10、俺と彼女の時間はたぶんこれからも続いていく
臨海学校二日目の早朝。
二階の休憩室近くにある、洗面ゾーン(名前がよくわからないからそういうことにしておく)に歯ミガキセットとタオルをもって、松江と向かった。
そこには朝早いのに、人が少しいた。
その中にのっそりと背の高いクリーム色の髪色をした人が居た。ユウカだ。
「おはよー。ユウカ。よく眠れたかぁ?」
そう言ってユウカの肩を叩く。だが、ユウカは返事をしなかった?
おかしいと思い、ユウカの顔を見ると、ユウカの目は死んだ魚の目をしていた。
「どしたの?」
俺はそう言ってユウカを指でつつく。
「いやぁ。ちょっとねぇ……」
ユウカはそう言いながら、歯ブラシに歯ミガキ粉を付けて歯を磨き始める。
今日のユウカは、確実におかしい。
こんな元気が無いユウカを見るのは始めてだ。
横に居る松江も、驚いた顔をしている。
俺たちは、ユウカの横に陣取り、歯を磨く。
ちょうど、俺たちが歯を磨こうとしたときに、ユウカが歯を磨き終わった。そして、顔を洗い、ここを去ろうとしたときに、一言漏らす。
「好きな人に嫌われるって相当辛いね」
ユウカはそう言って、辛そうな笑顔を浮かべる。
「ちょっと待ってよ」
俺は、ユウカの袖を掴んでユウカを止める。
「そんな顔されたら、心配するだろ? 話くらい聴かせてよ」
俺がそう言うと、ユウカは「向こうで待ってる」と言って悲しげな背中を見せながら休憩室に入った。
「…………みたいなことがあったんだよぉ」
休憩室でユウカから話を聴き終わり、「なるほどねぇ」と一言漏らす。
どうやら、昨日のことらしい。俺も一部始終を見ていたので大体の予想はつく。
「へぇ、加治屋さんってエノヒロのこと好きだったんだね」
横に居た松江は、からかうように言った。
「両想いじゃん。よかったな」
松江は、そう言って俺の肩を叩いた。
「それはいいけどまずはユウカの問題でしょ」
俺はそう言ってユウカの肩に手を置く。
「どうしたい?」
そう言うと、ユウカはか細い声で「できれば仲直りしたい」と言った。
「加治屋さんはホントに優しい人なんだ。僕の悩みとかすんなり聴いてくれて。他人事なのに自分のことのように聴いてくれるんだよね。そんな人を傷つけてしまった自分が本当に情けない……」
ユウカはそう言って俯いた。
想いがこんなになるまで、ユウカは加治屋を思ってたんだな……。
俺なんか、なんで加治屋を好きになったのかわからないのに。
「俺が事情を話しとくよ」
俺はユウカの頭を撫でる。
「そんなに、気ぃ落としても仲直りはできないぞい。元気だしていこうや」
クリーム色の髪の毛をグチャグチャにかき回し、ユウカと松江と一緒に休憩室を出た。
*
朝、ユウカと約束をして、もう夕方になる。
二日目の夕食は、生徒たちでカレーを作るという鉄板ネタが仕込まれていた。
何度も朝のことを思い出して、考えていた。
加治屋は「カノという人が好き」と思っていたが、実は俺のことが好きだったのか?
じゃあ、加治屋は嘘をついていたってことか?
なんて複雑な考えが頭の中をひたすら浮遊していた。
「どうしたのよ」
円香の声が聴こえて、俺は反射的に振り向く。
「朝から元気が無いけど」
「あぁ。ちょっとな……」
俺はそう言って首筋を撫でた。すると円香は大きな鍋を俺に差し出してきた。
「あんたが居ないと、調理が進まないのよ。うちの班はあんたしか料理できないんだからね」
そう言って俺に鍋を押し付けてきた。俺は、断る理由も特に無かったので、鍋を受け取り「しかたねぇな」と言って調理場に向かう。
「悩みなら、今聴いたげるよ」
円香はそう言って顔を赤らめる。こいつなりに、少し気を遣って俺に言った言葉だったんだろう。
「たぶん、お前が知ってることなんだろうけどな」
「もしかして、鹿野君のこと?」
「珍しく、勘が冴えるな」
俺が目を丸くして円香を見ると、「いつもよ」と言って続ける。
「今朝、渚から話は聴いたんだけどね。結構渚も反省してたみたいだけど、権弘に言いたいことが言えなかったって後悔してるとも言ってた」
円香はため息混じりにそう言う。遠くに浮かぶ夕日が、円香と重なり合って妙に円香が大人っぽく見える。
久しぶりに円香と二人で話をした。
「そっか」
「言ってきなよ」
「え?」
円香は、黙って俺の鍋を取り上げる。
「あんたなら、渚の言ってたことが気になって気になってウズウズしてる筈よ。言ってこなくていいの?」
円香はそう照れるように言う。円香の言ったことは、俺にとって「早く渚から話を聴いておいで」というように聴こえた。
「……」
俺はしばらく考えて、円香の頭にポンッと手を置いて、ニカッと笑う。
「ありがとな。円香。いってくるよ」
俺はそう言って、加治屋がカレーを作っている班まで走った。
