僕は鏡音レン。他人からは世紀の名探偵だなんて呼ばれている。今はこの街で1つの探偵事務所の所長を務めている。十代の少年にしたら出来すぎた快挙だろう。そんな所長の椅子が身体に馴染み始めた頃、一人の老婆が僕の事務所を訪ねてきた。何でも半世紀以上も前に起きたある凄惨な事件について調べて欲しいというのだ。僕もその事件に関しては知っていた。街外れにある洋館で開かれたパーティで、参加者の全員が死んでしまったと言われている事件のことだ。何でも老婆はその参加者の中でも最も幼かった少女の母親ということで、この半世紀の間、娘の行方を捜してさまよっていたそうだ。探偵事務所へも何度も足を運んだが、なぜか全ての事務所に断られてしまったらしい。でも、僕はその理由を知っている。あの事件のことは、僕達探偵業界では一種のタブーなのだ。半世紀以上誰も解けなかった謎…次々と行方不明になった優秀な探偵達…それだけでこの事件が敬遠されるには充分だった。僕の記憶が正しければ確か、6年前に街のポワロと唱われていた探偵が洋館に入っていったのがこの事件に関する最新情報だった。そう、ポワロは洋館から出てこず新たな謎のみが残った。不安げに僕の表情を伺う老婆。
「分かりました。お引き受けしましょう。」
僕は老婆にそう告げた。老婆の顔が一気に明るくなる。別に僕がこの仕事を引き受けたのは、老婆に同情したからでも、ポワロはじめ名探偵達の行方を捜すためでもない。単純に僕の実力を試したい。この事件を使って、僕は自分に課題を与えたのだ。お願いしますとにこやかに言って事務所を後にする老婆を見送ったあと僕は黒のコートを掴む。
「お出かけですか?」
助手の女性が僕に問いかける。
「ああ、例の洋館まで…遅くなるだろう。」
「あの図書館ですね。充分お気をつけてくださいね。最近はあの図書館、事件の被害者の幽霊が出るなんてうわさも聞きますから…」
そうか、今はあの洋館は図書館になっていたんだっけ?助手の言葉でそれを思い出す。それにしても…
「幽霊なんて…お前も仮にも探偵だろ?本気で言ってるのか?」
僕はそう言って助手を笑った後、コートを羽織り事務所を後にした。
まだ朝の早い時間のせいか、東からの日の光が眩しかった。事務所から洋館までは海に向かって30分程かかる。しかし、僕は他人よりも歩くのが早い。20分程で洋館の扉の前まで着いてしまった。僕は雨の跡が残り薄汚れたドアノブに手を伸ばす。もちろん手袋はしている。
ギィィィィィ…
扉が慣れない動作に悲鳴を上げているのを無視して、洋館の中へと入っていった。
コッコッコッ…
僕は玄関ホールで面倒そうに紅茶を飲んでいる男性の下へ一直線で進んだ。ここが廃墟ではなく、助手の言ったような図書館なら、無断で調査するのではなく主に挨拶程度しておかなければなるまい。それに、もしかしたら道案内程度の役に立つかも知れない。
「…いらっしゃい。」
男性は心底面倒くさそうに言うと、僕をギョロリと見てきた。僕は怯むことなく男性を観察した。他人を紹介する様子もないし、この男がこの屋敷の主、館長ということで間違いないだろう。しかし、近づくと酷い加齢臭と腐敗臭だな。優雅な紅茶の香りが台無しだ。まっ、とりあえず挨拶だな。
「はじめまして、館長さん…突然押しかけてすみませんが、例の事件の調査をしたくて参りました。僕は、鏡音探偵事務所のレンと申します。」
自分でも満点をあげたくなるほどの完璧な挨拶だと思った。男性は僕の挨拶が済むとこれまた面倒くさそうにため息を1つついいて、
「…分かりました。それでは書庫にご案内しましょう。」
と言った。おそらく書庫と言うのはあの事件の舞台のことだろう。僕は立ち上がった男性に続いて歩き出す。
コッコッコッ…
「ここから先は、貴重な資料等もございますので手袋の着用をお願いできますか?」
1つの豪勢な、しかし古ぼけた扉の前で立ち止まった男性にそう言われ、僕は両手を相手に見えるように掲げた。もちろん、面倒臭そうにだ。
ギィィィィィ…
想像通りの悲鳴を上げて扉が開かれる。ここが、あの事件の現場…
コッコッコッ…
男が電気をつけると、かろうじて明かりを灯したようにそれは輝きだした。そして部屋の全容が明らかになる。四方に本棚があり入り口脇に司書机がある以外は事件当時そのままのようだ。擦り切れてぺらぺらになった絨毯がそれを物語っている。
「ご自由に。」
そう言うやいなや男性は司書机に向かいまた一人で紅茶を飲み始めてしまった。どんだけ紅茶好きなんだよ。僕は心の中でそう突っ込みを入れて。作業を開始した。まずは物証を集めるのが常套手段だろうと思い僕はまず指紋や靴型を調べだした。ある程度の資料は、調査に失敗して屋敷から解決の「か」の字も持ち出せなかったヘボ探偵達の書類に目を通していたので知っていた。あとはそれに当てはまる物証を見つけることだ…
半日が過ぎた。僕は未だに何も掴めていなかった。半世紀以上も前の事件。このぐらいは覚悟の上だったが、さすがに収穫ゼロとなると名探偵のプライドが許してくれないところもある。そんなときだった、あの男性が口を開いたのは…
「君が本当に真実にたどり着きたいならば、私は床ではなく本を調べることをお勧めするがね。」
「本…ですか?」
何を言っているんだこの男は?本なんて事件の時にはなかったはず…その本にヒントなんて…
「例えばこれなんか…」
僕がまだ納得をしていないのに、男は一冊の本を薦めてきた。「ぼくにピアノを弾かせて」本の背表紙にはそう書かれていた。僕は半信半疑のままその本を手に取る。そして読み出そうとしたが、この部屋には椅子がなかった。部屋の隅にあるピアノにさえもだ。おおかたそのピアノの椅子は今司書机の下でこの男の体重を支えているのだろう。僕は微笑む男に最大限の妬みを込めた目を向け。その場にあぐらを掻いた。あぁ、コートが埃で汚れてしまった…
僕は沈む気を抑えて本を開いた。すると何だろう?今までに味わったことのない感覚に襲われた。それはまるで、物語に吸い込まれていくような…
episode1 ―ぼくにピアノを弾かせて―
犯人の物語―ナゾトキ・ナゾカケ・ぼくにピアノを弾かせて(プロローグ②)―
かの有名なひなた春花さん(http://piapro.jp/haruhana)の名作ナゾトキ(http://piapro.jp/t/1XmV)・ナゾカケ(http://piapro.jp/t/WzK5)・ぼくにピアノを弾かせて(http://piapro.jp/t/Trb-)をまとめて小説にしてしまおうという思い付きです。
プロローグがプロローグって長さじゃなくなってる(爆)
本編どんだけ長くする気だよ、オイッって話ですよね。ご安心ください、本編のが短くなる可能盛大ですので(←オイ)
今回はレン視点ということで、高飛車なレン君を書くのは楽しかったですね。
続きはこちら(http://piapro.jp/t/x8k2)
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