「にゃあ」
それが私の第一声。生まれて初めて紡いだ言葉。
私は生まれつき喋ることが出来なかった。文字は読める。音は聞こえる。誰かの話す言葉を聞いて、その意味を理解することも出来る。
ただ、喋ることだけが出来なかった。言葉を紡ごうとしても、それらはまるで口端から上る前に空気に触れ、ただの音節へと裁断されてしまうようで。
結局、意味のあるフレーズなんて。生まれて一度も紡げたことなんてなかった。
理由はわからない。多分、そんなものはないのだと思う。
無言症、発語障害。私はそんな少女として周囲に受け止められ、そして受け容れられることもなかった。
仕方ない、と思う。
言葉とは会話を組み立てる部品で、会話無しに人は人と交流することは出来なくて。
それでも、何も声を使わなくても、人は文字で、身振りで、視線で、或いは何かのサインで言葉を伝えることも出来るのだけれど。
私はそのどれを行うのも億劫だった。どれもやってみたことはないけれど。どうせ、私には届かない行為だという確信があった。
だから私はいつも一人。でも、そんな私にも友人は居た。
『にゃあ』
蹲る私に擦り寄る、滑らかな熱量。
彼は私に何も言わない。ただ一声、フレーズとさえ呼べない一声だけで、いつも私の傍に居てくれる。一人ぼっちの私の傍に、会話もせずに居てくれる。
人と人の交流には言葉が必要だけど。私と彼とは言葉も無しに接触する。
ほんの少し。声も上げずに私は泣く。
お前はどうして私と居るの。
彼はやっぱり一声上げる。
放って置いて。私は一人で居るべきなの。
彼はやっぱり一声上げて、小さな額を私の長い髪に埋める。
会話も無しに誰かと居られるなんて、間違ったことなの。
彼はやっぱり一声上げて、固い鍵尻尾をぱたんと打つ。
私は誰とも話せない。そんな私がお友達を持ってもいいの?
彼はやっぱり一声上げて、私の鼻先を舐め上げる。
私は、私を認めていいの?
彼は無言で、ただ私の傍に居た。
ほんの少し。声も上げずに私は笑う。
終わりは唐突に。
ある日、彼は声も上げずに私の膝の上に丸まった。
些細な温もりと、些細な涙と、些細な微笑みと、些細なさよなら。
彼は、声も上げずに。
声も上げずに私は泣く。慟哭未満、悲痛以下。誰にも届かない悲しみは悲しみですらなく。
彼は、声も上げずに。
一片の言葉も。未練も不満も痛みも後悔も期待も安らぎも絶望も希望さえ。
何一つ零さずに、受け容れた。
私は彼を膝に抱いたまま、涙を堪える。本当は喚き散らしたい何もかも、吐き出したりせず、大事大事に胸に飲み込む。
何も語らなかった彼だけど。何も語らなかった彼だから。教えてくれたものはたった一つ。
敵わなければ逃げなければいい。届かなければ戦わなくてもいい。
ただ、そこにあることを否定しないことだけ。どんな弱虫にも許された強さなのだ。
それじゃあ、また。
私は声も上げずに立ち上がる。彼のカタチは此処に残して、その終わりだけを受け容れて持っていこう。
きっと何も、私は変わらない。けれど、私は変わらない私のままで、もう何かを否定して逃げることだけはしないと思う。何に挑むこともなくても、文字も、身振りも、視線も、或いは何かのサインも、最初から届かないことを知っていても。それらを受け容れることだけは忘れないだろう。
最後に。
声も上げず、誰に知られようともせず、ただ私の傍に居て、終わりさえ受け容れて去った彼の尊さに。
言葉も無いまでの敬意を篭めて。
「にゃあ」
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