1-2.
私は神崚大学附属神崚高校の二年生。生徒会に所属している。
神崚高校はこの辺りではわりとレベルの高い公立校だ。神、なんて仰々しい漢字がついているけれど、別に宗教なんてちっとも関係ない、普通の進学校だったりする。
男子は紺色の詰め襟の学生服で、女子は同色のブレザーに白のブラウス、それからチェックのスカートというのが神崚高校の制服だ。私は結構よくあるデザインだと思ってたけれど、塾の他の学校の生徒達からは、かなり可愛いという評価みたいだった。
私の名前は未来。パパは出版社に勤める編集者で、ママは建築設計事務所で結構有名な建築家の下で働いているらしい。二人はいつも忙しいらしく、家にいることは多くなかった。
家での食事はたいてい独りだ。両親に会うのは夜遅くか朝の早い時間に少しくらい。だから、昔から家族団らんなんて言うべき時間なんてほとんど無かった。
そのくせ二人は、私の成績をひどく気にしていた。私は小・中・高校と、学校のない時間のほとんどを塾に費やさせられていた。ケータイのGPS機能のせいで、私の行動はパパとママに逐一チェックされてる。だから、少しでも寄り道すればどこでなにをしていたのか細かく訊かれて「あんなところは行くものじゃない」とか「遊んでないで勉強しろ」とか言われた。私には寄り道すら許されなかった。
おかげで私は、学校帰りに友達と遊んだりもできなくて、皆が楽しそうに話すテレビや流行りのアーティストなんかの話題にもついていけなかった。そばにはいないパパとママに、私はがんじがらめに束縛されていた。
近所の大人は私のことを「よくできた真面目なお子さん」だと認識している。パパとママもそれを自慢していて、自分達は円満な家庭なんだとアピールしている。たとえ団らんなんてものが存在しなくても、二人は円満だと思ってるみたいだった。
――小学校の授業参観や運動会なんていう行事には、一度も来たこと無いくせにね。
パパとママは、私のことなんてなにも知らない。知ろうともしない。自分達の理想を私に押しつけているだけだ。
二人はとことんまで効率重視で、わがままをひどく嫌う。幼稚園に通ってた頃、ぬいぐるみを買ってもらったりしてる友達がすごくうらやましくて、ママにお願いしたらすごい剣幕で怒られたのをよく覚えている。あれ以来、私はおもちゃを欲しがるのをやめた。怒られるのが怖かったからだ。
パパとママの二人にとって、私という存在はよくできた着せかえ人形に過ぎないんだと思う。
私が本ばかり読むのは、パパとママがそれしか許してくれなかったからだ。おそらく読書は、マンガやゲームなんかと比べると、周囲からのイメージが断然真面目に感じられるからなんだろう。大人はマンガを読んだりゲームしていたりすると「遊んでばかりの子」と言うが、読書ならば「利発そうな子」だと思うものらしい。それに読書なら学校にいたって塾にいたって、本さえ持っていれば場所を選ばない。娯楽と呼べるものがそれしかなかった私は、あっという間に物語の虜になった。
今思えば恥ずかしい話だけれど、小学校の頃に「シンデレラ」や「白雪姫」を読んで、幼い子供ながらに私にも素敵な王子様が来てくれないかとドキドキしたのも一度や二度のことじゃない。
けれどそのせいか、私は学校でも独りになることが多かった。愛に言わせると、私にはあまり人を寄せ付けない雰囲気があるらしい。
それが本当は嫌だったのだけれど、愛はなぜか、私を見る度に「未来が羨ましい」と言う。
彼女の言葉を借りれば、こうだ。
「髪の毛は腰まで伸ばしてるくせに毛先までツヤツヤでサラサラのストレートだし、すっぴんでそんなに綺麗なんて反則。ちょっとつり目ですました表情してるから、また綺麗なのよねぇ。未来って実は、男子から告られたことないでしょ? 高嶺の花すぎて、そのへんの男じゃ萎縮しちゃうのよ」
……いくらなんでも言い過ぎだと思う。たぶん、ずっと本を読んでるから話しかけにくいだけだろう。
しかもその後は「ちょっと化粧させてよ。未来なら絶世の美少女になるってあたしが保証するからさ」と執拗に迫られて大変だった。
私は別に綺麗じゃなくたってよかった。この容姿のせいで友達ができないと言うのなら、少しくらい醜い方がまだマシだとさえ思う。
私はごく普通に生きることができればよかった。普通に友達と遊んで、普通に恋愛をして。
いつからだろう。そんな当たり前に思えることすら、本の中の物語と同じように、私には現実味の無いものだったんだと気付いたのは。
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