たちは『ディアンドル』というドイツの民族衣装を着て接客をするサービスがある。その衣装はフリルの付いたドレスで少し胸元が広く開いているのが特徴だった。いろんな色があって女の子たち、それぞれ違った色のドレスを着ている。やはり女の子のよって胸の大きさが異なるので少し大胆に見える子もいるから目のやり場に困る。僕は無意識にリリスちゃんを探していた。自分でも解ってないうちにリリスちゃんのことが気になっていたようだ。だけど、今日はシフトに入ってないのかも知れない、姿が見当たらない。扉を入ると一人のウェイトレスが案内をしてくれる。まだ見たことのない女の子だった。ネームプレートを見ると『ユウカ』と書いてある。ユウカちゃんは少しかすれた声でショートカットのボーイッシュで元気な女の子だ。
「いらっしゃいませ、お一人様ですか?お席にご案内しますね」
僕は窓際のテーブル席に座った。
「本日はイベント期間でオクトーバーフェストとなっておりまして、ドイツ料理やビールなどをおすすめしております。」
 ビールが得意ではない僕は少しでもドイツを楽しみたい気持ちからドイツ料理の日替わり定食でもある『ハンバーグ定食』と白いウインナーが珍しく思ったので『ヴァイスヴルスト』を注文した。飲み物には、やはりビールも飲みたいと思ったのでビールベースのカクテル『カシスビア』を頼んだ。カシスビアとは名前の通りカシスとビールを混ぜた少し甘めのカクテルだ。
「おまたせいたしました。本日の日替わりランチ、ハンバーグ定食とヴァイスヴルスト、お飲み物のカシスビアになります。」
運んできてくれたのは、また違うウェイトレスだった。ネームプレートには『ナナ』と書いてある。ナナちゃんは髪が肩までのロングヘアーで少し背が小さく、アイドルグループでセンターに居そうな顔の女の子だ。たしかホームページの写真にも姿が写っていた気がする。お店の中でもお客に人気のようだ。ブログのコメント数が他の子たちより多いように見える。
「お客様は、はじめましてですよね。私はナナと申します。よろしくお願いしますね。」
とてもかわいらしい笑顔でナナちゃんは言った。それに服装のせいなのか、胸が大きいので少しエッチさを感じる。他の客がこの子の魅力に惹かれる気持ちがよく解る。不謹慎にも考えてしまう。この子は彼氏がいるのかとか、お客から誘われたりしないのかとか。
 二十代前半に見えるから、年頃だし彼氏がいても特におかしくは思わない。そう考えた途端に、もしかしたらリリスちゃんにも恋人がいるのかもと思ってしまった。しかし、どれだけ深く考えても店員とお客の関係が変わるわけではないので、考えることを止めた。僕は食事を終えて少しゆっくりしながらスマートフォンを見ていると、
「お済みもの、お下げしますね」そう言ってユウカちゃんが皿を片付けに来た。
「今日は、やっぱりディアンドルのイベントが楽しみでいらっしゃったのですか?」
「うん、なんとなくホームページで見て来たんだ」
僕はユウカちゃんの質問に少し視線を下げて答えた。
リリスちゃんのディアンドル姿が見たいからとは、恥ずかしくて口が裂けても言えない。
「実はわたし、この衣装あまり好きじゃないんですよ」
かすれた声のユウカちゃんはヒソヒソと話すように口に手を添えて言ってきた。
「だって見てくださいよ、この胸元。あきらかに露出高いじゃないですか?ナナちゃんみたいにおっぱい大きい子はいいですけど、わたし小さいから『拷問』ですよ」
と、笑いながら言った。胸の小さい女の子には屈辱的に思えてくるのだろうか。でも、実際男から言わせてもらうと女性の好みは人それぞれ違うのだから、そんなに気にする事でもないと思う。
「小さい方が好きな男性もいるから、気にしないでいいと思うよ」
僕はユウカちゃんの目を見て、そう言った。
「やさしいですね、まあそうなんですけど。この前、衣装合わせの時にリリスちゃんとそんな話をしてたんですよ。私たち『胸ない組』には嫌なイベントだよねって」
ユウカちゃんは笑いながら、そう言った。
リリスちゃん?
たしかにリリスちゃんも大きい方ではないと思った。でも背が一六〇センチくらいでスレンダーな体型だから、この衣装はとても似合うと思うけど。ユウカちゃんも決して似合ってないわけではない。だけど、リリスちゃんはディアンドルの衣装が好きではないのかと少し落ち込んだ。これでは着てる姿が見られる可能性は低いではないだろうか。ユウカちゃんは皿を下げると同時に「ご注文はありますか?」と言っていたので、ラストオーダーとして僕はジントニックを頼んだ。
