空は無く、瞬く星まで邪魔するものはない。そんな夜空を見上げて、思わず手を伸ばしていた。小高い丘から見えるのは、星のかすかな光とぼんやりライトアップされて闇に浮かび上がる大きな塔のような建造物。その微かな光を受けながら、二つの人影が楽しそうに夜空に手を伸ばしていた。
「博士、ほらまた」
 少し抑揚に欠けた声に、博士と呼ばれた影が顔を上げる。ゴミの燃え尽きる光の尾は、イオンを振りまきながらゆっくりと夜に溶けていく。いつから自分は、流星がゴミの燃えカスに見えるようになっただろうか、そんなことを考えながら彼は本当だと相槌を打つ。自分より背の高い彼女を見上げ、彼は苦笑した。作られた存在である彼女が見ている世界は、きっと自分がそうありたいと願った世界なのだろう、そんなことを考えながら。
「ミク、前からいっていたあれ。本当に叶ったよ」
 そういいながら、彼はポケットから紙を一枚取り出す。
 ポケットに入っていたのにその紙は皺一つつかず、まるで定められたようにきれいな折り目で畳まれていた。ちょっとやそっとでは使わない高級な紙には、手触りでわかるほどはっきりした箱押しの印が一つ。
「……」
 驚きに目を丸くしているミクの前で、彼はゆっくりと紙を広げていく。
「嘘じゃない、ほらここに局長のサインもある」
 とん、と軽く指差したさきに、彼女でも知っている一番えらい局長の名前が書いてあった。
「……ほんとに」
「ああ、本当だ」
 嬉しさと戸惑いと、どこか不安の混じった目が彼を見下ろしていた。それに答えるように、彼はゆっくり頷く。
「君は、宇宙にいける」


   ◇◇◇


 流れ星に願いを三回。
 もしも三回お願いできたら、その願いは叶うんだ。


 ミクは未だ覚めない夢を見ているような気分で、博士から受け取った辞令書を眺めていた。
 すでに使い古された自室で、彼女は辞令書の文言を読んでいく。其処には、小難しい言葉で決まり文句や事後処理についての確認が並べられている。そして、そんな面倒臭い文字列の後ろのほう、ようやくミクが探していた言葉が見つかった。
 ――以上を同意した上で、乗組員として認める――
「へへ」
 嬉しくて、思わず顔が緩む。つられて、パタパタと足が動いてる。自覚しているものの、止めようとも止まろうともしない足につられて、ごろごろとベッドの上をミクは転がり始める。
「へへへへへ」
 宇宙だ。
 ずっと手を伸ばしても届かなかった、あの場所へ行けるのだ。流星群が来るたびに、無理やり博士を連れ出しては何度も願い続けてきた甲斐があったというものだ。外出許可を毎回取らされる博士には、申し訳ないと思っていたが。だがしかし、これで宇宙に出れる。ミクは自然と緩む頬をそのままに、だらしない笑顔をつくる。願いはかなったのだ。
 ――博士と一緒に宇宙に行けますように。
 何度も何度も、繰り返しそしてついに叶った。
「……や、ったぁー!」
 叫びと同時、コール音が部屋に響いた。慣れた手つきでインカムの回線を開き、ミクは備え付け電話の回線と接続。すぐに電話回線からの応答があった。
 頭の奥のほうで、電圧のゆれるパチリとした感触と同時ほんの少し世界が広がる。
「はい、ミクです」
「ボクだ」
 圧縮され再伸張された波形は、聞き覚えのある声。
「博士。どうしたんですか?」
 思わず送信側の圧縮レートを引き下げてしまう。すぐにサーバーから、不正情報だと怒られミクはしぶしぶ音声の圧縮レートを元に戻した。
 ちょっとぐらい、音質のいい声で喋らせてくれてもいいじゃないかと、サーバーに不満を漏らしていると博士からの声が入ってきた。
「さっきの書類、サイン入れたらボクのところに持ってきてね」
 そういわれてミクはあわてて紙に視線を戻す。
 一番最後の行に、空欄があった。以上のことを承認します、という注意書きと共に。
「あ、はい。すぐもって行きます」
「急がなくてもいいよ。今日は作業がまだ残ってるからおきてる。好きな時に来てくれてかまわないよ。期限は明後日までだから、よろしく」
「じゃぁ、お夜食つくって持って行きますね」
「ああ、助かるよ」
 それじゃ、といって電話は切れた。跳ねるようにミクはベッドから上体を起こすと、体内時計に質問信号を投げる。返答は夜食にはずいぶんと早い時間だった。


   ◇◇◇


 歌うために作られた存在が、まさか宇宙に行くほどになるとは。安間は電話を置きながら、長いため息を吐き出した。局長の気まぐれも大きいが、何より彼女がそう望んだのだから、仕方が無いといえば仕方が無かった。
 もとより予算の少ない宇宙開発局だから、話題性こそがスポンサーへの一番のアクションであることは間違いない。仕方の無いことだと割り切れるようになった自分に、安間は舌打ちを一つ。苛立ち紛れに、力いっぱい目の前のキーボードを叩いた。
 スクリーンセーバーから、思い出したかのようにOSの画面へと戻るディスプレイ。その反応のよさに、さらに彼は気を悪くしたのかディスプレイの電源を叩くようにして落とした。
 疲れてやつれた男の姿が、ディスプレイに映る。苛立たしそうに安間は視線をそらす。
「くそっ」
 予算が無いのだ。金だ。何をするにも金が必要だ。だから。
 ――だから人を打ち上げられない。
 低予算を免罪符に、人気取りを言い訳に、ミクは打ち上げられる。人間に必要な生命維持システム殆どがいらない、必要なのは往復の燃料と彼女の燃料だけだ。
 安い下請け会社の作った軌道計算ソフトは未だまともに稼動せず結果よりもエラーログを吐き出しつづけ、旧世代の管制システムは日に一度は宇宙人を着陸させている。そんな宇宙開発局に、すでに多段式のロケットがやってきていた。どっかの国の払い下げをリストアしただけのものらしい。基礎言語すら違うシステムが入った船と管制室とのリンクが取れたのは、つい最近だ。
「あんなものに……」
 胸についているIDカードが、恨めしく天井のライトを反射させていた。ドクターの肩書きが、安間の心をすさませる。
 もとより、ミクはこの宇宙開発局のオペレーターとしてやってきていた。電信において、彼女のインタフェースは完璧に近いスペックを有していたからだ。そして安間は、その専属サポートとしてこの場所にやってきていた。
 実験動物のように扱われるために、ミクはこの場所に来たわけではない。そして彼もまた、実験動物を宇宙に上げるために来たつもりはなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ほしみるきかい[StargazeR]

製作中PVの原作小説 途中。最後まで途中。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm4946542

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閲覧数:384

投稿日:2008/10/18 00:32:01

文字数:2,689文字

カテゴリ:小説

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