家に帰るなり、リンは自室のベッドに倒れこんだ。
「リン、晩御飯とってあるわよ」
　ドアをノックして、姉のメイコが言った。
「…お腹、すいてない？　食べてきた？」
「…食べる」
　起き上がり、部屋を出た。
「あんたは色気より食い気だもんね、ご飯は三合残してあるわよ」
「そんなに食べないもん」
　二人は笑いながら言い合って、リビングまで歩いてきた。メイコはキッチンに移動して、リンはテーブルの横のいすに座った。
「はいはい、ほら、今日はカレーだったのよ。今、あたためなおすから、まってて」
「うん」
　テレビをつけると、学校の女子たちの間で話題の恋愛ドラマのラストシーンの真っ最中だった。ありがちな話の、ありがちな展開の、ありがちなラストシーンはドラマだけなのだと、思い知った気がした。あれがドラマやアニメなら、まず間違いなく
「好きな人はいますか」
　と、聞かれたら、
「いるよ」
　と、答えて、それがその相手だった――とか、そんなありえない答えになるに決まっているのに、今日はそんな展開じゃなかった。もっと、別に好きな人がいるんだと、そう無理やりに見せ付けるような言い方だった…。
「出来たわよ、リン。さっさと食べて。お皿洗っちゃいたいんだから」
「わかってるよ、せかさないで！」
　言いながらカレーライスを食べるリンのスピードは、せかされていてもそうでなくても、大して変わらず人間離れしているように見えた。少なくとも、失恋したその日にこのスピードでカレーライスを平らげる中学二年生はそういないだろう。スピードもさることながら、その量もすさまじい。三号といえば普通のご飯を六杯ほどであるが、それをペロッと平らげてしまうのだから、驚く。
「おかわり！」
「もうないわ」
「もう、それくらい用意しておいてよ！」
「三合はあったのよ。そんなに食べないってあんたも言ってたじゃない」
「女の子は複雑なんだもん、そんなこともわかんないなんて、もう歳じゃない？」
「わかったわよ、仕方ないわね。…みかんゼリー、冷蔵庫に入ってるわよ」
「わぁ、お姉さま、だぁいすきっ」
　わざとらしく言ったリンをあきれたように見て、メイコはリンが食べ終わった食器を片付け始めた。そんなメイコなどお構いなしに、リンは冷蔵庫に飛びつくと、うれしそうにみかんゼリーを出してきて、今度はゆっくりと食べ始めた。
「あんたねぇ、そういうものだけ味わうんじゃなくて、人が一生懸命作ってあげた料理も味わいなさいよ」
「いいんだもん。料理はたくさんあるけど、みかんゼリーはちょっとしかないんだもん」
「明日からご飯作ってあげないわよ」
「やーん、ごめんなさい、優しいやさしいお姉さま！」
「わかればいいのよ。食べ終わったらさっさと着替えなさいよ？」
「あ、はぁい」
　
　着替えを終えると、リンはポケットに入れてあったレンにもらった写真に気がついた。
「これ…。どうしてこの花なんだろ」
　何か、ものすごいメッセージでも…、あるわけないか。自分の中で勝手に完結してしまってから、勝手に落ち込んでいる。
「今度、花屋に行ったとき、聞いてみよう…」
　と、つぶやいた。

　夕食の買い物をしに出たレンが、八時半を過ぎてから家に帰ると、ルカが思い切りこちらをにらみつけていた。
「…すみません」
「いいご身分ですね。家で姉を一人で待たせて、自分は夜遊びですか」
「違いますよ。いろいろあったんです」
「別にそのいろいろが何なのかは聞きませんけど、どうやってこの『オトシマエ』をつけてくれるんですか？」
「落とし前…って、わかりましたよ、明日はマグロ尽くしにしましょう、夕飯」
「まあ、許してあげます」
　とか何とか言っていたはずなのに、夜十時を回り、お酒を飲み始めたあたりからお説教が始まっていたのは、何故だろうか…。