「なんか長話してしまいましたね、ジントニックですね?かしこまりました。」
そう言ってユウカちゃんはキッチンへと入っていった。
 少ししてからキッチンの方で話し声が聞こえてきた。
「ちょっと足りないようですね。予備ありましたっけ?」
女性の声と低めの男性の声がする。特に気にはならなかったので、僕は来る途中で買った雑誌を読みながら頼んだジントニックを待っていた。すると、キッチンから一人の男性が出てきた。メガネをかけていて少し髪の薄い白いワイシャツに黒いズボンの中年男性。
「お客様、すみません。少し失礼しますね」
そう言うと、その人は僕の座っていたソファーの上の部分を持ち上げた。ソファーの下は箱のようになっていて、その中にはウイスキーやウオッカ、ジンなど沢山の酒類が収まっていた。
「店長、そんなところにお酒隠してたんですか?」
ユウカちゃんがキッチンから顔を出して笑っていた。しかし、この人が『ハチミツ』の店長なのか。はじめて知ったし、はじめて見た。
「お客様、この事は内緒ですよ」
と、僕に向かって笑いながら言った。思わず僕も鼻で笑ってしまった。どうやら、僕の頼んだジントニックに使うジンが足りなくて取りに来たようだった。店長は一本の青いラベルのアルコール度数四十パーセントと書かれたジンを持ってキッチンへと入っていった。
ファミレス『はちみつの瓶』はキッチンを合わせても、店内はそれほど広くはない。なので、倉庫のような所は無いのかもしれない。ソファーの下も工夫して、余すことなく使っているようだ。
僕はユウカちゃんが持ってきてくれたジントニックを飲み終えると会計を済まし店を出た。結局、リリスちゃんのディアンドル姿は見れなかった。それだけが心残りだった。イベントの期間は一週間、だけど実際のところ平日の5日間だけ。僕は仕事の都合で最初の1日だけしか行けなかった。
オクトーバーフェストが終わり何日か過ぎた頃、リリスちゃんのブログを見てみると更新がされていた。そこには、あこちゃんとライブに行った時の話が書いてあった。
二人で並んで自撮りをした写真とチケットの写真。チケットは番号が解らないようにスタンプで修正が入っていた。あこちゃんの童顔が凄く可愛らしく写っていて、リリスちゃん自らが『かわゆ』とコメントがしていた。そのライブではアルバイト先の先輩と会ったらしく、一緒に写真を撮ってもらう時に緊張して
「リボン、か、かわいいですね。頭部、頭部撮っていいですか?」
と、言ってしまったと書いてある。天然なところはリリスちゃんの本当に可愛らしいところだ。最後に
「このように言葉に失敗してしましたが…色々撮らせてもらえました。うるうる笑。失敗は成功の味の素ですね。調理しましょう。」
と書いてあった。
だけど、僕の期待は外れ『オクトーバーフェスト』や『ディアンドル』の事については書かれてはいなかった。
いつも通り、僕はコメント欄にコメントをした。
「写真、とてもかわいいです。ライブの楽しさが伝わってくる。天然なところも皆から好かれる部分だよ。」と
そして、やっぱりディアンドルの事も書いておきたかったので
「リリスちゃんはディアンドル衣装を着てないのかな?見てみたかったです。」
と、最後に書き残しておいた。そして数日が過ぎ、また『ハチミツ』のホームページでリリスちゃんのブログを見てみるとタイトル
が少し変わっていた。

『追記ディアンドル』
『ディアンドル姿をのせてほしいという人がいたので忘れないうちにのせます。』という追加記事が書いてあり、何枚かの写真が載せられていた。
おそらく、僕のコメントを見てディアンドルの衣装を着た姿の写真を載せてくれたのだろう。実際にお店の中で見ることはできなかったけど、写真だけでも見れてよかったと思う。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【小説】地下アイドルを推しています。第一章⑨

小説を書いてみた。
その第一章⑨です。

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投稿日:2019/07/20 18:08:53

文字数:3,620文字

カテゴリ:小説

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