02
「――そして今日この日、ソルコタの現状を語ってくれる方がこの場にいらっしゃいました。ソルコタのミス・グミです。どうぞこちらへ」
 クラーク議長がそう言うと、いっせいに僕に視線が集まる。
 拍手喝采。
 僕、私はたじろぐしかない。
「さぁ、話してきていらっしゃい」
 ケイトに背中を押され、私は立ち上がる。
 我ながら恥ずかしいくらいのぎくしゃくした足取りで、マイクのもとまで向かった。
 登壇して、原稿をデスクに広げる。
 その文面を見つめ、顔をあげると――。
 強いライトと、私を見つめるたくさんの顔、顔、顔。
 性別も、年齢も、人種も、なにもかもが違う人々たちが一体となり、私の言葉を待っている。
 ごくりと喉をならし、僕は口を開いた。
「全てにあまねく神の御名において。
 ハビエル国連事務総長、クラーク国連総会議長、そしてここにいるたくさんの方々。皆様に、変わらず平穏が訪れますよう。
 私は今日のために英語を勉強してきました。みなさんにとって聞きづらいようなことがなければいいのですが」
 そう言って苦笑すると、聞いていたみなさんも相好を崩し、場内の雰囲気がいくぶん和やかになった。
 私は少しだけほっとする。
「このような機会をいただき、大変嬉しく思っています。
 私の人生は大きなうねりと共にありました。たくさんの絶望とたくさんの狂気が私を覆いつくしていたこともあります。
 こんな風に……多くの偉大なる方々の前でスピーチをすることを、とても光栄に思います。一年前の自分自身にここでスピーチをするんだよ、と伝えても、きっと信じはしないでしょう」
 少しだけ笑い声があがった。
「みなさんは、現在のソルコタではどんなことが起きているのかを私が語ってくれるものだと思っているのでしょう。なにが失われ、なにが奪われ、なにがないがしろにされてしまっているのかを。
 それは間違いではありません。私はそれを語るためにここに来ました。けれど、それだけではないのです。
 ソルコタの現状を訴えるのと同時に、私は……」
 少し恐ろしくなって、言いよどんでしまう。
 みなを見渡し、意を決して口にする。
「……罪の告白をしに来たのです」
 しんと静まり返り、マイク越しの私の声が場内に反響した。
「この場で、みなさんに赦しを乞おうというのではありません。
 私の罪は……一生をかけて償いの方法を模索するものであり、赦しを得て解放されてしまってはいけないものだからです。
 ソルコタの国連大使であるケイト・カフスザイ女史は、偉大な女性であり、私にとっての理想であり、そして……家族を失った私にとって、文字通り第二の母と呼ぶべき方です」
 ちらりとケイトを見る。
 ケイトはただ優しく微笑みを浮かべていた。その瞳は涙を浮かべているみたいに、潤んでいるように見える。
「ですが、彼女と初めて相対したとき……私は、彼女に向けて自動小銃の銃口を突きつけていました。
 なにかが間違っていれば、私はケイトを殺してしまっていたでしょう。
 そうせずに済み、いまこうしてケイトの庇護のもと生きていることに、大きな感謝と――申し訳なさを感じています。
 私は、ソルコタのテロ組織で……兵士として戦っていました。
 それは私が十一歳になる直前から、実に五年もの期間に及びました。ケイトに出会っていなければ、私は子ども兵としてほどなく命を落としていたでしょう。
 ケイトに出会い、兵士としての道から離れることができた私は、とても幸運でした。ですが同時に、私の心には罪悪感しか残りませんでした。
 テロ組織の兵士として戦っていたのです。
 私は上官の指示のまま、無辜の市民に向けてたくさん銃を撃ちました。子どもでも簡単に扱える、自動小銃と呼ばれるような小型兵器を使って。
 いまでも、私が殺してしまった人々の顔が私を見つめてきていて、まともに寝ることができません。けれどもそれは、私が犯した罪の代償です。……いえ、これだけでは足りないほどの罪を、私は犯しているのです」
 一呼吸をおく。
 場内は未だ静まり返ったまま、私の言葉の続きを待っていた。
「なんの罪もない人々を殺した罪深い私が、こんな風に……衣食住に不自由せず生きていることに、私自身疑問すら感じています。
 ……私は、こんな生活を享受していいはずがない、と。
 言い訳はいくらでもできます。
 テロ組織から強要されたのだと。教育も受けていない子どもだったのだと。自らの命と天秤にかけられ、選択の余地がなかったのだと。
 けれど、私のやったことはどうやっても消えません。
 私や私の周りにいる優しい方々の中からは消せるかもしれません。もしかすると、ここにいるみなさんの中にも、私を許すべきだと思う方がいてくださるかもしれません。しかし、私が殺してしまった人々の家族からは、私の罪はどうやっても消えることがありません。
