ミクは笑う。無邪気に笑う。
僕は笑い返す。今では考えられないほど、とても無邪気に。
そんな日々は、いつか終わりを告げる物
「花、兄、妹、贄」
神社の一室。花嫁衣裳を着せられ、紅を塗られている少女は、部屋中に漂う香の匂いにも、何の反応も示さない。虚ろな瞳は、何も映していなかった。
「もうそろそろだ。贄の準備は。」
「整っております。」
「それでは行くぞ。・・・急がねば、土地神様は怒り狂うだろう。」
この神社の神主が、少女の腕を引き、少女を立たせる。
そのときに覗いた少女は、生気が抜けたような顔をしたミクだった。
宣託の日、ミクは土地神への生贄に選ばれたのだ。驚いて神社を駆け出たミクだったが、待っていると言っていた兄は、何処にもいなかった。
ミクは、周りの巫女に背を押されて、悲しげにゆっくり歩き出す。巫女の1人が嬉しそうにしなさい、と諭しても、ミクは悲しそうにしたままだった。
神主を先頭に、巫女たちに周りを囲まれて、ミクは御神木へと向かっていた。村のはずれ、1本だけ離れて、一際大きな桜の木がある。それが御神木であり、土地神が宿っていると言われていた。
村人たちは一行を少し離れて見て、こそこそと話をしている。
「あの一族は、神に魅入られて・・・」
「去年の生贄も・・・」
「今年は女の子かえ。」
そんな村人たちの中を、1人の青年が人の間をすり抜けて走っていた。村人たちは、そんな彼に気付きもしない。
カイトは、御神木の前に立っていた。慌てて村から走って来たにもかかわらず、彼は息1つ乱していない。
「土地神よ、彼女の命だけは助けてほしい。ミクは僕の、大切な妹なんだ!」
カイトが叫ぶ。それに応じるように枝が揺れる。
「確かに・・・僕はもう死んでいるけれど、それでも・・・!!」
枝が再び、先ほどよりも強く揺れる。
「そう、ですか・・・。」
カイトはがっくりと膝を付き、項垂れる。
ミクの命は土地神へと捧げられるのに、阻むことさえ出来ない自分。
既に死んでしまったのだと、痛感させられる。
「ミク・・・。」
ミクがはっと、顔を上げる。虚ろだった瞳を大きく見開き、そして今度は、その顔に久方ぶりの笑顔を浮かべる。
しかし、それは今までの無垢な笑顔ではなく、狂気に落ちた嗤い(わらい)だった。
「ふふ、ふふふ・・・。これでまた・・・。」
突然声を出したミクに、ぎょっとしたように周りの巫女がミクを見る。
「これでまた、お兄ちゃんに合える!今度こそ、もうずっと一緒にいられる!!」
嬉しそうに言うミクに、巫女たちは同情の目を向ける。兄のカイトは1年前に生贄に出されたために離れ離れになってしまったので、これまでの寂しさと恐怖で壊れてしまったのだと、巫女たちには思えた。
「どうか土地神よ、もう一度我を贄としたまえ。
彼女にだけは、幸福を―」
カイトの願いは届かない。花は散るためにあるのだと、言ってしまった彼には、花が散らぬように守ることなど、許されてはいない。
どうか我を許したまえ
ミクは御神木の前に立ち、土地神が現れるのを待った。
しかし、待てど暮らせど土地神が出る気配すらない。
ミクの足元には、土に汚れたカイトの羽織が落ちていた。
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誰だって生きづらいだろう...publicdomain
Kurosawa Satsuki
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