!!!Attention!!!
この話は主にカイトとマスターの話になると思います。
マスターやその他ちょこちょこ出てくる人物はオリジナルになると思いますので、
オリジナル苦手な方、また、実体化カイト嫌いな方はブラウザバック推奨。
バッチ来ーい!の方はスクロールプリーズ。
律は、強い女だ。本当の強さを備えた人間だと、思う・・・・・・でもだからこそ、脆く壊れやすい。
できる限り人を愛す生き方というのは、人を傷つけない代わりに自分を傷つけ続ける。それがわからないほど律は馬鹿ではない。そんな生き方しか選べなかったのかもしれないが、逃げ場所ならどこにでもあったはずなのに、あいつはそうしなかった。傷だらけになった今でもまだ、律はその生き方を貫こうとしている。最初から悪い人はいない。もしも相手が悪い人に映るのなら、それは自分が相手の悪いところばかりを見ているからなのだと思っている。そんな風に見てしまう自分が悪いのだと思っている。
本当ならきっと、律は俺よりも・・・そしてあの人よりも、強かった。
まだ一日のほとんどを押入れの中で過ごす律は、あの人との生活が余程トラウマになってしまったんだろう。トラウマになるほどの仕打ちとは一体どんなものだったのか。想像に難い。だが・・・こんな短い言葉で片付けたくはないが、律が受けていたのは明らかな虐待。精神的にも肉体的にも限界だったはずだ。
ぽつりぽつりとあの人とのことを喋っては苦しそうな顔をするものだから、無理して話さなくていいと・・・律には一応言ってある。強がりな律は、俺がそう言ってからも時間をかけていろいろと話してくれたわけだが。
おそらく・・・律がこれまでに言ったことがほぼその全てだろう。あれだけ仲が良かったのに、誰がこうなることを想像できただろうか。あの人からそんな酷い仕打ちを受けたのだと、誰が予測できただろう。だが律はこうも言った。あの人は悪くないのだと。悪いのは、いい子でなかった自分なのだと。
それが律の生き方だった。他者を守って自分を傷つける。どれだけの痛みを抱えることになるのかわかっていながら、必ずその道を選ぶ・・・だから、耐えられなくなってしまったのだろう。
今も律は押入れから出てこない。おそらく、中で震えているのだろう。軽い気持ちで開けようものなら、確実に手を挟まれることになる・・・いや、軽い気持ちでなくても同じことか。そのおかげで俺の両手には塗布薬の匂いが染み付いてしまった。震えを止めるための包帯も妙に痛々しい。だが、これは律が抱えている痛みの半分にも満たないのだ。
背もたれにしている押入れの襖に頭を静かに預ける。
傍に誰かがいるということを怖がるのに、傍に誰かがいないことは耐えられない・・・らしい。あの人がパトカーで連れて行かれた日、距離をとった方が良いかと別の部屋で寝ていたのだが、妙な感覚がして起きると、押入れにいたはずの律が俺の隣で眠っていたのだ。目から溢れた涙がまだ乾いていなかったから、俺を探しにきて間もなかったのだとわかった。今の律は、トイレに行く時も、風呂に入る時も、寝る時も・・・俺が確認できるところにいないと不安になる。律にとっての安全基地は、俺なのだろう。俺の存在を確認できれば安心できる。だが、自分から近付いてきても、俺から近付いていくのは少し怖い。まるで相手との距離を考えあぐねているヤマアラシのジレンマのようだ。
「・・・どうすりゃいいんだろうな・・・」
今を見ても、少し先を見ても、広がっているのは不安ばかりだ。小さく呟いた声はすぐに消え去り、再び静寂が下りてくる。
向こうの両親に連絡はしたから、後は勝手にさせてもらうつもりでここにいるが・・・俺が律の傍にいて何か変わるんだろうか。変えてやれるんだろうか。崩れてしまったものを戻すのには、気の遠くなるような時間が必要だ。心の傷というものは特に性質が悪い・・・というのも、確かにそこに傷はあるのに誰の目にも見えないからだ。
俺は、どうすればいいのだろう。壊れそうな律を前に、何もできないままなのだろうか。
「俺ができることは何でもしなきゃな・・・いつか・・・思い出になる日まで」
それがどれほど時間のかかることでも、あの人が俺たちの前にもう二度と現われないというのなら、時間が解決してくれる。俺がそのためにしなければならないことがあるとすれば、あの人が戻ってくる日をある程度予測し、律に会わせないようにすること。それまでに律が元の生活ができるように手助けすること・・・そんなところだ。
天井を自然と眺めながら一つ息をつく。
まずは考えを改めなければいけない。これからは彼女を一人の女の子として見てはいけないのだと。これからは家族だ・・・今までより強く、妹ができたと思えばいい。律が元に戻るまでの間、俺が俺自身に施す呪縛。彼女を怖がらせないための足枷と鎖。
大丈夫だ、きっと何とかなる。これからは俺が弱気になってはいけない。律にとって安心できる存在でいられるように、いつでも自分のことだけでなく他を気遣う余裕をもたなければ。
