「あ、あああ、あの!」
 どもりまくった自分の声を聞いて、何をやっているのと私は胸の中で叫ぶ。はっきりした口調で言わないと、彼が迷惑するだけじゃないの。
 実際彼も対応に困った顔になっているじゃない。ああぁごめんなさい。伝えたい事があったから呼び止めたのに、こんな訳の分からない状態でホントごめんなさい。
 勇気を出して、憧れの彼に言わなきゃ。
「今度の日曜、一緒に水族館に行きませんか!?」
 勢いって怖い。何で大声になっているの。周りに人がなくて良かった。
 彼は一瞬驚いた顔をしたけど、おかしな行動をしてしまった私を変な目で見る事もなく、快く言ってくれた。
「喜んで、巡音さん。楽しみにしてるよ」
 爽やかに去って行く彼に手を振りながら、私はとても重要な事に気付いた。
 ……あ。連絡先、教えてない……。
 同じ事に気付いたのか、彼がすごい勢いで振り向いているのが見えた。

 頭の隣から伝わる振動と軽快なメロディ。枕元に置いた携帯電話が私の目覚まし時計。
 目覚ましの曲これだったっけ? 確かこの曲はメール着信のはず……。
 寝起きのぼんやりした状態で考えて、寝る前に考えていた事を思い出す。今日は憧れの彼と初デートする日。だからいつもより早く起きて準備をして、待ち合わせの時間に余裕を持って行かなきゃ。
 まだ早い時間のはずだと予想して、布団からのそのそと手を出して携帯を掴む。起きた時の習慣でサブディスプレイを見た瞬間、一気に目が覚めた。
「何この時間!?」
 掛け布団を跳ね飛ばして叫ぶ。携帯のサブディスプレイに表示されていたのは、「おはようございます」が「こんにちは」に変わる時間帯で、朝ご飯が朝食と呼べなくなる時間。

 目覚ましをかけ忘れたせいで、彼との約束の時間に目が覚めた。

 私の馬鹿! どうして今日に限って寝坊するのよ! 自分で誘っておいて待ち合わせの時間に起きるなんてコントも良い所じゃない!
 携帯を開いて確認すると、メールの送信者はもちろん彼。待ち合わせの場所にいない私が何処にいるのかを書いてある。自宅です。寝坊しましたごめんなさい。
 とんでもない失敗をした自分に怒りつつ、指を動かして携帯を操作する。とりあえず今の状況を撮って彼に説明しなきゃ。
 電話で「すみません。今起きました」って伝えれば良かったのに、何で起き抜けの顔を撮って送ろうなんて思っちゃったんだろう。
 それに気が付いたのは、送信ボタンを押してしまってからだった。しかも、
「顔向け撮影出来てないー!?」
 携帯の向きが逆。つまり私は自分の顔ではなくて、あまり人様には見せたくない部屋を撮っていた。
 洗濯は終わっているけど仕舞うのが面倒で、畳んだ状態で積み上がっている洋服の山。本棚に入れるのを忘れて読みっぱなしの同人誌。パソコンラックに置かれた、私をモデルにしたタコのぬいぐるみと、白い猫の帽子をかぶったフィギュア。

 そんな部屋の写真を彼に送った。件名も本文も入れ忘れて。

 どうすればいいのと頭の中が真っ白になる。世間ではクールとか女王様な性格だと思われているみたいですが、実際の私はそれらと全然違います。と言うか、何でそんなイメージを持たれたのかさっぱり分かりません。
 無意識で洗濯バサミを髪留めで使ったり、炊飯器のコードを入れてスイッチを押し忘れたり、お風呂を沸かすのを忘れて水風呂に入りかけたり、ドアノブに腰をぶつけたり等々。やらかしたドジはきりがありません。家の中だけで済んでいるのがまだ救いです。
 ……前言撤回。つい先日、彼に連絡先を教え忘れていた事を思い出しました。
 これから猫を被り直してもしょうがない。私のドジで誰かが笑ってくれればもうそれでいいや。今更顔を真っ赤にしても遅いし。
 大急ぎで準備をしながら、多少強引にプラスへと考える。笑ってくれると言う事は、少なくとも関心を持ってくれていると言う事だし、誰からも相手にされなくて無視されるよりもずっと良い、はず。
しょっちゅうドジをやらかす人間はこうでも思わないとやっていられないのです。たまにマイナスにメーターが振り切れちゃう時もあるけど。
「うん、よし」
 鏡で身だしなみを確認。変な格好はしていないし、寝癖も直したから問題なし。
昨日の内に用意しておいたバッグを持って部屋を飛び出す。急がなきゃ。
 走らない程度の早さで廊下を歩いて、足を踏み外さないように階段を下りる。走らないのは安全第一だからです。前に自分の足に引っ掛かって転んだとか、残り一段の所で階段から落ちた事があったとかではありませんよ。信じて。
 一階に到着。慌ただしい物音が気になったのか、リビングでテレビを見ていたミクちゃんが振り返った。
「あれ? ルカ姉、今日はデートって言ってなかった?」
 何でまだ家にいるの? と可愛らしく首を傾げる。とっくに出掛けているはずの私がこんな時間まで家にいた事が疑問だったらしい。
「……察して」
「ああ……」
 短い一言だけでミクちゃんは全てを理解してくれた。理由を深く聞く事もなく、私にいってらっしゃいの言葉をくれた。
「気をつけてねー」
 ええ、気を付けます。いつも以上に。
 いってきますと伝えて玄関に向かった直後、背中から私を引き止める声がかかった。
「ルカ姉! 靴下が左右で違う!」
 しっかり者の妹がいて幸せです。ありがとう。起きてから顔を洗うのを忘れていたので、ついでにやってきます。

 洗面所に行って顔は洗った。靴下の柄と色をきちんと確認してはき直して来た。
 ――今度こそ。
「行って来ます!」
 ドアを開いて外に飛び出すと、高くなった日の光と雲ひとつない空が私を迎えてくれた。絶好の外出日和に心が躍る。

 私でも見つかるかな。恋のエトセトラ。
 
 こんな呑気な事考えている場合じゃないのは分かっているけれど、出掛ける日に良い天気なのはやっぱり嬉しい。何だか心も体も軽いし。
 弾んだ気分で道を歩いて、最寄りのバス停に向かう途中で気が付いた。

 ……あ。携帯忘れた。その前にバッグ玄関に置いたまま……。

 慌てて振り向いた先に、自転車に乗ったミクちゃんが見えた。カゴには何か荷物が入っている。多分あれは私のバッグだ。今度お礼にネギを沢山買って来よう。
「ルカ姉ー! 忘れ物ー!」

 バッグを受け取ったら、彼にもう一回連絡入れなきゃ。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

ドジっ子の日常

【巡音ルカオリジナル曲】 トモエ 【誤植同盟コラボ】
 http://www.nicovideo.jp/watch/sm6991834

 クールで真面目なルカも好きですが、ドジっ子なルカも好きです。

 炊飯器のスイッチ押し忘れに気が付いた時のガッカリ感は半端じゃない。しかもそんな時に限って変に段取りが良かったりする。

 何か妙にスラスラ書けたな今回の話。

閲覧数:222

投稿日:2014/02/02 11:27:32

文字数:2,634文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました