わたしたちはその後、オペラを見た。ロッシーニの喜劇『チェネレントラ』お話は当然、『シンデレラ』なのだけれど、『チェネレントラ』では、魔法は一切出て来ないので、「おとぎ話」という雰囲気はそんなにしなかったりする。カボチャの馬車もガラスの靴も出て来ないし。でも、とても明るくて楽しいオペラ。喜劇を得意とした――実際は悲劇も作っているのだけれど、やっぱり彼は喜劇の人だと思う――ロッシーニらしい、明るい軽快な音楽が特徴だ。序曲からして軽やかで楽しい。もっとも、実は他のオペラの序曲の使い回しだったりするのだけれど。ロッシーニという人は音楽を使い回していたことでも、有名だったりする。ものぐさなのか、それともただ単にドジだったのかまではわからないけれど。
『チェネレントラ』は二幕ものなので、一幕と二幕の間で休憩を取って、お茶にする。お茶菓子はわたしが持ってきたケーキとクッキーだ。ミクちゃんもレン君もケーキを褒めてくれたので、わたしはほっとした。もちろん自分で食べてみて、美味しいと思うものを持ってきてはいるのだけれど、やっぱり人に食べてもらう時は緊張する。
オペラが終わると、わたしはもう帰らないといけない時間になってしまった。……淋しいけれど、仕方がない。ミミを一度箱に戻して、ミクちゃんからもらったプレゼントと一緒に、手提げに入れる。ちなみに、ミクちゃんからのプレゼントは可愛いブレスレットだった。ミクちゃんは、可愛いものと綺麗なものを見つけ出す感覚に優れている。
「じゃあね……レン君。次に会えるの、始業式になっちゃうと思うけど」
冬休みといっても、平日は勉強しないといけないから、気軽に外出はできない。お正月は、家にいないといけないし……。
「リン、風邪とか引かないようにな」
「うん、ありがとう」
レン君は、わたしを抱きしめてくれた。もっと一緒にいたい。わたしの心のどこかが、そう呟いた。
もらったプレゼントの入った手提げを抱えて、わたしは迎えの車に乗り込んだ。……目だったら困るから、見送ってくれたのはミクちゃんだけ。わたしは、車の窓からミクちゃんに手を振った。ミクちゃん、今日はありがとう。
家までの道の間、わたしは、これからのことを考えていた。今日はお父さんとルカ姉さんはいないから、家にいるのはお母さんとハク姉さんだけだ。お母さん、今年は鴨を焼くって言っていたっけ。食べるのはわたしとお母さんだけだけど、こういう日にはちゃんとした正餐を作る。それがお母さんだ。
……ハク姉さんには、レン君とのこと、話しても大丈夫かな。他の家族とは全然話していないから、ハク姉さんから誰かに伝わるということはないだろうし。それに、レン君のお姉さんと連絡を取っているようだから、レン君のお姉さんから、わたしたちがつきあいだしたということはいずれ伝わるだろう。だったら、先に話しておいた方がいいかもしれない。
わたしは、手提げに手を入れて、プレゼントの箱を撫でた。レン君がくれたぬいぐるみ。……大事にしよう。クローゼットに隠すことになるけれど。
本当の気持ちを言えば、隠しておきたくなんかない。机の上なりベッドの上なり、目につくところに置いておいて、何かある時に撫でたり抱きしめたりしたい。けど、この家では、そんなことはできない。お父さんの目に止まったら、ミミも捨てられてしまう。
あれこれ考えていると、家に着いた。お父さんはいないけど、やっぱりちょっと暗い気分になってしまう。わたしはため息をつくと、手提げを抱えて車を降りた。
家に入って、キッチンへと向かう。この時間なら、お母さんはそこにいるだろう。思ったとおり、お母さんはキッチンで料理中だった。
「お母さん、ただいま」
そう言うと、お母さんは微笑んだ。
「お帰り、リン。楽しかった?」
「うん。ミクちゃん、ケーキもクッキーもとても美味しいって、喜んでくれたわ」
ミクちゃんだけじゃなくて、レン君も。
「向こうのご両親は?」
「今日は用事があって出かけていらしたの。行きがけに、ご挨拶だけはしたけれど」
「ミクオ君は?」
あれ? お母さん、どうしてミクオ君のことなんて訊くんだろう。今までミクオ君のことなんて、ほとんど訊かなかったのに。
「一緒にいたけど……ミクちゃんの従弟だもの。わたしたち、みんなで映画を見たの」
お母さんは、わたしたちが三人で映画を見たのだと思うのだろう。実際は四人だけれど。嘘をつくのは、やっぱり心苦しい。
「……クリスマスイヴなのに、ご両親はまだ帰国していないのね」
言われてみればそうだった。ミクちゃんの家にいるということは、まだ実家には帰れないということ。そう言えば、レン君のお母さんもよね。レン君、お姉さんが出かけているから今日は家に一人だって、言っていたもの。
「そうみたい。お母さん、わたし、着替えてくるね」
わたしはそう言って、二階へと上がった。自分の部屋に入って、普段着に着替える。着替え終わると、手提げからプレゼントの箱を出した。まず、ミクちゃんからもらったブレスレットを、ジュエリーボックスに入れる。それから、ミミを取り出した。頭に触ってみる。ふわふわで柔らかい。色んなことが頭をよぎって、またちょっと泣きそうになってしまう。
わたしは一度ミミを抱きしめてから箱に戻し、クローゼットの中に隠した。クローゼットの中……どんどん、秘密が増えて行っている。いいのかな……。お母さん、クローゼットで何を見つけても、黙っていてくれるとは言ってくれたけど。
……時計を見た。夕ごはんまではまだ時間がある。ハク姉さんと話、できるかな。
わたしは部屋を出て、ハク姉さんの部屋のドアを叩いた。……返事が無い。寝てるのかな……。多分寝てるのよね。今日はクリスマスだから、日中は寝るつもりなのかも。
少し残念な気持ちで、わたしは自分の部屋に戻った。ハク姉さんに、レン君の話を聞いてほしかったのに。
レン君のことを考えると、胸の中が少し温かくなるような感じる。わたしの特別な人。そう思うと、何だか気恥ずかしくなった。
ハク姉さんと話せたのは、結局、それから二日後だった。要するに、時間があわなかったということなんだけれど。
「リン、どうかしたの?」
「あ……うん。あのね、ハク姉さん。わたし……その……鏡音レン君から告白されて……つきあうことになったの」
なった、だと、言い回し的に変かな? したの方がいいのかしら……。
ハク姉さんは、わたしをため息混じりに見やった。
「……やっぱりそうなったんだ」
え?
