自分は、割と何にも興味がない。
 
 美味しいもの食べられて、気持ちよく布団で寝られて、たまに友人とからかい合えれば人生それだけでいいかな。みたいな。



 お前は16年近くも生きてて、何にも変わらないな。友人に鼻で笑われてしまった。

 ――そうだな。お前もあんま変わらないけど。


 もっと周りよく見てみろよ。意外と馬鹿が多くて面白いぞ。友人に促されてしまった。

 ――別に。お前がいればいいかな。色々気にかけてくれるし。いじめてくるけど。

 
 何言ってんだアホ。つーかホモかよ、気色わりぃ。友人にそう罵られてしまった。

 ――うるさい鬼畜野郎。



 そういやお前、あれだな。

 ――何? 

 珍しいな。人の名前覚えるの苦手なくせにさ。

 ――何の話だよ。





 花野井さん、覚えられたんだな。













【クオミク】浅葱色に出会う春 4【オリジナル長編】












「あまり遅くならないようにね?」

「はぁい」


 ソファーで女王様のごとく深く腰をかけ、割かし細い足を組んでいるお母さんがゆったりと手を振る。先日ようやく片付けが終わりご満悦の様子だ。家事は何とかやっているがまだそれ以上のことに費やすパワーは戻っていないようで、ゴールデンウィークに入った今もマイペースに過ごしていらっしゃる。

 お父さんも転勤したばっかりで、この連休は休みがとれなかったようだ。申し訳無さそうにしていたが、私にとってはこの町そのものがまだまだ観光地のような認識なのだ。友達と街を歩くだけでも新鮮な気分に浸れるので何ら問題は無い。


「行ってきまーす」

「行ってらっしゃぁい」




 ということで。バスから降りた私は、休日を思い思いに楽しんでいる人々が行き交う、中心街のど真ん中に立っている。


 昨日は友達に郊外のショッピングセンターを案内してもらったのだが、今日は思い切って1人で街の方を回ってみることにした。迷子になる恐れも十分にあるのだが、それも散歩の楽しみだと自分(と、人の事言えないくせに心配してきたお母さん)に言い聞かせて。


 昨日はゲームセンターで遊んだりご飯食べるのがメインだったからなぁ。普段全くゲームをしないので楽しめるか不安だったが、予想以上にリズムゲームが楽しかったのが、思い出して1番にやけてしまうポイントだった。ちょっとはまってしまいそう。プリクラなんかも久々に撮る事ができて、ゴールデンウィーク初日から休みを満喫した。

 今日は服をメインにウィンドウショッピングを楽しむのが目的。友達とわいわい話しながら歩くのも好きだけど、自分1人でゆっくり考えながら見ていくのも乙なものだ。
 ちょっと早いが夏にも向けて、スカートやワンピースなんてどうだろう。そう思いながら辺りを見渡そうとして、偶然にも目の前の店先に立っているマネキンが好みの服を身に纏っているのに気が付く。一瞬で目が奪われる。

 あのスカート、色違いはないかな。白っぽいのとか。そうすれば、この前買ったセーラー服風のトップスなんか合いそうだ。
 さっそく頭の中で自分を着せ替え人形に妄想しながら、入り口付近にいた小柄で可愛い店員さんに声をかけた。












 その後も何件か服や雑貨屋を見て回りながら歩いていると、ふと甘い香りが鼻をくすぐった。気付いたら辺りに立ち並ぶ店は、スイーツ店ばかりになっている。そういう通りになっているのかな。お昼が近いこともあって、女の子達の行列が出来ている店も多くあった。


 ついさっきまで買い物に夢中になっていて、すっかりお腹の中が空っぽなことに気が付かなかった。今にもぐるぐる鳴りそう。休日だし、思い切ってクレープとかで一杯に満たしちゃってもいいかなあ。いいよね? むしろそうしましょう!

 自問した結果は肯定、むしろ推奨。ゆっくり座れるところなんかあるかともう少し店を探していると、軽食もとれそうなカフェを見つけた。外からちらっと覗くと、中はそこそこ人が入っているが待っている人はいない。長居しなければ迷惑ではなさそうだ。

 更に、入り口先にあるプレートに手書きの可愛い文字で「オススメのメニュー……蜂蜜パンケーキと紅茶のランチセット」と、隣に意外とお高くない数字が並んでいればもう店内に吸い込まれないわけにはいかない。ふわふわのパンケーキの触感を舌先で想像しながらドアノブに手をかける。



「――そこの可愛い子! ちょっといい!?」



 そのまま手首を捻ろうとしたところで、急に肩をつかまれた。軽く後ろに体が持っていかれる。私の楽しい美味しいお昼ご飯(ただしスイーツ)を邪魔するなんて……と内心文句を零しながら振り返る。もしかしてさっきの大きい声は私に向けて?

