「で、どうすればいいんだ。というか、これからどこに行くんだ」
夜空の闇の中を滑空しながら、俺は自らの手を乱暴にひっつかんで飛んでいる少女に尋ねた。これでもきっと、彼女が手を離したら超能力者でもなんでもないただの凡人の俺は落っこちるだろうからとシートベルト代わりにでも握ってくれているのだろうが、現在俺の片手は絶好調で悲鳴を上げていた。まっすぐに伸ばした俺の手をわしづかむ形で握っているのだから仕方ないといえば仕方ないが彼女の握力はどうなってるんだイタイイタイ!!
で、俺はその痛みに必死に耐えながらさっきの質問を口にしたのである。
彼女はこっちを一度振り向き、むーん、と眉間に皺をよせながら「私説明すんの苦手なのよねー」、というとまたそっぽを向いてしまった。むーん、と言いたいのはこっちだ、畜生。
「まあ、簡単に言えば討ち入りね」
程なくしてミクからそんな言葉が降ってきた。
しばらく無言だった物だから急に言われた言葉に思わず、ああ、それね、討ち入り・・・。とあっさり受け止めたのちに吹きだした。
討ち入りといえばアレである。あの敵の占拠に武器とか色々もって「天誅じゃあああ」とか言って突っ込んでいくアレである。何をあっさり受け止めているんだと自分に突っ込みつつミクの方にがばっ、と顔を向けた。当のミクはといえば何食わぬ顔でキョトンとしており、右隣にいるミクに対して左隣にいるルカさんは申し訳なさそうに頭を抱えていた。
「オイ、討ち入りってなんだオイ!」
「え、討ち入りも知らないのー?アンタ馬鹿ねー」
「いやそうじゃなくてだなァ!」
ルカさんが溜息をついた。この子はこういう子なんですという目で相変わらず申し訳なさそうにしている。
「討ち入りって・・・、俺ら武器もなんも持ってないだろ!第一どこに討ち入り・・・、って突っ込むつもりだよ!」
「・・・病院です。ホラ、あそこの大きい・・・」
ルカさんが控えめに口を開き、眼下の町のある場所を指した。三人で空中停止し(ミクとルカさんが両脇から抱えてくれて、なんとか止まることができた。)、空からルカさんが指した方を見やる。
都会のネオンが光る中、地味な明かりを灯している大きめの白いビル。赤十字のマークがその中で妙に目立って付いていたので、すぐにルカさんの言った病院だろうと理解できた。
「・・・病院?」
少しばかり、背にイヤな汗がつたった。
「・・・おい、それはないだろ、なんで病院なんだよ。そりゃお前らはトンデモ人間だから武器なしでも突っ込めるだろうよ。でもさ、病院だぜ?人が沢山・・・」
唾を飲み込む。あれ、俺はこんなにビビリだったろうか。イヤ、この反応は通常のはずだ。だって、病院に突っ込むんだ。ただでさえケガ人や重い病気の人が多いだろうに。そんななかにつっこんで一暴れなんて、いくらレンを助けるためとはいえきつすぎる。
混乱した脳を落ち着かせようとするたびに逆に焦ってくる。ああ、駄目だ。落ち着け、落ち着け・・・。
「大丈夫です」
俺が緊張というか焦っているのを感じたのか、ルカさんが極めて穏やかに話しかけてきた。俺の肩に優しく手を置く。その行動さえ今の脳がよくわからない事になっている俺には恐ろしく、思わず体をビクリと震わせてしまった。
ゆっくりと後ろを振り返る。ルカさんは大人らしい柔らかな微笑みで俺に笑いかけていた。
その笑みに思わず、緊張が少しばかりほぐれた。
「今あの中は、時間が止まっています。・・・グミの“アレ”のせいで」
フト、ルカさんの眉間に皺がよった。目つきが鋭くなり、思わず体が震えた。きっと恐怖のせいだろう。
「時間が止まってる・・・?」
「ええ、あの中だけ、全ての時間がとまり、医者も看護師ももちろん患者も、完全に停止した状態でしょう」
「どうゆうことだ、全くわからんぞ」
「だから討ち入りしてみれば全部わかるわよ。聞くより見たほうが早いって言うでしょう?」
ミクが口を挟んできた。俺の顔を覗き込む体勢になり、にやりとイヤな笑みを浮かべる。
「行こう。行けば全部解決だ!」
そう言って片手をグーにして振り回す。ルカさんがまた溜息をつくのが聞こえた。
「イヤ待て、どういうことだ。時間が止まってるからなんだって言うんだ」
「時間が止まっているということは、今ここにいる私達から置き去りにされているわけです。それつまり、時間が止まったのが解除された途端、壁に穴が開いていた、なんておかしいわけであります。そこらへんは私達におまかせを。私達の能力で過去と未来が矛盾せぬようにする力もありますゆえ」
「そんなんできるの!?」
「ええ」
ルカさんは何事もなさげにサラッと言ってのけた。・・・それ、とんでもなくスゴイコトじゃないか・・・?
