さて。皆々様方に置かれましては、わたくしが何ゆえただ今になって、自身の心情を刻々と語る決心を抱いたか、不思議と思われる方も御座いましょう。何しろ、貴方が一度でも近日の新聞でも御読覧頂いて居れば、わたくしの罪状の如何に完全潔白なるか、事実無根なるかは瞭然のもので御座いましょうから。
然るに、わたくしの告白に不思議を抱かれた皆様は正に、わたくしの罪状の可否を問う皆様ではなく、何ゆえ完全無欠に無実たるわたくしが投獄の憂き目に至ったかを疑う、直感鋭き皆様で居られると確信しております。このようにして皆々様に、やはりわたくしの疑い無きことを明々白々と知らしめることを望んでのことなので御座います。

わたくし自身がそもそもどのような者であったか。そのような事は、皆様の直感鋭き御想像にお任せすれば、過不足無くご理解頂けるものと存じます。
わたくしは、嫁ぐ他所様を選べる程度には羽振り良い暮し向きの家の一人娘でありまして、尤も、わたくし自身は嫁に往くことなどまだまだ瓶越しに透かし見る海洋の如く、曖昧と捉えていた年頃なのでありましたが。
また、父上などが眉を顰める程度には侠(きゃん)に過ぎる娘でありましたようで、何しろ14の年を迎えた朝方に、柳の如く腰まで垂れ下がっていた髪束を肩口まで切り揃え、白いハンケチで括り上げるようにして、何食わぬ顔で食膳に座って見せた時などは、母上が一叫を飲み込んで昏倒なさった程でありました。

かようにはしたなき、年頃にも満たぬ少女のかしましさをご想像頂けた皆様に居られましては、やはりわたくしが、ようやっと物憂いを覚え始めたばかりの処女でもありましたことをも仔細にご理解頂けるかと存じます。
事実、食卓を辞し、束の間父母と別れ、召使の煩わしからも放たれた自室に置きましては、室外で殊更にはしたなき振る舞いを見せるわたくしも、物恥らう処女のそれとなりました。
侠な娘に一抹の嗜みでも芽生えればと、父上の買い付けた舶来の大きな大きな姿見は、わたくしの身体に日々現れる、一房の柳の葉を敷き重ねていくような変化を詳らかに映し込むようでありまして、一人でなければ耐え切れないであろう処女の羞恥に、何度吐息を零したか知れません。
この時に慎ましやかな恋情でも抱いていれば、或いはわたくしもあのようなおそろしい憂き目に遭わず済んだのやも知れませんが、何ぶんにもわたくしと来たら、館の外はおそろしいものだという教えを頭から信じていたもので、煩悶を分かつべき友人の一人も居らず、何とは無しに姿身の前に腰掛けて、嘆息で己が写し見を曇らせるばかりでありました。

そのような日々を、(幾月ばかりか判然と致しませんが)、募らせたある晩のことで御座います。丁度、いつでも肩口まで切り揃えるようにしていたわたくしの髪色の如き、煙るような金色の三日月が、鮮やかに焦げた夜空を穿っておりました。
不図気付きますと、いつもの姿見の中のわたくしが、ほう、と燐光を纏ったが如くに輪郭を淡く滲ませて居るのに気が及びました。さてはと我が眼の縁をなぞろうとも、拭うべき涙粒は見当たらず、いよいよわたくしはおそろしくなって、凝然と滲む写し身に見入った時で御座います。
実の夜空に浮かぶそれを寸分過たずに映し込んだ三日月の如く、姿見の中のわたくしがにぃ、と口蓋を断ち割り笑んだのでありました。
わたくしは細く息を吐いたようで御座います。しかし、あまりの惑乱に身動きも出来ずにいると、その内に壮絶に笑んだ写し見が、いえ、それは最早わたくしの写し見では無く、わたくしではないもう一人の誰彼であるかのように、思う様動き回るのでありました。
彼は己が掌を開け閉めたり、きょときょとと頤を回したり、(ただ、それらの行いは飽くまで鏡外の私に従い、椅子上に縫い止められてのことでしたが)、やがて、己が身の自由なことを確認するや、わたくしの方に向けてけだものの如き哄笑を浴びせたので御座いました。
すっかり竦み上がったわたくしを尻目に、彼は姿見の縁取りに引っ掛けてあった裁髪用の鉄鋏を引っ掴むと、おもむろに己が頭髪を切り刻み始めたのでした。
吼え笑いながら、盲のようにざんばらと鋏を打ち合わす様は、この世のものとも覚えぬ程ものすごく、最早わたくしは事態にまったく観念して、気狂いのような鏡越しの彼の行いを呆然と眺めるばかりでありました。
やがて一時の狂騒が嵐の如く過ぎ去ると、彼はすっかり少年のようなざんばら髪となり、後は吹雪のように其処彼処に舞い散った、金糸の如き頭髪の端切れが残るばかりなので御座いました。
わたくし達はその後暫し、無表情に互いを見詰めておりましたが、やがて彼は再び三日月の笑みを割り浮かべ、散々に頭髪のまろびついた鉄鋏を、鏡面の先に座るわたくしに向けて伸ばし始めたのでした。

