後ろから聞こえた破砕音に先輩も振り向く。バイザーのなくなったヘルメットの中から、かすかに赤い滴が宙を舞って流れていく。二人とも、最悪の事態を想定して凍り付いた。
 しかし、次の瞬間。
「し、死ぬかと思ったああああ!!」
 仰け反った体勢から戻り、卓は割れたヘルメットを投げ捨てて額を拭う。
「うわ、こめかみのところ切れてるし?!傷口が痛いというか熱い!」
 自分の顔から流れる血を拭ってそんなことを言っている卓の姿に二人は唖然としつつも安堵する。
「熱いじゃねぇ馬鹿野郎!寿命が縮むかと思ったわ!」
「そ、そんなこと言ったって・・・・って先輩、あれ?!」
「今度はなんだよ馬鹿・・・・ってうおお?!」
 ほっとしたのも束の間、卓の指さす方をみて、二人は再び凍り付く。
 煙のはれたその先。レン達のいるはずのその場所には、全く見知らぬものが走っていた。
 車体は先程までの旧世代的な重量感ある厳ついものではなく、流線型の近未来をイメージさせるボディで、タイヤが車本体から離れた随分と車としては異質なフォルムをしていた。車、と言うよりも蜘蛛のような感じだろうか。
「もしかしてあの角ばってたのって全部増加装甲だったのか・・・?」
「ふはははっ!どうかね諸君、このビリーの真の姿!」
 そんな如何にも悪者の吐きそうな台詞が大音量で響いてくる。
「な、なんか言ってますよ」
「あいつら、わざわざ外部スピーカーまで付け足してるのか・・・・」
「「なんちゅう無駄を・・・」」
「みぃ~・・・・」
 露骨に嫌そうな顔をして二人の口からため息が漏れる。はちゅねでさえ、卓にどこから出したのか、大きな絆創膏を貼り終えてやれやれだぜと首を振る。
「こらそこ!無駄とか言うな、無駄とか!ちょっと、レンも隠れて頷いてんじゃないわよ!これだからロマンの分からん連中は・・・あ、ミク姉、え?そこでみかん見つけた?くれるの?マジで!うは、ありがとうミク姉!やっぱり味方はミク姉だけだよ」
 駄々漏れで聞こえてくる向こうの会話に、男二人はその顔に暗い影を落としてやるせない乾いた笑いが漏れる。
「・・・なんか、ほのぼのしてんな。頭の悪い会話が激しく癇に障るんだが・・・」
「これまでの努力とかちょっとした緊迫感とか返してほしい・・・」
 一瞬にしてギャグのような空気に色を変えられてしまった。
 ふと卓が顔を上げると、そこにはちょうどミクの姿が見えた。やっと会えた彼女に、思わず名前を叫ぼうと思ったそのときだ。
 いそいそとミクが自分の座席付近から何かを出してこちらに翳して来る。
 四角くて白いホワイトボードに一言。
『みかん食べます?』
「随分馴染んでますねあんた!?」
 信じられないものを見た気持ちで卓の背が再び丸まる。
「ん?なんか二人とも背中が負け犬のように丸くなってない?ま、そんなことはいいや。さて、それではこれから君たちにはビリーの真の力を見せてあげよう!」
 みかんを食べながら言われても全くなんの感情もわかない二人だった。しかしそんなおちゃらけた雰囲気とは打って変わって、ビリーが突如車とは思えない挙動で後ろを向いた。一般では考えられない動きに対して、卓達はただ硬直する。
「見たまえ、これがビリーの奥の手だ!今私うまいこと言った!」
 そして車体が軽く浮き、フロントバンパーの下から信じられないものがでてきた。
 長く伸びた人間のような無骨な鉄の手だった。
 それに合わせてリンの座っていた助手席が浮き上がり、操作用のコントローラーが椅子から延びてくる。
「ちょっ、おま・・・っ?!」
 あまりの非現実的な出来事に先輩が意味の成さない悲鳴を上げる。そんなことには関わらず、突如出現した両手は勢いよく左右へと広げられ――
「ふんぬっ!!」
 蠅たたきの要領でバイクを挟み込もうと風を切ってでかいフライパンのような手が迫ってくる。
「「ぎゃああああああああ!?」」
 まるで悪夢のようなその光景に、二人は死に物狂いで叫んだ。確実に死を意識したその瞬間、先輩のとっさの判断によりスピードが緩められて間一髪のところで回避に成功する。目の前でぶつかって響く破裂音のような音に、二人の全身から冷たい汗が流れる。
「む、無茶苦茶だ・・・」
 こんなものにぶつかったらホントに死んでしまう。
「殺したりはしないわ。だけど、残り時間はあと10分、その間ミク姉に手が出せないように握りしめててあげるだけだから。だからここはおとなしく捕まっちゃえ、てか捕まれ!」
 そう言ってまたものすごい勢いで風を切って手がバイクを掠めていく。
「いや死ぬから!あの速さは確実に潰れるか吹き飛ばされるから!ちょっと人間に期待しすぎだよお前?!」
「いやだなぁ、そんなことで死んだりしないよぉ。ほら、人間ってすっごいたくさんの骨とか筋肉とかで出来てるし。脳みそなんか未だその殆どが未使用らしいじゃん。この機会になんかそういうモンに目覚めたりして手からビームとか出るようになるかもよ?」
 おほほほ、と朗らかな笑みを浮かべてリンは答えつつ両手の操作レバーを軽やかに操作する。
「ふざけんな、なんだそのウジの沸いたような台詞は!てかあれだろ、そういうこと起きたらいいなとは思ってるけど正直そんなの起きるとは思ってない現実主義タイプだろその顔?!」
「いやいや、むしろそういうの起きてくださいと寝る前に覚えてたらなんとなく知らないどっかの神様に祈る感じ?」
