興国の軍事力が、何者かによって見る見るうちに削ぎ落とされていく。
いや、誰かなんて想像はついてる。
なぜそうなったのかも。
経緯がどうあれ興国は国として形骸化を始めている。
もうあの国は長くない。
でも、あの国が消えたら、この基地はどうなるのだろうか。
あの国から差し向けられる領空侵犯機に対応するために建設されたこの基地は。
何より気になるのが僕らだ。
あと少し、あと少しで、あと少しでここを出られて自由の身になれる。
しかし、その後僕と、ミクはどうすればいいのだろうか。
僕は三年前、ある過ちを犯して元いたある企業、クリプトンから去った。
ミクを・・・・・・連れて・・・・・・。
だが後悔はしていない。それは僕の使命だったのだから。
その後、貯蓄で暮らしていた僕らの元に、突然軍の人間が来た。
「彼女と来てほしい」
僕は拒んだ。拒否した。
絶対にミクを軍事利用させたくなかった。
しかし、ミクは自ら軍に行くことを決意した。
その理由はたった一つの言葉。
「翼」
ミクは空が好きだ。
いつも空を見上げては、今日は空がきれいだ、とか、わたしも鳥みたいに飛んでみたいと言っていた。
五体不満足な体に手足を、更にその背中には翼を上げよう。
と、優しい声で誘惑したのが、この基地の司令、世刻大佐だった。
ミクは、それを強く希望した。
あの時のミクの、瞳の奥に強い志を感じたのを今でも覚えている。
そして僕は、防衛省技術研究部が昇進、独立した機関、
日本兵器技術開発局で言われるままにミクの戦闘用改造を行った。
人間という部分を残して。
彼女には手足、そして翼が与えられた。
実験飛行で初めて空に舞い上がったミクの顔は、希望に満ち溢れていた。
その時だけは、軍に来たことを少しだけありがたく思えた。
しかし、後に兵器として彼女は使役され既に何人もの人間を殺してしまった。
強制的に戦意を高揚されられたミクは、殺戮兵器へと変貌していった。
高性能な、兵器として・・・・・・。
だけど、それももうすぐ終わる。
ミクと、家に帰れる。
でもやはりそれからあとにどうするか、まだ僕の頭の中にいい案は無いのだ。
「博士。」
隣にいるタイトが短く呼んだ。
「なんだい。」
「博士とミクは、もうすぐここを出て行くんですか?」
タイトも知っているらしい。
「どうして、そんなこと知ってるの?」
「ワラがそう言ってたんです。」
「・・・・・・ああ。」
「何所に行くんですか。」
「僕は・・・ミクと一緒に帰るよ。家に。」
「家・・・・・・ですか。」
「もっとも、そのあとどうするか、たった今まで考えてたけどなかなか思い当たらなくてね。」
「俺たちは・・・・・・。」
タイトが膝で眠っているキクに視線を落とした。
キクはこの部屋にいるとすぐにタイトに身を任せて寝てしまう。
「俺たちはどうなるんでしょうか。」
「あ・・・・・・。」
僕は言葉に困った。
普通に答えれば、それは、まるでタイトとキクを置いていくみたいじゃないか。
「俺とキクだって、博士に作られました・・・・・・俺だって、博士のそばに居たいんです。」
「・・・・・・。」
そうだ・・・・・・。
ミクと暮らし始めた後も、僕はまだクリプトンを出ていなかった。
ミクの技術を使って、新たに二人のアンドロイドを開発していた。
それがタイトとキク。
その時は、開発がミクの時よりスムーズに進み驚くべき早さで二人が完成した。
だが、それで安心して気を抜いたのが間違いだった。
二人がコンピューターウィルスに感染した。
タイトは僕も、仲が良かったキクも恐れるようになり、ただ研究室の隅で蹲っていた、閉鎖的な状況だった。
キクは狂乱状態に陥り身の回りにある全てを壊し始めた。
研究室の機材をめちゃくちゃに壊した。
僕も、キクに何度痣をつけられたことか。
僕を含む社員達が必死に取り押さえ、バッテリーが切れるまで持ちこたえた。
それが原因で、二人も軍事利用されることが決定してしまった。
感情を、人間らしさを取り除かれて・・・・・・。
僕もそれと同時に責任を負って辞表を提出する予定が決まった。
軍に連れて行かれる二日前の夜、突然キクが目覚め、僕に襲い掛かった。
他の社員は全て退社していて、薄暗い部屋の中で僕はキクに首を絞められた。
恐ろしい力だった。
そのときタイトも目覚めた。
彼は僕からキクを引き剥がすと、必死に取り押さえた。
暴れるキク。タイトは右目を壊された。
それでも暴れるキクに、タイトはなんと、
優しく抱きしめたのだった。
途端にキクは静かになり、数秒後にすすり泣きと、そして、
「ごめんね」、と何度も謝る声が聞こえてきたのだった。
二人は正常に戻った。
それでも軍に連れて行かれ、僕はとうとうクリプトンを去った。
二人が何所でどのような改造を受けたのかは僕も知らない。
だが、今こうして僕の目の前にいるタイトとキクは、感情も、五感もある。
人間らしさを持ったまま兵器化されたということになる。
一体誰が?