 私のやったことは、赦されざることだからです。
 けれど……悲しいことに、私のような存在はソルコタではありふれています。
 ソルコタでは政府軍とテロ組織が長年戦い続けています。
 コダーラ族とカタ族は、お互いを許容できないまま、お互いのイデオロギーを否定していがみ合っています。
 それぞれにとって必要となる戦力が足りず、利用しやすい子どもを兵士として仕立てあげるほどに」
 声が震えた。
 続けられなくなりそうだった。
 しっかりと原稿を作っておいてよかった、と思った。
 自分で書いた言葉をすべてぶちまけてしまおう。
 たとえ、どんな評価を与えられたとしても。
「罪を犯し続け、それでも生き残ってしまった私は必死に考えました。
 私にはなにができるだろう。
 私だからこそなにかできることがあるはずだ。
 私の罪に対する償いとなるなにかを見つけなければならない、と。
 兵士であることをやめて三年、必死に勉強しました。
 いまからでも、医師となって殺してしまった数よりも多くの人を救えばいいのだろうか。それとも、私のような境遇を減らすためにも教師になれないだろうか。
 それも素晴らしい道のように思えました。
 けれど、それ以上のことができなければ、とも思いました。
 自らの目に留まる範囲だけでなく、ソルコタ全土だけですらなく、全世界で同じような境遇にある少年少女を救うために。これからその境遇に陥りかねない未来の少年少女を救うために。
 そして――」
 続きを口にする前に、拍手があがった。
 自然発生的に何人かが手を叩きだし、すぐに場内のすべての人が手を叩き、拍手喝采となる。
 それが収まり話を再開するのに、十秒も二十秒も必要だった。
「そして私は、みなさんが素晴らしいリーダーシップを発揮している方々だと知っています。みなさんを信頼しています。
 みなさんがこうして国際社会の様々な問題を解決しようと奮闘しているからこそ、私も行動しようと、みなさんに働きかけようと考えるきっかけを与えてくれたのです。
 私はここで出会うことのできたみなさんに感謝します。
 みなさんがここにいてくれたことに。ここで私の話を聞いてくれたことに。私に話をする機会を与えてくれたことに。
 私は訴えます。
 私自身のためではありません。すべての私と同じ境遇の少年少女のためにです。
 私は声をあげます。ですが、私の声そのものに意味があるわけではありません。私の声は、声をあげられない子ども兵全員の代わりに過ぎません。
 誰一人として、戦いたくて戦っている子どもなどいないのです。
 誰一人として、望んで小型兵器を手にしている子どもなどいないのです。
 誰一人として、手を血に染めたいと思っている子どもなどいないのです」
 再び拍手が巻き起こる。
 視界が少しだけ潤んだ。
「私たちはみな、平穏を望んでいます。
 家族との幸せな時間を望んでいます。 平和を求めています」
 言葉につまる。
 緊張が少しでも解けてしまったら、泣き出してしまいそうだった。
「私が考え、選んだこの道は、私を恨んでいる人たちの望んでいるものではないかもしれません。
 彼らの望む罪を償う方法は、もっと違う形なのかもしれません。
 それでもこれが、私にとって考え得る限り最善の道でした。
 私だからこそ、罪深い私だからこそみなさんに訴え、伝えられることがあると思ったからです」
 三度の拍手に、私は涙を抑えられなくなっていた。
「私の国は独立後、二つの民族が対立し、長く争いを続けています。
 子どもたちはその日食べるものに困り、自宅で眠ることすら危険で、その日眠る場所に困り、その日生きていくことにも困っています。教育を受けたくても受けられない環境を強いられています。
 子どもを兵士にする手法は様々です。
 拉致、誘拐。
 村を焼き、家族を殺すと脅すこともあります。
 そういった強制性のあるものとは違う勧誘行為も存在します。
 食べ物を提供する、ちゃんと眠れるところを提供する、給料を払うと言って、リクルーターたちは子どもを誘導します。彼らはまだ幼い子どもたちを巧みに騙し、兵士へと仕立てあげてしまうのです。
 私も……そうやって騙された一人です。
 私の過去は変えられません。ですが、みなさんの協力があれば……少年少女たちの未来から、悲痛な選択肢を減らすことができると確信しています」
 言いきった私の視界に映る人々の顔は、とても頼もしく見えた。
「私はこの世界のリーダーであるみなさんに――そしてすべての国家に――以下のことを求めます。
 世界では未だ――ソルコタ以外の国でも――子どもを拉致し、さらい、兵士として、もしくは自爆テロの要員として利用している組織が存在します。