「ちょっとメルヘン少女なとこがむかつく?!」
「白馬の王子様的存在は誰もが一度は夢見るものなのだよ。メルヘン万歳」
「ハッ!キャラじゃねぇだろうが!」
「は?何言ってんの、めっちゃど真ん中ストライクでキャラ設定的にもありな思考だっての!乙女心の欠片も理解できないようね、そんなんだから未だに一方通行なんだよあんたは!」
 その言葉に先輩の頭の血管が切れた。
「お前にンなこと言われる筋合いないわ馬鹿がッ!!」
 しかし馬鹿という言葉に反応したのか、リンは一度跳ねると俯いて小刻みに震え始める。
「馬鹿?!馬鹿とは・・・」
 ぐわっと一気に頭を上げて力任せにレバーを引く。
「馬鹿とは何だあああああ!」
 これまで横に振り回されていた腕が縦に垂直に振り降ろされる。それをまたもやギリギリのところで避けると、コンクリの道路が容易に砕けた。
「ぎゃあああああああ!リン、お前本気か?!」
「私は人生常に本気で生きてるわ!」
 二人は思った。
 ああ、この子はあれなんだな、と。
 的外れな答えに、卓も半泣きになりつつも何故か少しリンを生暖かい視線で見つめてしまう。
「さぁ、私のことを馬鹿と呼んだことを死んで詫びさせてあげる!」
「おおい、目的変わってるぞ?!」
「うるさーい!そんなこと知ったことかー!」
「こんの直情馬鹿・・・ぎゃあああああああ!?」
 再び振り下ろされる鋼のチョップ。粉塵が大きく広がって一瞬視界を真っ白にする。
「また馬鹿言ったな?!死なす、あんただけは前々から土にしてやると思ってたけど今日死なす!そして貴様から生成した肥料を使って色とりどりのアジサイを咲かせてやる!」
「先輩、頼むから煽らないでください!アジサイになるのは嫌です!ってかせめて俺を巻き込まないで!」
「お前結構白状だな?!だってあの馬鹿が・・・・」
「むきゃああああああああああああッ!」
「「アッーーーーーーッ!!」」
 奇声と共に手刃が勢いよく降りかかる。まずい、このままだとこんな幼稚なトークで自分の命が消されつつある。それはなんだかいろいろ不条理な気がして凄く嫌だ。出来ることなら自分の知らないところで勝手にやっていて欲しい。
 そんなことを思っていると、前の方からレンの悲鳴のような声が響いた。
「おい待てリン!う、うわっ!?」
 それまで流れるように走っていたビリーの動きが挙動不審になった。
「どうしたビリー?!」
『両椀部接続フレームに過剰疲労付加。車体の基礎フレームにも影響あり。サスペンションに以上確認』
 事務的な内容の文字列が画面に浮かぶと、レンの顔が苦々しく歪む。
「くそ、思ったよりも疲弊が早い・・・っ!所詮は試作機かっ」
 そう毒づく間も、次第にビリーの挙動は激しくぶれるようになる。
「ちょ、ちょっとこれ何とかしてよレン!?」
「今やってる!くそ、どんどん状況が悪くなる・・・」
 二人の焦りが露骨に挙動へと伝わる。その隙を先輩は見逃さなかった。
 縦横無尽に振り回される両腕を掻い潜り、卓達は遂にビリーへの併走を成功させる。
「おい、早く車を止めろ!このままじゃ壁にぶつかる!」
「分かってる!だけど下手にスピードを落とすと車体のバランスが崩れて倒れかねないんだ!」
 レンの悲痛な叫びが風に遮られながら響いてくる。
「あのアームパーツさえ取れれば何とかなる!」
 そう言って、レンが右へ左へと揺れる両腕を指差す。既にコントロールを失い、ただの飾りと化しているようだ。その光景を見て先輩は舌打ちをする。
「そっちから外せないのかよ!」
「最終ロックがアームの根元部分にある!だからそれをそっちから直接押してくれ!」
「押してくれって言っても・・・・・」
 先輩はアームへと視線を向ける。あんなにも四方八方に動かれてはむやみに近づけない。だからといって、あちらはあちらでレンは運転、リンは安定させようと必死でアームの操作を続けている。
 どうやらかなりの無茶になるが、こちらがやるしかないようだ。そう思い、バイクを移動させようとすると、
「待ってください、ミクがやります!」
 後部座席からミクが現れ、ふらふらとぎこちなく立ち上がって叫ぶ。その姿にレンやリン、先輩も驚いて目をむく。
「駄目だ、ミク姉には危険すぎる!」
「ここは私らに任せてよミク姉!」
「だけど・・・・このまま何もしないんじゃ・・・ッ!」
 先ほどまでの緩んだ空気から一転して、ミクの表情にも焦りの色が浮かぶ。
 何かをしたいと思う自分の心。自分だって、何かの役に立てるんだ。しかし、それは周りの優しさに潰されていく。
 胸を突くような寂しさがこみ上げて、腰が沈みかけたその時―――


「ミク!」

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小説『ハツネミク』part.3双子は轟音と共に(8)

また少し間が空いてしまいましたが、何とかこのお話を続けられています。
そろそろこのpart.3も終わりに出来そうです。
かなり内容を削ってしまったので少し物足りない感じになってしまいましたが、読んで頂けたら幸いです。

閲覧数:107

投稿日:2009/08/19 22:40:20

文字数:4,200文字

カテゴリ:小説

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