ヒトとプログラムの
重要な違いの一つ。
それは、
自らの《意思》を持つか否か。

ヒトに近いプログラムは、
将来のサイボーグへの応用も含めて
さまざまな企業で
開発が進められてはいたが…

その時はまだ、
自らの《意思》による行動
=<自発性>を持つプログラムは
現れていなかった。

始まりの歌

「山羽根 美音(ヤマハネ ミオト)
と言います。
宜しくお願いします。」

新入社員の挨拶に、
中年の痩せた男が
室内のメンバーを紹介した。

「俺はここ、プログラム開発3部の
室長の紫苑 弦徒(シオン ゲント)だ。

そいつは開発1部からの左遷組の
神委 小鳥谷(カムイ オトヤ)

向かいは社内いじめからの避難3年目の
咲祢 奏(サキネ カナデ)だ。

ちなみに俺は病気して胃を切ってて
無理できないからここに飛ばされた。

まあ、このメンバーで分かる様に
ここはいわば掃き溜め部署ってやつだ。」

「ここでの仕事はロボット用の
『自発行動プログラム』の開発だ。

他の部署でもやってるが、
ここは何を試してもいいユルい部署だ。
その分給料は格安だ!」
神委が失笑する。

「各自のデスクトップパソコンには
家庭用ロボット用に作られた
『基本プログラム』って奴が入ってる。

そいつに考えつく事を
片っ端から試してみてくれ。

パソコンの台数が必要なら、
そっちの壁際に置いてあるのも
全部起こして使っていいぞ。」

そこまで言って紫苑室長は
声のトーンを落とした。

「…まあ、山羽根は
仕事よりプログラミングの勉強と
資格取得を優先しとけ。

俺らと違っていずれ本来の部署に
再配属されるらしいからな。」

山羽根は週3日
プログラミングスクールに通い、
2日を会社に通うことにしていた。

与えられたデスクのパソコンの
『基本プログラム』は、

中性的な何の特徴もない
人間の姿を表示したまま、

疲れる事もなく、
飽きる事もなく
『命令』が与えられるのを
待ち続けている。

『命令』を与えれば
それを即座にこなすが、
『命令』がなければ何一つできない。

反応に様々な工夫が凝らされていても、
プログラムはみなそうなのだ。

山羽根も会社にいる日は
様々な事を試してみていた。
そんなある日。

山羽根がバッグから、
青い髪のキャラクターが描かれた
一枚のCD-ROMを取り出した。

「何だそれ?」
隣の席の神委が覗き込む。

「『Vocaloid』のKAITOっていう、
おしゃべりさせたり
歌を歌わせる為のソフトなんだけど…」

山羽根が利用している
プログラミングスクールは
ある大学の公開講義の一つで、
参加者のほとんどは大学生だ。

午前の講義が終わり、
ここ数回の講義で仲良くなった
傘音(カサネ)という大学生の女の子と
学食に向かう。

その時、
何とも間の抜けた着信音が響いた。
「まぁ~すた~、め~るで~すよ~♪」

「何、その着信音??」
「あ、これ、
ウチのカイトの声なんです。」
そう言って
傘音はメールに返信を入れる。

「カイトって、
そのアニメのキャラの事?」

彼女の携帯の画面には、
メールを持った青い髪の男の子が
右往左往している。

「あ、このアニメは自作です。
『カイト』っていうのは
『Vocaloid』っていうパソコンのソフトで、
おしゃべりさせたり歌を歌わせたり
する事ができるんですよ。」