そこで漸く、わたくしは彼の思惑に思い至ったので御座いました。彼は、鏡面の先のわたくしと取り換わろうとしているのです。わたくしと良く似た、しかし全く異なる身形を拵えて、わたくしをどうにかしてしまった後に、鏡を抜け出し、わたくしとして実像を得るつもりなのです。
そこまで思い至ったわたくしは、もう身も世もなく金切り声を上げ、彼と同じように鉄鋏を引っ掴むと、鏡の中の彼に向けて振り上げ、そこにはやはり、椅子の縛りから解き放たれた彼が、ものすごい表情を浮かべてわたくしに鋏を振り上げているのであり―――

如何で御座いましたでしょうか。確たるわたくしの覚えは此方迄なので御座いますが、皆々様方にも、まことおそろしき目を被ったのが、他でもないわたくしであることに御納得を頂けたものと確信しております。わたくしの部屋に、亡骸が転がっているのだとすれば、それこそが先んじてわたくしを侵さんとした悪鬼羅刹の類なので御座います。
尚も虚言だとお疑いならば、どうか彼の顔(かんばせ)と御髪とを、とっくりとご検分下さいませ。わたくしと似通いつつも、三日月の如き笑みを纏ったものすごい形相と、すっかり切り散らした金色の乱髪の斯く在るを、どうかどうか、仔細余さずご検分下さいませ。
然るに、わたくしの無実無根をご照覧の上、はやくはやく、わたくしを父母の下へと還り参らせて下さいませ。わたくしは、このような鉄格子の内に囚われる故など、誓って一切覚えがないので御座います。このような獄で咎人の如くに拘束される筋合いなど持ち合せていないので御座います。
ですから、どうか、わたくしを帰して下さい。どうか・・・どうか・・・。帰して・・・返して・・・。

『以上、少女の鏡音邸に置ける事の顛末を語りし件。以下、当時記録。
此の程○月×日深夜、鏡音邸主人海斗子爵の通報在りや、我が一人娘の錯乱せる。然るに初音警部補以下警官幾余名、急遽鏡音邸に馳せ参じたるに、目にせし事態の奇怪さに悉く息を呑み、身を固むるを已む無くとす。警部補の事程次第を語るに、予てより、愛くるしき事花の如したる風評の鏡音令嬢、己が部屋の中心に侘立して、野獣の哄笑を上げたる様、まことおそろしく気触れの如し。令嬢、あたかも口蓋の断ち割れたと見紛う笑みを浮かべ、その端の割砕せし姿見の千々に別たれた細片、悉くその様を映し込む様は、見る者の心胆凍らせしめる事態也。復、令嬢、その金糸の合さりたるが如き御髪を自ずから鉄鋏で断裁せり。其処彼処に散らばりし断髪の、令嬢がものすごき哄笑に呼応して舞い散る様は、黄金の輝きを塗して華々しくも、却っておそろしきなり。
後、警部補らによって身柄を拘束せらるる令嬢、精神の惑乱せしに相違無しとの見立ての故、当院に入舎せり。己は無実也、とく我が家へ還らせ給えとしきりに訴えしあるも、未だ事の次第を見失いつある由、不要の自傷を予防する為、手足を繋ぎて監舎に入らせて看視す。然れども、令嬢、未だ己は無実也、いま一人の己が諸々の禍根也と訴えて、正気に戻るを得ず―――』


















ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

鏡を割った女の子の話。

時折、似非古文体で何でもいいから書きたくなる。
似非なので文法とか概ね無視。
広い意味の造語ということで。
とりあえず保存しておく。

閲覧数:304

投稿日:2010/02/26 21:44:28

文字数:3,261文字

カテゴリ:小説

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