*
なかなか、加治屋が見つからない。
色んな人に話を聴いた結果、加治屋は【蕾の宮】館内に居るらしい。俺は【蕾の宮】に駆け込み、加治屋を探し回る。
加治屋は、三階の自室に居た。
「加治屋!」
ようやく加治屋を見つけて、名前を呼ぶ。
加治屋は驚いて振り向いた。窓から漏れている夕日が黒い加治屋の髪を赤く染めていた。
息を整えて、加治屋の顔を見ようとするが、松江の声が頭の中でフラッシュバックした。
『両想いじゃん。よかったな』
その言葉を頭で復唱すると、加治屋を直視することができない。
すぐ顔が赤くなってしまう。思わず、俯いてしまう。
「どうしたの? 顔まで真っ赤にして……」
加治屋は、そう言って俺の顔を覗き込む。
「い……や。なんでもない。なんでもない」
加治屋の覗き攻撃を回避して、ぎこちない笑顔を見せる。
「昨日のことなんだけどさ……」
俺がそう言うと、加治屋の顔も赤くなる。どうやら、照れているようだ。
「言いかけてたことって……なに?」
言う自分も照れくさくなって、拳で口を隠してしまう。
「聴きたい?」
加治屋はそう言って上目遣いでこっちを見る。これは反則だろ。かわいすぎる。
「できれば……聴きたいデス……」
恥ずかしさが最高潮になり、話す言葉が片言になる。二人きりなのでよりいっそうだ。
「昨日言おうとしたことはね……」
加治屋も決意を決めたようで、顔を赤くしながら口を開く。
その刹那、ユウカが頭に浮かんだ。
『好きな人に嫌われるって相当辛いね』
あの時のユウカの顔は、相当落ち込んでて世界の終わりのようだった。
ユウカも加治屋のことが好きなのか……。
好きになった理由もわからない俺がこんな贅沢なことをしていいのだろうか?
それよりか、ユウカの方が加治屋の話を聴くべきではないのか……。
「わ、私は……」
「ご、ごめん加治屋!」
加治屋の台詞を途中で遮り、俺は頭を下げる。
「やっぱり俺、加治屋の言いかけたこと聴けない」
「え……?」
加治屋は、訳がわからないという顔をしてから、呆然となる。
「その言葉は、やっぱり、ユウカに言ってくれ」
加治屋は、ユウカと聴くと、ハッとした顔をする。そして、情けない顔をする。
「ユウカは、加治屋のことが好きなんだよ。俺よりもずっと想ってる。想いがはちきれそうなくらい想ってるってことを今日知った。だから、今から俺に話そうとしたことをユウカに言ってくれないかな?」
顔の前で手を合わせて加治屋にお願いする。
迷惑だろうな。理不尽だろうな。
俺から話をふっておいてこれなんだから。
でも、俺はユウカに幸せになってほしい。
そう思ったから、今みたいなことを言えたんだ。
「私は、エノヒロ君のそういうところが好きだった。友達思いで、自分のことなんて後回し。だから、最後までエノヒロ君のままだね」
加治屋はそう言って、へらっと笑い、涙を浮かべる。俺はどうしていいかわからず、間誤付いてしまう。
「昨日からずっと泣いてばっかり。私は弱いね」
そう言って、加治屋は細い指で涙を拭う。
今一番悲しいのは加治屋と思うのに……。
なんで俺まで胸が痛いんだ……。
苦い思いをしなければいけないんだ……。
気付くと、俺は加治屋を腕の中に包み込んでいた。ギュウッと力を入れすぎていたのか、加治屋の口から空気が漏れる音がする。慌てて腕の力を抜き、優しく包み込んだ。
しばらくして、俺は加治屋を腕から放す。
「ご、ごめん……」
瞬時に我に帰り、加治屋に謝る。加治屋は、頭を振り優しく微笑んだ。加治屋が腕の中で抵抗しなかったので余計怖かった。泣き出すんじゃないかと思ったけれど決死の行動だった。
「じゃあ、好きだった人の最後のお願いを果たしに行ってきますね」
加治屋はそう言って、部屋から出た。
『好きだった人』
俺は頭の中で、加治屋の言葉を復唱した。体全体の力が抜けて、部屋に座り込む。壁に背を凭れて、はぁーと大きなため息を出す。
「過去形か……」
そう言って苦笑と涙を浮かべる。すると、耳元で声が聴こえる。
「好きだったのは本当だよ」
その声は、加治屋だった。振り返ろうとして首を捻ると俺と加治屋の影と唇が重なる。その刹那、俺と加治屋の時間だけが止まる。
やけに長く感じたその時間は、特別で甘酸っぱくて涙が出た。
「好きと言うより大好きだよ」
加治屋はそう言って、にこりと笑う。
「そろそろ行こう。円香とか鹿野君が待ってるよ」
加治屋はそう言って手を差し出す。
俺は加治屋の手を握って、起き上がって、唇を触った。
まだ、加治屋の温もりが残っている唇と腕と心。
この温もりは……。
どこに埋めればいいだろうか……。
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