「でもすごいねェ、ルカ姉。」ミクが口を挟む。「アタシ建物の中の様子なんて全然わかんないや」
振り回した拳を掲げたまま、ミクはポカンとした顔でルカを見た。本当に表情豊かなヤツだと思う。ルカさんは大人らしい素敵な笑顔を浮かべ、「あなたにもすぐできるようになるわよ」と言った。すぐできるようになるって、お前ら怖すぎるわ、もう、色々。
「よーし、じゃあ、討ち入りする?しない?レン君のためだよ?」
俺はあの後少しばかり脳を整理する時間をもらった。レンを助けるためにはあの病院に行かなければならないこと、あの病院はグミとやらの“アレ”とやらで時間が止まっていること。別に時間が止まった中暴れても、なんとか直すことが出来ること。そして・・・。
―――――やはりレンは今ヤバイ状況にいること。
やはりまだよくわからない。気が付いたらこんなトンデモ人間に挟まれて空飛んでるし。こんな非日常に巻き込まれたのは誰のせいだ。
レンのー!正解!
そう考えたら自分でも恐ろしい程レンを叱ってやりたくなった。アイツは無事だろうか。そうだ、それを確かめるためにも俺達はあそこに行かなければならないのだ。無事なら叱ってやろう。色々沢山、言いたいコトがあるのだ。
・・・。
「・・・カイトさん?」
「・・・行こう」
ルカさんの打ち出した疑問符に、俺はなんの躊躇いもなくそう答えた。
ルカさんとミクが笑うのがわかる。
「・・・じゃあ決まりだね!」
「・・・ああ!」
強い握力で握られた手をまた自分も強く握り返し、ふっ、と深呼吸をした。
こんなトンデモ世界、夢じゃないなら仕方ない。
気が済むまで付き合ってやる。
レン、てめェのせいだからな。貸しは作ったぞ。
俺はそっと目を閉じ、開いた。都会の夜景がこれでもかと広がっている。
その光を睨みつけ、俺は夜空に叫んだ。
その声はすぐに空に吸い込まれていった。俺は満足して首を縦に振り、二人の顔を交互に見る。二人は唖然とした顔をしていたが、すぐにソレは力強い笑みに変わっていった。
「行くぞ!」
「おおお!」
三人分の叫び声もまた、ゆっくりと響き、吸い込まれるように消えた。
--続く--
鬼さん此方、手の鳴る方へ。 -壱拾参-
久しぶりの続きです。3人は病院に突っ込む気満々です。誰かどうにかしてやってください。
そろそろ大乱闘になります。ただでさえ文才ない私が戦闘シーンを文で上手く描けるかものすごく心配ですが、よろしければ付き合ってくださいませ。
小説の勉強を少ししましたら、こんな風に登場人物の視点をコロコロ変えるのはまずかったようですね…、すみません。次回からは視点をレンに絞ろうと思います。読みずらい文章で申し訳ありませんでした。
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