乗り合いの馬車を拾って、次に連れて来られたのは大きな広場だった。
中央に芝生を設け、いくつかの噴水が点在し、そこらに鳩が群れている。のどかな眺めだ。
「あれは?」
広場の奥まった所に、一際目立つ豪華な佇まいの建物がそびえている。
「あれはこの街で一番大きな劇場よ。ところでメイコ、教会ミサ曲の安息の祈りは知っているかしら?」
「そりゃ・・・もちろん」
朝夕にも冠婚葬祭にも当たり前のように歌われる、その祈りの歌なら、小さな子供だって知っている。
「今、この劇場で上演されている舞台で、それが見せ場の一つとして使われているの」
「へぇ・・・」
「それじゃ、歌ってみて?」
「はい?」
ぽかんとメイコが聞き返す。
何がどうして、それじゃ、になるのだろう。
「もう、しょうがないわね」
戸惑うメイコに、ミクは自分から歌い始めた。
透明感のある高い声が辺りに響く。
歌いながらもミクの大きな瞳にせっつくように見つめられて、メイコも根負けしたように加わった。
二人で唱和していると次第に人が足を止めて、周囲に人垣が出来てくる。
ミクは気に止める様子も無く、メイコも居心地の悪さを感じながら付き合っていると、慌しく劇場から飛び出してきた人影があった。
「ちょっと、ちょっと君達!困るよ!」
咎めるように言われて、ミクは歌をやめた。
素早くメイコに黙っているようジェスチャーを送り、ミクは声を掛けてきた男に向き直った。
「まぁ、ごめんなさい。昨日の舞台があんまり素敵だったから、つい自分でも歌ってみたくなってしまったの」
「だ、だからってねえ、こんな場所で」
「だって、本当に素敵だったのよ。出だしのオーケストラが、そこからしてもう素晴らしいの。恋人同士の掛け合いはとってもロマンチックだし、最後の歌姫の祈りの歌なんて本当に泣いてしまったくらい」
「う、む、いや、しかしねぇ」
苦りきった男に、うっとりと舞台のすばらしさを語っていたミクがうな垂れた。
「でも、邪魔だったかしら、ごめんなさい。まだ開演まで時間があるから大丈夫と思ってたんだけど、劇場の中まで下手な歌が聞こえてきたら、待ってるお客さんが気を悪くしてしまうわよね」
「それは、その・・・」
「一度だけでも、舞台の上で歌えたならどんなに素晴らしいかしら。でも素人の歌なんて、とても通用しないわね」
落胆の溜息をつく少女に、眉間にしわを寄せた男が咳払いをした。
「――・・・ちょっと、いいかね」
通されたのは劇場の奥の支配人室だった。
部屋の中では先ほどの男ともう一人の男が小声で話し込み、ミクは珍しそうに部屋のあちこちを眺めている。
一方のメイコはといえば、次から次に起こる事態に、もはや何がなんだか分からず混乱したままだ。
やがて話が終わったのか、二人の男がこちらへと向き直った。
「はじめまして、綺麗なお嬢さん方。さっきの歌は素晴らしかったですね、ここまで聞こえてきましたよ。私はこちらの支配人をしています。こっちの口煩いのは相棒でね」
しかめっ面の男とは対照的に陽気な雰囲気の男が愛想良く手を差し出した。順に控えめな握手を交わす。
「話は聞かせて貰ったよ、舞台で歌ってみたいのかい?」
「もちろんよ」
すかさず頷くミクに、男は面白そうな表情を浮かべた。
「でも、君たちは見たところ良い家庭のお嬢さんだ。仕事に就くような身分じゃない」
「そうね、私はおうちが厳しいので無理だけど、メイコは今まさに仕事を探してるのよ」
ミクがメイコの背中を押し出した。
「今日は、たまたま私に付き合ってドレスを着てもらったの。メイコにここの舞台を見せるつもりだったのよ。きっと良い刺激になると思って」
男達の視線がメイコに向いた。値踏みするように見られて思わずたじろぐ。
「ちゃんと歌を習ったことは?」
「ないわ」
「・・・それなら、トレーニングをすればもっと伸びるかな」
「馬鹿言え、時間も金も掛かる」
男二人がぼそぼそと言葉を交わす。