 それらいかなる脅威からも、子どもが守られるために最善を尽くすことを要求します。
 それは貧困に対する支援であり、安全に対する支援です。子どもたちが教育を受けるということでさえ、子ども兵を減らすことに繋がります。
 子どもたちが安全であることはそれだけ、拉致や誘拐が減るということです。
 貧困の解決や教育の充実もまた、そのまま子ども兵を減らすことに繋がります。
 その日食べるものに困ったり、教育を受けられないことがそのまま、リクルーターのつけ入る隙となっているからです。兵士となる選択肢を広げ、その他の選択肢を狭めているのです。
 これらはもう、いまもある支援かもしれません。ですから、これらのさらなる拡大を求めます。
 そして、いままさに兵士として小型兵器を手にしている子どもたちが、そういったテロ組織や軍隊というコミュニティから抜け出すことのできるプログラムの、よりいっそうの充実を求めます。
 兵士にならなくてもいい社会のあり方が私たちには必要であると同時に、現在すでに子ども兵である子どもたちを救う手段が、私たちにはもっとたくさんなければならないのです。
 最後に私は少年少女たちにも、自分自身に対しても要求をします。
 強い意志を持つことを。
 強い勇気を持つことを。
 私たちは小型兵器を拒絶し、教育を受けなければならないという強い意志が必要です。それを主張する勇気が必要なのです。それが、子どもを兵士にしてしまおうと企む人たちにとって、一番のダメージになるからです。
 私たちは誰もが、自らを弱い存在だと、小さな存在だと、いてもいなくても変わらない存在だと思っています。
 そんなことを言いきかせてくる大人たちがいます。
 お前たちはいくらでも代えがきく、とるに足らない存在だと。自分の考えなど捨ててしまい、こちらの都合のいいことを、疑問など抱かずにこなせばいいのだと」
 声が震えた。
 涙で視界がぼやけてしまい、原稿なんてもう読めやしない。
 けれどもう、そんなこと関係なかった。
 原稿に書いたはずの言葉とは関係なく、言葉が勝手に溢れだして止まらなくなっていたからだ。
「彼らは言います。
 ただ引き金を引き続ける自動砲台であればいいと。
 モスクに突っ込んでスイッチを押す、考えて動く爆弾であればいいと。
 地雷原を歩き、大人の代わりに犠牲となる探知機であればいいと。
 大人の前に立つ、生身の盾であればいいと。
 大人の欲を満たすだけの人形であれはいいと。
 そんなことはありません!
 そんなことはないんです!
 私たちは、自分たちの暮らすそれぞれの国の、将来の力です。森に芽吹く新芽です。
 確かにいまはまだ力も弱く、周りに与える影響も微々たるものかもしれません。
 ですが生活が安定し教育を得られれば――豊かな水と日光を浴びれば、それは森の将来さえ変える強くたくましい力となるのです。
 その森を生かすも殺すも……私たち新芽のこれからにかかっているのです。
 だからどうか……みなさん、声をあげてください。
 そしてたくさんの大人のみなさん。
 勇気を持って、強い意志を持って「嫌だ」と言う少年少女たちの声を……聞いてあげてください。
 ……お願いします」
 一瞬、しんと静まり返った。
 なんてことを。大失敗だ。
 そう思った瞬間、割れんばかりの拍手が会場内に巻き起こった。
 びくりと肩をすくませて、思わず一歩下がってしまう。
 顔は涙でぐしゃぐしゃのままで、会場内の様子なんてちっともわからなかった。
 けれど、よくわからないけれど……たぶん、私のスピーチは失敗したわけではなさそうだということだけはわかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

アイマイ独立宣言 2 ※二次創作

第二話
自分で書いてて「これクライマックスじゃないの?」って気分になってました。まだ第二話なのに(笑)

国連演説については、マララ・ユスフザイ氏の2013年7月12日のスピーチを参考にしています。

スピーチ全文と当時の動画は、調べれば簡単に出てきますので、気になった方は是非。
私は泣きました。

“One child, one teacher, one pen and one book can change the world. ”
という有名な一節に匹敵できるものを……と思ったのですが、創作に過ぎない私の言葉とは、重さが段違いですね。

閲覧数:38

投稿日:2018/11/05 22:34:11

文字数:5,530文字

カテゴリ:小説

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