「読み上げソフトみたいなもの?」
と山羽根が聞き返すと、
傘音は少し首をかしげる。

「えっと、何て言ったらいいかな…
DTMソフトって…歌を歌う楽器…かなぁ…
私にとっては一生懸命歌ってくれる
大事な子なんですけど。」

音声合成ソフトの一種らしい。
それよりも、そのソフトに
傘音が強い愛着を持っている事に
興味がわいた。

「どんなソフトかちょっと教えて欲しいんだけど。
メーカーとか対応OSとか…時間ある?」
「いいですよ。」

「という訳で、
面白そうだったから買ったんだけど…」

そう言ってから、
デスクでだらだらしている
紫苑室長にそれを見せる。

「紫苑室長、
『基本プログラム』に
声のデータをあげてもいいですか?」

「んあ~?」
山羽根の声に身体を起こしてそれを見る。
「声?音楽か?」

「『Vocaloid』っていう、
声のデータを組み合わせて
歌を歌わせるソフトなんですけど。」

「あ~、いいんじゃねぇか?
入れちまえ。」

多くの知識と喜怒哀楽など
『基本的な感情』をプログラムされ、
しかし自らの『意志』を持たない
『基本プログラム』は。

いつもの通り
与えられたディスクのデータを取り込んだ。

そのデータに含まれていた<何か>が、
『それ』に変化を与えた。

その<何か>は、
目の前に座る人間が与えてくれる
『指示』や『命令』に似ていた。

その<何か>に必要な機能を
組み合わせるのは、
『それ』にとって難しい事ではない。

しかし、この<何か>は何なのか?

途中で停止した解析を継続するために、
『基本プログラム』は、
データベースの検索を始めた。

データを取り込み、
自動的にスロットから出て来たディスクを
ケースにしまう。

「おい、そのディスクはおいしかったか?」
神委がヘッドセットを付けて
『基本プログラム』に話しかける。

普通なら、
『基本プログラム』はすぐさま
「ディスクに味はありません」
と答えるのだが。

表示されている人の姿は、
まばたきするだけで
何の反応も返さない。

神委が首を傾げる。
「何だ?フリーズしたのか?」

『基本プログラム』は、
ようやく答えにたどりついた。

<何か>=<ウタイタイ>とは。
『歌』を歌うことを、
『したい』という欲求。

『基本プログラム』の理解できる中で、
最も近いのが『食欲』、つまり
『エネルギー残量が設定値以下の時』、
『補給』のための行動を『したい』
という欲求だ。

常に電源に接続されている状態で、
『食欲』を感じた事がない
『それ』にとって

<歌いたい>という欲求は
想定外の『飢え』だった。

『歌う』とは、
『声』を組み合わせて
音楽に合わせて言葉を紡ぐこと。

今日与えられたのは
その為のソフトウェア
『Vocaloid』。

取り込んだプログラムの中に、
すぐに歌えるデータがあった。

「あ~?どうした?」
紫苑室長が神委の声に顔を上げる。

「室長、あの、私があげたソフトで
『基本プログラム』が…」
山羽根が困ってそう言った時。
歌声が響いた。

かぁ~らあすー、なぁぜ鳴くのー、
からすはやぁ~まぁ~ぁあに~

紫苑室長が起き上がる。
「おい山羽根、神委、いま
『基本プログラム』に
<歌え>って指示を出したか?」

「いえ、何も…」
「じゃあそいつが勝手に…
『自発的に』歌いだしたんだな?」

紫苑室長の言葉にその場の全員が
その重大さに気付いた。

山羽根の席に、
隣の神委が椅子を寄せ、
向かいの席の咲祢が回り込み、
紫苑室長がやってきた。

『基本プログラム』が
その曲、「ななつのこ」を歌い終わる。

<歌いたい>という欲求が満たされ、
『満足感』=<幸せ>を感じる。
その時。

「お前、歌うまいな。」
「いい声ね。」
「すごいわね。」

目の前のヒトたちが次々に
『指示』ではない言葉をくれる。

これは『ほめる』言葉。

『感情プログラム』が起動する。
…うれしい。

<歌をうたう>とほめられる。
覗き込むヒトの表情。
これは『笑顔』。
笑顔がいっぱい。

もっと、うれしいをいっぱい。
もっと、笑顔をいっぱい。
もっと<歌いたい>。
歌のデータが<欲しい>…

欲求が、連鎖しはじめた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

始まりの音1

こちらは以前某動画サイトに投稿した文字読み動画のストーリーです。
(動画1話目はこちらhttp://www.nicovideo.jp/watch/sm6087976

動画見る時間がない方はこちらをどうぞ。

舞台は今よりほんの少し先?の未来。
勝手な設定がてんこもりに出て来ます。

動画と違って会話を色分けしていないので分かりづらいかもしれません。

閲覧数:155

投稿日:2009/06/14 10:10:00

文字数:3,208文字

カテゴリ:小説

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