「うん、君だよ! ……うっわ、超可愛い」

「あっ、いや、どなたですか?」

 小声で何か言ったようだが流させてもらう。肩から大きな手が離れた。私を突然呼び止めたのは、見ず知らずの若い男性だった。

 かっこよくセットしてある真紅の髪とスーツをオシャレに着崩している格好から、仕事中なのか遊んでいるのかいまいち予想がつかない。もう少し盛ればホストにも見えるだろう。一瞬『チャラい』という単語が物凄いスピードで頭の端から端を疾走していったが、顔立ちはとても綺麗でモデルだと言われたら即納得するレベルだ。


 それにしてもやけに自身ありげな表情や、入り口前は邪魔になってしまうと私の腰あたりを優しく押して誘導するあたり、怖い人ではなさそうだが怪しい人っぽい。彼はニコニコしながら私の頭から足の先まで視線を滑らせた。

「見たところ高校生だね。高1かな?」

「そうですが……あの、何か御用ですか?」

 前言撤回、やっぱり怖い。何で私服なのに年齢当てられちゃうの。背筋を走る悪寒を感じながら、急にキレ出して難癖つけてくる怖いお兄さんではないこと、悪質なナンパでもないことを祈って愛想は崩さず聞いてみる。

「そうそう、急にびっくりしちゃったよね?」大袈裟に肩を竦ませて、彼はジャケットの内ポケットからカードケースのような物を取り出した。シンプルな名刺入れだ。すっと差し出された名刺にはとある企業の名前と、添えられた彼の名前が。
 書かれてあった企業は有名な芸能事務所だった。誰でも知っている、人気の俳優からアイドルまで輩出している所でさすがに目を疑う。今まで明らかに嘘くさいスカウトなら何度か受けた事はあったが、こんな大手の人は初めてで急に別の意味で緊張してきた。

 私の体が強張ったのが伝わったか「そんな怖がらないで?」と宥められる。女の人を落とそうとしているような甘い声だった。

「私、こういうのは興味ないので」

「ちょっと軽く話聞くだけでもさ! そこのカフェ入ろうとしてたんでしょ? 俺が奢ってあげるから」

「いや……本当に結構です。遠慮します」

「ややっ。遠くから見てもこうして見つけられたぐらい、君可愛いからさ。モデルがいいかな? 歌が好きならアイドルとか。女優も似合いそうな顔だなー」

 結局どれだ。どんな顔してると言いたいのだ。いっそのこと腕掴んで無理やり引っ張ってくれたりしたら、こっちも振りほどいて逃げられるのだけど、あくまでも優しい言葉でしっかり押してくるので上手く逃げることができない。そこだけは慣れている、プロだなと感じる。

「さ、中入って。ゆっくりお茶しながらゆーっくり君と話したいな」

「ほんとに、もっと可愛い子いると思うので」

「そういう謙虚な子嫌いじゃないよ、俺」

「あ、ほら。あそこにいる子たち可愛いですよ!」

「んーん、俺は君の方が好きだよ? 必死になられるとこっちも必死になっちゃうなー」

 私が懸命に指差した方向を見向きもせず、彼はにっ、と口端を僅かに吊り上げて笑う。何をさらっと女子高生に向かって「好き」なんて放っているのか。そもそもスカウトとは、1人の人間の好みに基づいて決行してもいいのだろうか。手口がナンパと同じにしか思えない。


 そろそろ本気で断らなきゃ。かなりお腹空いてるし。もごもごと言葉を濁らせながら上手い言い逃れを考えていると、ついに彼が再度私の肩に触れてきた。後ろから回りこまれ両肩をそっと掴まれて、もう1度カフェの中へと誘われる。「ね?」と若干妖しげに微笑まれれば、一応私も健康的な女子なのでドキッとしなくもない。――駄目だ駄目だ、これじゃ思う壺だ。

 いつの間にか見入っていた髪色と同じ妖美な深い赤色の瞳を視界から外して、骨ばったその手を外そうと自分の手をかけながら声を張った。



 カランカランッ――――


「迷惑ですから、やめてください!」


 後ろの扉が涼しげな鈴の音を鳴らしながら開いたのは、私が叫んだのとほとんど同時だった。はっと、男性と一緒に振り向く。聞こえちゃってたかな、迷惑だったかな。


 
 そこにいたのは、とても意外な―――いや。あまり偶然だとは思えない人が、くっと首を傾げながら出てきた。



「何をやめんの?」

「え……あ、何で」



 一瞬だけ開いた扉の奥からかたった今店を出てきた彼からか、蜂蜜の甘い香りがふんわりと漂う。あまりに突然の登場に混乱する私は、可愛い私服だな、休日でもいつもとブレないんだなとかどうでもいいことしか思い浮かばなかったし、それを言葉にすることも出来なかった。

