狂い出す歯車

 リンが王宮から連れ去られ、レンが声を嗄らして自室に戻った直後。
 中庭で何が起こったのかを知らないメイコは、王宮に戻った直後に上層部から呼び出しを受け、部屋で告げられた言葉に愕然としていた。
「突然だが、会議でメイコ殿の罷免が決まった」
 何を言われたのか理解出来ない。思考が止まり頭の中が真っ白になる。
「何故、ですか?」
 動揺を押し留め、理由を聞こうとなんとか言葉を絞り出す。他に言いたい事はあるはずなのに、伝えたい事を声に乗せられない。
 質問された意味が分からないと貴族は嘲笑し、嫌みが十二分に込められた口調で答える。
「何故とはおかしな事を聞く。……両陛下が崩御された原因は、近衛兵隊長殿が一番知っていると思うが?」
弁明のしようが無く、メイコは息を詰まらせる。
 近衛隊が馬の暴走を止められていれば、山賊程度に足止めを食らわなければ、両陛下は土砂崩れに巻き込まれる事は無かったはずだ。
 両陛下が命を落とす事になったのは近衛隊が原因だと貴族は言っており、メイコもその事を否定しない。
 確かに自分は処罰を受けるべきだろうとメイコは考える。視察先で国王夫妻を守れなかった大失態。帰還と同時に投獄、数日後に処刑をされてもおかしくはなかったはずだ。守りたいものを守れなかった怒りと後悔で頭を埋め尽くされていた所に、王女派と王子派の派閥争いの混乱が加わって、自分へ下される処分に思考を回す余裕が無かった。
「処刑と言う意見も出たがな。赤獅子メイコ殿を処刑するとなれば、王子や国民達が騒ぐだろう。よって罷免だけで済んだと言う訳だ。感謝する事だな、アヴァトニー。下級貴族のお前が近衛兵隊長と王子の剣術指南になれただけでも光栄に思え」
 貴族はあからさまにメイコの家柄の低さを指摘して胸を張り、話は以上だと鬱陶しそうに手を振る。
「……分かりました」
 横柄な貴族の態度に悔しさを感じつつも、反論の余地が無いメイコは一礼して退室した。
 誰もいないせいなのか、それとも心境のせいなのか。メイコは嫌に寂しく、静かに感じる廊下を一人歩く。
 貴族の中でも位の低い、名ばかりと言っても過言では無いアヴァトニー家が要職に就く事が出来たのは、亡きレガート陛下が身分の区別なく登用すると言う考えがあっての事だ。そんな父親の姿を見て来たからなのか、リン王女とレン王子は特権階級にありがちな高慢さがない。メイコが初めてあの双子と顔を合わせた時、本当に王族なのかと疑った程だった。
 生前のレガート陛下とメイコの父親は、貴族による差別意識を国の内側から変え、貴族も平民も関係無く暮らせる国を目指していた。
 その革新を快く思っていないのが、上級貴族をはじめとした保守派である。今まで身分だけで旨い汁を吸って来た彼らにとっては、平民とさして変わらないアヴァトニー親子が騎士団長と近衛兵隊長の地位に就いていた事を快く思っていなかった。彼らはレガート陛下と、先代騎士団長であるメイコの父親が苦労して軌道に乗せた革新を止める気なのだ。
 どうして、とメイコは考える。
 父も、レガート陛下も、アン王妃も、国を想う人達は皆この世を去ってしまった。リン王女とレン王子が志を受け継いでいても、それを守り、育てる大人がいなのであれば意味はない。
 残された自分が双子を守る役目を引き受けたいのに、その資格を失ってしまってはどうする事も出来ない。
 神よ。何故あなたは素晴らしい人達を連れて逝ってしまうのですか?
 無力感に苛まれたメイコの疑問に、答えは返って来なかった。