もう一度ため息を静寂にしみ込ませた後、重たい腰を上げた。律がまだ出てきていないからこうしていろいろと考える時間があるが、これからはもう迷ってはいけない。できるだけ早く、律を押入れから出してやらないといけないのだから。
「・・・・・・律、そろそろ晩飯にするぞ。できたら、呼ぶからな」
押入れの中に隠れたままの律にそう声をかけ、立ち上がろうと片膝をつく。その時、不意に襖を開ける音が聞こえてきて、振り返ろうとした瞬間、服の裾を引っ張られた。
振り返ったところにいたのは、四つん這いになって俺の服を引っ張っている律。潤んだ目が、泣いていたらしいことを伝える。
「どうした?」
優しい声で尋ねてみるものの、律は上目遣いで見てくるだけで何も言わない。言いたいことが言葉にならないのだろう。体の奥底にまで染み付いてしまった恐怖はそう簡単に拭えるわけがないのだから、仕方のないことといえば仕方のないことなのだが・・・何故もっと早く気付いてやれなかったのだろうと後悔の念が押し寄せる。
律の言葉を待つ時間というのは精神的に疲れきっていた体には堪えたが、律を急かすことなくじっと待っていた。
「・・・あの・・・・・・ろ、に・・・・・・」
その口から確かに出てきたはずの声は、俺の耳に届く前に空気に溶けて消えていく。ところどころしか聞こえなかった。律は恥ずかしそうに俯いてしまっていて、聞き返してはいけないような気もするが・・・聞こえなかったのだから仕方ない。
「悪い、もう一度言ってくれるか?」
きゅっと、服の裾を握っている律の手に少し力が込められるのがわかった。震えがないことだけが救いか。
律はあの場に居合わせた人・・・俺と一緒に助けに入った刑事たちとも喋らなかった・・・姿すら見せようとはしなかった。
男の人が怖い、と律は言う。大きい手が怖い、低い声が怖い、強い力が怖い・・・と。だが、律が本当に嫌だと思っているのは、そんなことを言ってしまう自分自身なのだろう。何にしても、まだ俺にこうして全て話してくれるだけまだ良かったと考えるべきなのかもしれない。
「あの・・・お風呂、入りたいの・・・」
「ああ、風呂か。沸いてるから入ってくればいい」
少し頬を赤らめてもじもじしている律の頭を撫でて、立ち上がる。着替えは自分で用意するだろうし、バスタオルは準備してあるから、俺がすることは何もない。今は生活していく資金のことを考えた方が良いだろう・・・まだ向こうで貯めた金もあるから、あと半年は仕事に就かなくても大丈夫だろうが。
・・・やることが山積みだ。しかも難しいことばかりが壁のように立ちはだかっている。現実的に考えて、こんな状態の律を一人家に残して出て行くのは難しい。俺が手に怪我をするだけですめばいいが、もし俺が距離をとることで心を閉ざしてしまったら、もう俺にはどうすることもできない。だからと言って過保護すぎるのも問題だ。
ふと妙な感覚がしてリビングに行こうとしていた足を止めて振りかえると、立ち上がった律がまた俺の服の裾を引っ張っていた。
「ず・・・ずっと、いて・・・くれる・・・?」
「・・・ああ、いるから入ってこい。
心配なら声をかけてくれれば返事もしてやる。ちゃんとここで待ってるから」
ほっとしたような表情で脱衣所へ歩いていく律を見送り、閉じたその戸に背を預ける。そして、頭をかきながらさっきの考えを浮上させた。
とりあえず今日律が眠った頃にでも一度一人にしてみよう。もしそれで大丈夫そうなら明日から短い時間でも働く。もし無理なら・・・少しずつ律と距離を置く練習をするべきだろう。
カチャッと音がして再び同じような音が聞こえてくる。どうやら律が風呂場に入ったらしい。
「ったく、何やってんだかなぁ・・・俺は」
律に聞こえない程度の声でため息をつく。本当なら、今頃向こうで大学を見学させてもらう約束を取り付けているところだったろうに。そして律も、この家で幸せに暮らしていたはずだったというのに。
何故こんなことになったんだろうか。
「――ああもう、どうせわかんねぇなら同じことで悩んでんじゃねぇよ・・・」
大きく舌打ちしてから吐き出した言葉とともにその場にしゃがみ込む。微かに聞こえるシャワーの音が、頭の中を占領している重たいもの全てを溶かしていけばいいのに思いながら深く息を吐き出した。
それから徐々に律は元の状態に戻ったが、それは俺に対してだけのことで、それ以上症状がよくなることはなかった。
新しい変化が必要だ。俺だけではなく、他の誰かから与えられるきっかけが。ちょうどそう思っていた時にKAITOが現れて、律に必要な変化をもたらしてくれた。全てが良い方向へ向かっていたはずだったのに、この最悪のタイミングで現れたあの人。
それは――俺たちに残酷な現実を突きつけた。
→ep.36 or 36,5
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