「まぁまぁ。―ーちょっと何か歌ってみて」
いきなり言われて、メイコは困ったようにミクを見た。ミクは微笑むだけで、何も言わない。
やけくそのような気分でメイコはさっきと同じ安息の祈りを歌った。
「確かに声は良いが。でも、なあ。コーラスには立ちすぎてるし・・・」
「じゃぁ、歌姫は?メイコの声ならソロでいけるわ」
ミクが口を挟んだ。
「は?はは、それはいくらなんでも。大体、歌姫の声は、どこでも可憐な高音が売りで・・・」
「そうかしら。メイコは舞台に立って十分通用する美人だし、これだけ声量と張りのある声の歌い手は、どこの劇場にもいないわ。イメージが違うなら、今までにない歌姫像を作ればいいのよ。賭けても良いわよ、メイコは必ずこの国一番の、本物の歌姫になるわ」
身を乗り出して熱烈に言い募る。
挑戦的といって良いほどの自信に満ちたミクの瞳に、陽気な支配人が声を上げて笑い出した。
「面白いじゃないか。他所に取られるのは惜しいよ、稀に見る逸材なのは確かだからな」
無愛想な顔の相棒が肩をすくめ、頭を掻いた。
「やれやれ、お嬢さんこそ、うちのマネージメントをしないかね。良い経営者になれるよ」
「ふふ、ありがとう。でも私、もうじきに結婚を控えてるのよ」
「そりゃ、めでたいが惜しいなぁ」
冗談交じりの和やかな歓談の横では、さっそく現実的な話が始まっていた。
「しばらくはちゃんとしたトレーニングを受けて貰うよ。それで現実に使い物になるようなら、舞台にも立って貰う」
「は、はい・・・」
「当座はこちらで部屋を用意するが、自分でどこかに家を借りてくれてもかまわない。それで給料の話だが・・・」
差し出された契約書に書かれた数字に、メイコは驚きの声を上げた。
「こんなに!」
「ただし、あくまで舞台に立ってからだ。人気次第では、いくらでも上げるから頑張ってくれよ」
期待してるよ、と肩を叩かれて、メイコはもう声も無く頭を下げた。
「良いのかしら・・・」
半ば夢心地でメイコは呟いた。劇場を後にしてからも、あまりのことにまだ現実感が沸かない。
隣でミクが笑った。
「いいも何も、メイコにこそ、ふさわしい場所だわ」
「なんて言ったらいいのかしら、ミク。なんてお礼を言ったらいいかしら」
「お礼なんかいいわ。私がそうなって欲しかったんだもの。メイコがこの国の歌姫になってくれたら、またいつでも会えるでしょう」
嬉しそうなミクの声は、本当になんでもないと言いたげなほど軽やかだ。
この驚くべき少女と、まだ出会って半日と経たないのだ。自分は、何てとんでもない相手と知り合ったのだろう。
メイコは受け取ったばかりの契約書を大切に抱えた。
「・・・これだけの稼ぎがあれば、きっとすぐに父を呼べるわ。良いお医者様にだって掛かれる」
喜びと安堵に瞳を滲ませるメイコに、ミクは優しい微笑みを浮かべた。
「良かったわ。家族が一緒にいられること以上に素晴らしいことはないもの」
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第0話】後編
本編第1話に続きます。
http://piapro.jp/a/content/?id=mgcj48azxthhnotx
やっと長い前置き終了。めーことみくの出会い編でした。
未だに他のキャラが誰一人登場してません・・・。
次回から、やっとオールキャストでお送りできると思います。
長々読んでくださった方ありがとうございます。肝心のロマンスはここから先になるので、もうちょっとお待ちくださいませ。
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ブクマつながり
もっと見るもう間もなく結婚式が始まる。
ここ、シンセシスの若き国王と、その王妃となる人の結婚式だ。
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