その答えはいまだ見つけ出せずにいる・・・・・・。
「ごめん。タイト・・・・・・。」
「博士・・・・・・!」
「僕には、どうしたらいいか分からないよ・・・・・・。」
そのときキクが起き上がり、僕に抱きついた。
「ひろきー・・・・・・。行っちゃ・・・いや・・・・・・!」
「聞いてたのか・・・キク・・・・・・。」
僕も、キクを抱きしめた。
僕だって、タイトとキクと別れたくないんだ。
僕がミクとここを出て行ったら、多分、
二人とは二度と会えないだろう。
その後も、二人は兵器であり続けるだろう。
ワラさんも、ヤミさんも。
彼女達を見捨てることはできない。
でもどうしようもない。
僕は、今後について更に迷ってしまっていた・・・・・・。
ニュースでは例の国籍不明軍の攻撃した興国の軍事基地の様子が映っていた。凄惨な光景だった。
いや、俺達にとってはもはや不明ではない。
他の隊員たちも、あの任務の存在を知ってから徐々に気づき始めている。
それより重要なことがある。
あの国が丸腰になろうとしている。
あの国が無力化されたら、それは即ちこの水面基地の存在意義が無くなるということだ。
存在意義の無くなったこの基地はどうなる?
解体されるか、
それともただの空軍基地として機能し続けるかのどちらかだ。
解体されれば解体されたで俺達の部隊はそのままか散り散りになるかの違いだけで、またアグレッサーに戻るのだろう。
そうすれば週末の夜には基地を出、僅かな間だけ外の世界を歩くことができる。休暇を貰えば家族とも会える。
そのまま残れば、またいつもの毎日を繰り返す。
外の世界を見ることは数年先になるだろう。
とにかく、どちらに転んでも俺は構わないのだが。
「なぁ隊長。」
俺の向かいのベッドで横になっている麻田が俺を呼んだ。
「何だ。」
「俺たち・・・・・・この先どうなんのかな。」
「どうした。急に。お前らしくないな。」
「だってよ、興国が段々と丸裸になってくけど、そしたらこの基地ってお払い箱じゃんか。」
「それがどうかしたか。」
「俺たち・・・・・・離れ離れか?」
「そんなことないよ!」
俺の真上の朝美がいきなり顔を出した。
「僕達だけだよ。あの機体を動かせるのは。それに、僕達は四人で一つじゃんか。ミクちゃんもいるけど。」
「そうだな。僕達は・・・・・・アグレッサーの頃かな、出会ったのは。あのときから一緒だった。」
気野が懐かしそうに言った。
そう、俺たちが出会ったのは二年前にある空軍基地で次世代機のテストパイロットとして集められた時だった。
当然、新たに開発する機体の専用パイロット、強化人間に相応しい人間を選定するために優秀な人材が集められた。
テストにテストを重ね、百人の中から最終的に残った三人が強化人間計画に選ばれた。俺と、麻田と、気野の三人だ。
三ヶ月に及ぶ手術の後、そして初の実用ゲノムパイロットGP-0が誕生し、俺たちに加わった。型番では気に入らないせいか名前をつけようと俺と麻田で考えた。そして朝美舞太と名づけた。
俺たちは開発された新型機、ブラックソードに搭乗し、さまざまなデータを集めた。途中で新しく建設されたばかりの水面基地に異動し、一年間を過ごしたあと、最後のテストを行った。新しく配備された、ミクとの模擬戦だ。
今思えば、あっという間の出来事だった。
「ずっと、一緒だよな。」
麻田が静かにつぶやいた。
「でも・・・。」
朝美が何か言いたそうに下を向いた。
「ミクちゃんはどうなるんだろう。キクちゃんも、タイトくんも、ワラちゃんも、ヤミちゃんも・・・・・・。」
「・・・・・・。」
彼女達はどうなるのだろうか。
何より、網走博士。
ここに残るか、或いは別の基地、別の部隊に飛ばされるか。
どちらにしろ、まだ俺たちの行く末は見えない・・・・・・。