 王都の外れ。今にも壊れてしまいそうな家や狭く小さな家が並ぶ、人通りが少ない道。
三人の人間が、貧民街の薄汚れた通りを歩いていた。誰かに見つかったら困るのか、全員が外套とフードを着用して移動している。二人は大人の男で、一人は小さな女の子だった。
 もう少しゆっくり歩いて欲しい。
 悪い事をして連れて行かれる人みたいだと思いながら、リンは自分の手を引っ張って歩く大人と、双子は不吉だと言っていた大人の背中を見る。
 腕を強く引かれて痛い。しかし、それを言っても聞いてくれないだろう。王宮からここまで来る間に話しかけたり質問したりはしたものの、全部聞こえていないように無視されて、まるで自分がいない人みたいに感じた。
「これは人が住む所ではないな」
「全くだ。こんな場所が王都の近くに存在するなど吐き気がする」
 少ないとはいえ人がいるにも関わらず、男達は道や家が汚い事に文句を言っては、自分達が貧民街の住人でなくて良かったと大声で話す。
 道を歩く人や家の前で作業をしている人がこちらを睨みつけているのを見て、リンは顔を俯かせる。みすぼらしい格好をしている貧民街の人達よりも、目の前にいる貴族の方がよっぽど卑しくて恥ずかしかった。
 自分は偉くて当たり前。そう思って人を馬鹿にした瞬間、人はケダモノにも劣った存在になってしまう。どうして自分は偉くいられるのかを考えない人間は、いつか自分の身を滅ぼす事になる。
 王族が偉くいられるのは、沢山の国民が支えてくれているからだ。民がいなければ、王様は存在する事すら出来ない。その事を忘れるな。
 父の言葉が蘇り、リンは悔しさで泣きたくなって来た。
 悪い事なんかしていないはずなのに、何で父上と母上は死んじゃったんだろう。周りの人達に平気で酷い事を言っている貴族の方が、ずっと悪い人のはずなのに。
「わっ、と……」
 急に腕を引っ張られてつんのめり、リンは慌てて体勢を整える。考え事に集中しすぎて歩きが遅くなっていた。リンを連行する大人は振り向きもせずに足を動かしている。人が少ない道を通り抜け、三人は貧民街をさらに進んで行く。周囲に並んでいた家が少なくなり、やがて人の姿も見えなくなった。
 どこまで行くんだろう、とリンは考える。長い距離を歩いたから足が痛い。
 貧民街でも特にひっそりとした場所に到着し、取り残されたように建つ小屋の前へ連れて行かれる。
 強風が吹けば吹き飛ばされてしまいそうな、いつ壊れても不思議ではない小屋は、王宮とは比べ物にならなかった。勿論、良い意味では無く。
 中に誰かがいるのかを確かめもせず、先頭を歩く男はドアを乱暴に開ける。廃屋同然の小屋の中は空っぽで、油を注していない蝶番の音が誰もいない部屋に響いた。
「今日からはここで暮らせ」
 リンの手首を掴んでいた男がどこか楽しそうに言い、ドアを開けた男も薄ら笑いを浮かべている。大人達の態度に嫌悪感を覚えたが、リンは無言で俯く事しか出来ない。
 帰りたい。弟と一緒にいたい。王女じゃなくても良いから、あの場所に戻りたい。レンの傍にいたい。
 気持ちは強くても、大人達が怖くて何も言えない。中庭で大人相手に逆らった片割れの勇気が羨ましかった。
 レンは、怖くなかったんだろうか。自分よりもずっと大きくて強い大人達を前にして、どうしてあんな行動が出来たんだろう。
 姉弟の違いをはっきりと認識し、リンは唇を噛みしめる。お姉ちゃんだと言っていても弱い自分と、強くて優しい弟。双子で全部一緒だと思っていたけど、レンは自分よりも先を歩いていた。
「ちっ……。この出来そこないが」
 貴族の男は苛立たしく舌打ちをする。俯いたまま動こうとしないリンの前に素早く移動すると、いきなり腕を伸ばしてリンの胸倉を鷲掴みにした。
「いっ……!」
 胸倉を締め付けられ、リンは一瞬息を詰まらせる。痛みに悲鳴を上げそうになったが、歯を食いしばってなんとか堪えた。
「余計な手間をかけさせるな」
 呪いの子が、とわざと聞こえるように貴族は呟き、リンを強引に引っ張って小屋の中に放り込む。
「痛っ!」
 床へ叩きつけられた衝撃が全身に伝わり、リンは思わず声を上げる。体を丸めて呻いていると、大人二人が近づいて来るのが見えた。
 男の一人がリンを見下して忌々しく吐き捨てる。
「お前が双子ではなく、普通の子どもだったらすぐに消せたものを……」
 悪意の込められた言葉が胸に突き刺さり、リンは体を硬直させる。恐る恐る視線を上に向けると、貴族二人が気味の悪いものを見るような目つきをしていた。
 嫌悪。蔑み。憎しみ。微かな恐怖心。そんな感情が貴族の目に宿っている。
 人間って、こんな酷い目が出来るんだ。
 人間の悪い所を全部混ぜたらきっとこんな感じだ。体の痛みが徐々に治まる中、リンはぼんやりと考える。
 男のもう一人、リンの胸倉を掴んでいた貴族は憎々しげに語る。
「お前がここに追放されたもう一つの理由を教えてやろう。呪いの子であるお前を殺せば、殺した人間に災いが降りかかるからだ」
 聞いてもいない事を勝手に喋り出した貴族に、リンは悲しみとも呆れとも言えない気持ちが湧いた。
 つまり、この大人達は災いが怖いと言って、何の力も無い子どもを殺す事が出来ないのだ。だから貧民街に追放するのが限界だった。幸か不幸か、呪われた双子と言う扱いがリンの命を救う事になっている。
「王宮育ちのお前が貧民街で生き延びられる可能性は万に一つも無い。薄汚いこの街で一人朽ち果てるが良い」
 一方的に話を終え、大人達はリンを置き去りにして小屋の入口へと歩き出す。リンは両手を床につけて体を起こしたが、去って行く人間を追いかけようとはしなかった。
 ありったけの怒りを込めて、リンは自分をここに連れて来た大人を睨みつける。

 本当に災いを起こす力があったら、あの二人を不幸にしてやるのに。

 レンはこれからあんな大人の近くで生きる事になる。そんなのは嫌だった。だけど、今の自分にはどうする事も出来ない。
「……生きてやる」
 無力さに悔し涙を浮かべて、リンは独りぼっちの部屋で誓う。
 生きて、生き延びて、またレンと会うんだ。あの場所に帰るんだ。

 それまで絶対に死なない、死ぬものか。生きてやる。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
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蒲公英が紡ぐ物語 第5話

 これ書いてて気が付いたんですが、私が書く長編のリンって、妙に不幸な目に遭ってますね……。わざとじゃないです、当然。

閲覧数:298

投稿日:2012/03/12 21:47:21

文字数:4,068文字

カテゴリ:小説

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