「ハク姉さん、やっぱりって?」
「メイコ先輩と話したって、言ったでしょ? その時に先輩が言ってたのよ。自分の弟があんたに興味を示しているって」
わたしは驚いた。わたしがレン君のお姉さんに会ったのは、レン君の家に行った時だけ。あの時、レン君とはただの友達でしかなかったはず。
「わたしたち、あの時はただの友達だったわ」
「あんたはそう思ってても、向こうは違ったんじゃない? その時、何があったの?」
わたしは、ハク姉さんにその日のことを話した。レン君に『RENT』を見てみないかと誘われたこと。わたしの家で見るのは無理だから、レン君の家まで行ったこと。家にはお姉さんがいて、午後はお姉さんも交えて、『タイス』を見たこと。たくさん話して、色んなことを考えて、帰りはレン君が駅まで送ってくれて……すごく楽しかった。
「やっぱり、わたしたち、あの時はただの友達だったと思うわ」
今は違うけど。
「うーんまあ、多分、その辺りは人によって違うと思うわ。メイコ先輩、勘が鋭いのよ。だからあんたたちが一緒にいるところを見て『いずれそうなる』って思ったのかもしれないし」
レン君のお姉さんは、勘が鋭いというより、頭がいいんじゃないのかな。ハク姉さんのことも、説得してくれたし。
……レン君も、頭はいいのよね。……姉弟だから?
でも、わたしたちは姉妹でもあまり似ていないのよね……。考えても仕方がないことだけど。
「リン、どうかしたの? 急に暗い顔して」
「……なんでもないわ」
わたしがそう答えると、ハク姉さんはまたため息をついた。
「まあ、あんたが暗くなるのもわからなくはないけどね。前にも言ったけど、お父さん、異性とのつきあいに関しては本当にうるさいし」
ミクちゃんの家にミクオ君が同居することになった時、お父さんはそれだけで嫌そうだった。……ミクちゃんのお父さんが何か言ったらしく、ある時から突然静かになったけど。
「わかってる。だから、ハク姉さん以外には話さないつもりよ」
「なんていうか……あんたたちって、外国の小説みたいよね」
「『ロミオとジュリエット』?」
言ってから、わたしはあれは戯曲だということを思い出した。じゃあ『ルチア』だろうか。原作は確か、イギリスの小説なのよね。オペラはイタリアの人が作ったから、イタリア語だけど。
「それじゃなくて……なんだっけ。タイトル忘れちゃったんだけど、お嬢様と使用人が恋に落ちる奴。孔雀が出てきたような。お嬢様が、相手のことを孔雀みたいって思うの」
じゃあ『ルチア』じゃあないわね。何の小説なんだろう。でもそれ以前に……。
「レン君は使用人じゃないわ」
さすがに、その扱いは面白くない。ついでに言うと、孔雀には似てない。
「お父さんにとっては似たようなものよ」
ハク姉さんにそう言われて、わたしの気持ちは落ち込んだ。……確かに、お父さんからすれば同じようなものだろう。
「その話って、やっぱり悲劇なの?」
「あ~、うーん、まあね。……最後は父親に引き裂かれておしまい。ラスト、ものすごく後味が悪かったわ」
なんで……そんな話ばっかりなのかな。幸せな結末はないの? 『冬物語』はハッピーエンドだけど、パーディタは捨てられていただけで本当はお姫様だ。『テンペスト』も同じようなものよね。
ロミオとシンデレラ 第五十五話【孔雀の羽根】
『チェネレントラ』を作ったロッシーニは、メロディの使い回しが多く、有名な『セビリアの理髪師』の序曲も、まるまる使い回し(しかも使い回し二回目)だったりするそうです。なんでも、直前まで序曲を作るのを忘れていたそうで……。
それでも大ヒットしちゃう辺り、今の人より当時の人は大らかだったのかもしれません。今の作曲家さんが、こんな風に使い回しをしていたら、きっとネットで叩かれてぼろぼろでしょう。
それにしても……ハクがこの小説知ってるの、どう考えても無理があるような……。自分で書いておいて言うのもなんですが。
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