あたし達は、もうすぐミクと別れなくちゃならない。
敵の国がどんどん弱くなって、最後には消える。
そしたらミクの戦う理由は無くなって、大好きな博士と一緒に帰っていく。
何で家かは知らないけど、帰る場所があると思うとミクがうらやましい。
だけど、ミクとは、もう・・・・・・。
ちょっとの間だけど、一緒に飛んで、一緒に戦って、それで、キスまでして。
あたしとミクはすごい仲がいいはずなのに、両思いなのに。
あたしも、ミクについていけたら・・・・・・。
でも、そんなことできやしない。
あたし達は兵器。
人間の思うとおりに動かなきゃならない。
もともと兵器のくせに感情なんて持つべきじゃなかった。
感情なんて持ってしまったから、こんな思いをしなきゃならないんだ・・・・・・。
ミクがいなくなったら、あたしはどうすればいいの?
この気持ちをどうすればいいの?
なら、
それまで、
できるだけミクと一緒にいよう。
「ワラ。」
ミクがあたしを呼んだ。
ソファーで、お互いに、肩を寄せ合って。
「どうしたの、ミク。」
「わたし達・・・・・・もうすぐ離れ離れだな。」
「そうだね・・・・・・。」
「また、会えるかな?」
こりゃまた、切ないことを言ってくれるよ・・・・・・。
「うん。絶対あえるよ。」
とりあえずそう言うしかなかった。
「ワラ・・・・・・。」
ミクに会うまで、あたしはひたすら戦い続けていた。
誰が作ってくれたかもわからず、ただ兵器として生きてきた。
仲間はいるけど、どれも無表情で、何かが足りなかった。
一応、タイトさんのおかげで明るい性格になることができた。
それからは、いろんな人相手に明るく振舞い続けてきた。
それでも何かが足りなかった。
そんな時、ミクに出会った。
あのタンカー事件のとき。
最初はどうも警戒してたみたいだったけど、あとでミクといろんなこと体験して、いろんな話をして、とにかくミクはあたしに今まで知らなかったことをたくさん教えてくれた。
ミクにあって本当にいろんなことを学んだ。
それに・・・・・・ミクが好きになった。
「ねぇワラ。」
とつぜん、横からヤミが口を挟んできた。
「何さ。」
「それは、たぶん無理。」
!
「どうしてさッ!」
どうして・・・どうしてそんなことがいえるの?あたしとミクの前で。
「ぼく達は、兵器なんだ。だからミクが兵器でなくなったら一緒にいられなくなる。」
「・・・・・・!」
「ヤミ!言い過ぎだ!ワラがかわいそうだ・・・・・・!」
ヤミのあまりに平然とした言い方に、もう怒る気も出なかった。体から力が抜けた。
「ワラ・・・・・・?」
「ミク・・・あたし・・・あたし・・・・・・。」
初めての感覚。
目が熱くなる。
「ミクと・・・・・・ミクと離れたくないよぉ・・・・・・!!!」
あたしは、ミクのやわらかい胸に顔をうずめて泣いた。そんなあたしを、ミクは静かに抱きしめてくれた。
これが涙なんだ。
ミクと出会って、本当にいろんなことを教えてもらった。
笑うこと・・・恋すること・・・そして、泣くこと。
ミクがいなくなったら、もうこんなことを感じることはないだろう。
あたし達は、ここに残るか、またどっか飛ばされるかどっちか。
でも、もうどうでもいい。
ずっと、こうしてミクの胸に抱かれていたいと、ミクと一緒にいたいとしか考えられない・・・・・・。
それ以外は・・・・・・考えたくない・・・・・・。
俺は歩みを急いでいた。
今すぐ、司令の部屋に呼び出さなければならないものたちがいる。
何の用事かは、大体察しがつく。
彼らにとって、最大の、
そして、ミクにとって最後の任務が始まろうとしているのだ・・・・・・!
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