籠の中の人1
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貧しい農村から人買いに買われ、鶏を売るような粗末な籠に入れられて売られていた子供だった。
それがよくあることかどうかの判別も付かない私は、おそらく売り手の最大限の見せ方としてむしろの上に、同じ籠の中の子供と並んで座っていた。
私は籠の中にいて鳥が籠の外を小さい足で跳ねる。地面をつつく様に「その土はおいしいのだろうか」 と思ったが、すぐにそれすらも考えなくなった。考える体力もなかった。私は疲れ切っていたのだ。
幾人かいた子供たちは売られていくか死んでいった。あの買い手は嫌だと籠の中から品定めする気力さえなく、怪しげな手に引かれていく。
私も例外なく、夜明けからむしろの前に足が止まるのを待たされた。そしてその日はきて、
「――…これがいい」
頭上から降ってきた声に、私はのろく顔を上げた。白っぽい羽織りのせいかその翁を鶴のようなと思った。
長い道を歩かされたような短かったような、鶴の翁は急かしはしなかった。私は首から下がった麻縄を牽かれるまま黙って付いて歩き、たどり着いた先は大きな屋敷だった。
商売をしているらしく人の出入りが多い。私の性別からして女郎屋だと思ったが、裏口から入らされた瞬間に過ちだと気付いた。
「…その子、どうしたの」
美しい日本庭園の向こうに、青い空が広がっていた。まるで夢のようだと思った。
大きな池を挟んで、障子が開け放たれた広い部屋がある。清潔そうで調度品も見たことがないくらい綺麗で、世界で一番綺麗な場所だと思った。
そして中央に敷かれた蒲団に座る少年にさらに心が惹き込まれた。
あまりにも頼りげない少年は青い顔をして、睫毛すら重たいように緩慢にまばたきをして私を見た。そして、微笑みかけてきた。
「…きみ、新しく雇われたの?」
「っ若旦那様、起きられてはお体に障ります」
鶴の翁は私の縄から手を離し、慌てて少年の方に向かった。
「大丈夫。今日は具合がいいもの」
少年は言いながらも鶴の翁が肩に羽織をかけるまま、うなずく。
そして私を見て、
「後で僕のところにおいで。お菓子をあげる」
「……風が出てきましたから」
少年を気遣うように言いながら鶴の翁は障子を閉めた。
障子の格子が私が入っていた籠に見える。
「……、…あの人も、籠ノ鳥なのかしら…」
コンコンと咳き込む声が聞こえた。
どうやらこのお店で奉公するために買われたらしい。
しかもここは素晴らしいところだ。私はそう思っていた。
初日に体を洗われ、着物を与えられた。柄こそ華やかではなかったが、破れ垢にまみれて変色していた元の着物よりよほど上等な着物だった。朝夕には食事が与えられ、拭き掃除や店の勝手方の雑用は辛かったが、苦ではない。
他の奉公人たちもみな優しかった。殴ってくることもなければ、食事を奪ったりもしない。さらにいえば若旦那様が気にかけて下さることが、何よりも嬉しかった。
若旦那様はお体が弱く、亡くなられた奥様に似たらしい。
お顔もそっくりだということで、旦那様は若旦那様をとても大事にされていた。若旦那様が私を話し相手にしていると聞かれ、私はそれだけで褒めていただけた。
お優しくて豊かで、ここはとても幸せなところだった。
それがずっと続くと思っていた。
しかし、
「――…あぁ…僕が死ねばよかったのに、…っ」
あるとても暗い日、若旦那様は崩れるように泣き臥した。
流行病で、旦那様が亡くなられたのだ。
病弱な若旦那様に代わり番頭が仕切り、葬式が行われた。お優しい旦那様を失い、店中のあちらこちらからすすり泣く声が聞こえた。
私は若旦那様の側にいた。
若旦那様はそれから長いこと床に伏した。
江戸を離れていた旦那様の弟がふらりと帰ってきて店を取り仕切った。
厭な男だと奉公人たちは言ったが、私は怖い人だと思った。変な凶暴さが人買いに似ているようだった。
旦那様の弟は若旦那様の代わりに店に出た。
品の質が落ちただとか、いい奉公人が替えられただとか、よその店の話のようなことが囁かれた。それでも旦那様の弟は商売は得手だったらしく、店は大きくなった。
そして、私はその頃に女になった。
私はそれがどういうことか分からぬまま若旦那様に「血の匂いがする」と言われ「それは私です」とお答えしてしまった。
妙に照れた若旦那様に同じ勝手方の奉公人を呼ばれ、彼女に教えられて、対処法を教えられた。
そして、若旦那様に、
「……お前もそういう年なのだね。では言うけれど、…私が店を継げるようになったら、お前を嫁に迎え入れたい」
そう告げられた。
「いい?」
おとなしげな若旦那様にそっと手を握られ、私は泣きそうなほど嬉しかった。
事実泣きながら、若旦那様の綺麗なお顔を見つめていた。雛人形のように穏やかで美しい人なのだ。
「っ…、…私などで、っ、よろしいのですか?」
「――……いつも、此処にいなさい」
抱き寄せられ、私は幸せに酔ったように目を閉じた。
こんな幸せは、まやかしですら私に与えてはくれまい。
若旦那様は私に簪を下さった。
綺麗なそれはべっ甲というらしい。私は浮かれていた。店の奉公人たちは昔からいる者たちは分かっていたという顔をした。それ以外の者たちはあまり話さないのでよく分からない。
そして夜明けの晩に、
「――……お前、あの娘は駄目よ」
旦那様の弟の妻が、若旦那様に言った。
私は二人の茶の載る盆を持ったまま、廊下から動けなかった。障子の蔭で二人には気付かれていない。
そしてそのまま後ろに引き摺り込まれた。
「ッ……」
声も出なかった。
それでも背後から口を押さえられ、ずるずると引き摺られる。背後で荒い息が耳を掠めていた。
蔵の影に隠れ、羽交い絞めにされる。
でもそこからでも二人の話し声は聞こえた。
「お前は義兄さんの子だし、私は子供ができないようだし、いずれはこの店はお前に継がせるつもりだよ?でもね、それならなおのこと家に相応しい娘じゃなきゃね」
「でも、僕はあの子がいいんです」
「お前ね、好いたというのではないの。遊びなら外に探してやるから」
「遊びではないんです」
「、…遊びの方がいくらかいいよ」
「っ、お願いです。僕はあの子がいいんです」
「分かった。それなら妾にでもすればいいじゃないか。その代わり嫁取りは私らの言うままにしてもらうよ」
「っ嫁なんて…ッ…コホッ、」
「ほら、この話は終いだよ。お前は養生しなきゃ」
「でも、」
障子に映る影で、旦那様の弟の妻が若旦那を寝かせたのが見えた。
若旦那が庇ってくれたのが嬉しかった。
妾でも嬉しかった。
若旦那と結ばれるのなら。
あぁ、でもそれなら、後ろから私を犯しているのは誰なのかしら。
続く
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「籠ノ鳥」
作詞:まなみん
作曲:MazoP
編曲:MazoP
唄:鏡音リン
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