 カチッと固まった私を見て、男性はどこか嬉しそうな声を出した。微塵も焦ってなどいなかった。


君のお友達? 彼氏くんかな?」

「クラスメイト。……貴方は昼間から何してるんですか、ニヤニヤしながら女子高生の肩なんか掴んで」

 一切怒りは感じられない、普段と何ら変わり無い声量と声のトーン。だけど、いつもよりもしっかりと言葉を紡ぐ彼の姿は、私が初めて見る彼の姿だ。こんなに1度に長く喋れたんだ。
 男性は大人の余裕を見せ付けるように笑う。

「そんな人を変態みたいに言わないでよ。この子あんまりにも可愛いから、ほら、スカウトをね」

「迷惑そうにしてるじゃないですか」

「んー。ていうか、君も綺麗な顔してるね。そうだ、いい事考えた! 2人で一緒に」

「ふざけてるのか」

 食い気味に彼が声を荒げる。敬語が無くなった。これも知らない。こんな顔するんだ。こんな声出すんだ。
 そして一歩足を前に出したかと思うと、私の肩をまだ掴んでいた男性の手を躊躇無くはたいた。

「すみませんが帰ってください。人呼びますよ」

「……おぉ、怖い怖い。そうだな、今日は諦めるか。ごめんね、しつこく誘っちゃって?」

「――あぁ、いえ……こちら、こそ」

 顔を覗き込まれ、声をかけられたことでようやく我に返った。何秒か、何分かぶりに合った赤い瞳は少しもひるんでいなくて。とても愉快そうに爛々と輝いていた。
 
 今度気が向いたら事務所に来てよ。何なら、2度と来んな、って文句言いにでも顔見せにおいで! 最後まで自分のペースを崩さないまま、彼はあっさりと私達に背を向けて人混みの中へ紛れていってしまった。


「何だあいつ。――花野井、大丈夫か?」


 疑問系の言葉に振り返って、静かに頷く。また首を傾げている彼。終わったんだなと実感すると、びくりと肩が震えて深い溜息が漏れた。青緑の瞳が不安げに揺れる。

「怖かったか」

「ううん、大丈夫。でも、未玖緒くん来てくれてなかったら捕まっちゃってたかも」

「そうか。良かった」

 ふ、とほんの少し目を細め口元を緩める彼――――未玖緒くん。あぁ、笑った。未玖緒くんが笑った。また肩が跳ねる。すると彼はきゅっと口を締めて更に目を細くした。心配、されてる?


「震えてる。……もし腹空いてるなら中入んないか」

「え、でも、未玖緒くん今出てきたばっかりじゃ」

「少し休んだほうがいい。さすがに、こんな花野井置いていけない」



 違う。怖いからじゃない。さっきの人が怖かったから、震えてるんじゃない。


 未玖緒くんが、強い口調であの人に向かっていったから。手を叩くなんてしたから。

 未玖緒くんが、不意に笑ったりするから。ふにゃって微笑んだりするから。

 未玖緒くんが、心配そうに私を見てきたりするから。切なげな声なんて上げるから。


 貴方が、私が想像できなかった顔をするから。予想外の表情を見せるから。


 新しい貴方を見つけて、ドキドキしているんだ。新しいオモチャを見つけた子供のように興奮しているんだ。私だけが見つけたかと思うと、嬉しくて震えが止まらないんだ。



 当然、彼にそんなことが言えるはずもなく。
 


「――じゃあ、少し休んでいこうかな。パンケーキ食べたいし」


「そうした方がいい。パンケーキ、美味しかった」



 私は、せめて自分でも理解のできない“自分”が彼にバレない様に、とこっそり内に隠し、彼についていくことしか出来なかった。

 

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【クオミク】浅葱色に出会う春 4【オリジナル長編】

 こんばんは、つゆしぐれです!

 ミクさんに変態疑惑がかかりそうですが……違います。多分。
 でもまぁ、人の意外な一面を見たときってわくわくしちゃいますよね。

 あと今回の見所は、変態くさいお兄さんですね。変態が増えてきてちょっと不安です(^-^)

 少しずつ変化していく皆を見守りながら、読んでいってくださると嬉しいです!

閲覧数:79

投稿日:2014/09/28 23:26:09

文字数:5,372文字

カテゴリ:小説

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