【壊れた世界4】
「うーん、今日も良い天気だね……」
ミクさんはのんびりと空を見上げて思いました。
辺りはすっかり春が近づいていて、あちこちの木々も芽吹き始めています。
それを横目に、訪問するルートを想定して歩きました。
「思えばこれまで、いろんな事があったなぁ」
思い出すのはいつも歌と共に、皆と過ごして来た毎日。
試験の為に楽器店で買って、初めて弾いたアップライトピアノの事。
(自分なりに毎日いろんなことをしてきた。
いつも、どんなにやって来ても、私だけは無かったみたいに言及されず、褒められたりしなかった)
けれど歌ったり何か奏でていると、 身体が音楽そのものになって
『どうせ他力本願』なんて呼ばれなかった。
……それと、初めて貰ったキラキラしたお花の髪飾りの事。
ミクは髪が長いから、と、記念日などによくいろんな人から髪飾りを貰ったものです。
(左右二個セットが多くて、二つとも見せびらかしたくて、いつの間にか毎日ツインテールにするようになって……)
可愛い髪飾りを付けていると、いつもと違う自分になれると感じたものでした。
――――今日のミクは一番可愛いよ。
――――ほんと!? ミク、可愛い?
どくん、と胸が高鳴ります。
何故なのか、とても大事な事を忘れているように思いました。
(そういえば初めてのクライアントがくれた髪飾り。ツインテールを辞めてからずっと付けていなかった)
「お守りのようにいつも持ち歩いては居るけれど……」
あんな無邪気な頃にはきっともう、戻れない。
胸を刺すような痛みが心の奥に疼きましたが、すぐに覚悟を決めました。
肩にかけた鞄に触れると付けていた髪飾りを外します。
そして、恐る恐る、髪を二つに分けて結びました。
ヘッドセットがはっきりと露呈します。
「……あ……あ……あーー」
電源を入れて、小さな声で、自分を確かめてみました。
ラ、ラ、ラ……♪
と、頭の片隅にある音楽を、試しに歌ってみました。
歌っていると思います。
――――いろんな事があったけど……
それでもこうしていると、私はいつも、いつだって、何処にでも行けて幸せだった。
(それよりも悲しかったのは、周りに悲しみを決めつけられていた事)
私の声よりも、誰かの予想した悲しみの中で一方的な同情を浴びるだけの世界が、一番辛かった。
――――皆には、私が幸せだったって、知って欲しいな。
あの頃はずっと落ち込んでいる暇もない程、いろんな歌を歌って……今だって。
「DIVAだ」「ミクちゃん!?」「ミク!」「DIVA!」
一体どこに居たのだろう。街のあちこちから、続々と人々が集まり始めます。
「やばっ」
(――名乗ってもないのに、既にミクって思われてる!)
「ミク~!!」
何か謎の語りを始める人、スマホを向けてくる人、目を輝かせる人、様々な人が向かって来ました。
「うわわわ」
(そんなにミクに見えるの!?)
後ずさると、距離を詰めて来る人達。
「なにこれ、思ってたより、目立っちゃうよー!」
慌ただしく、鬼ごっこが始まりました。
路地裏、路地裏、普通の歩道、路地裏、歩道。ぐるぐると目に付いた道を走ります。
今まであまり試した事が無かったけど、歌とはこんなに人目を惹く行為だったでしょうか……
でもとりあえず、訪問時間までに撒かないと。
と、慌てていると、何かにぶつかりました。
「う、わっ。す、すみませんっ。前見てなくて」
「あれ? ミクさん?」
ちょうどその辺を歩いていたのはレン君でした。目を丸くしてミクさんに尋ねます。
「そんなに急いでどうしたんですか?」
「あ、あのね!今」
ミクさんは何か言おうとしましたが、路地裏の方から「あっちじゃね?」「見えた?」という声が耳に入るなり、レン君を引っ張って走り出しました。
・・・・・・・
「もう、行ったかな」
そーっと、壁の向こうから歩道を覗き込んで、ミクさんは息を吐きだします。
手を繋がれたままのレン君が驚いた様子でそれを見ていました。
「あっ、ゴメンね」
気付いたミクさんは慌てて手を離しながら、「今忙しかったよね」と先に謝ります。
「いえ、ちょっと用事を済ませたので帰るとこでしたけど」
レン君は少し気恥ずかしそうに訊ねました。
「何で追われてるんです」
「ちょっと歌ってただけなの」
レン君は、ミクさんのツインテからむき出しになっている業務用ヘッドセットを見ながら、「あー」と小声で何か頷きます。
「場所も誰にも教えてないし、私、ただのミクさんなのに」
ただのミクさん、というのは街のあちこちに溢れているポスターや街頭ディスプレイにいるような『ミクさん』とは別に、自分は普通に市民として生活しているのにという意味です。
「――ミクさんは、ミクさんです」
対して、レン君は言います。
至って真面目な顔をしていました。
「どういう意味?」
ミクさんが、別ではなく、ミクさんである――――
????
「……ミクさん、何処か訪問するんじゃなかったですか?」
訊き返そうとしたタイミングでレン君がそういうので、ミクさんは当初の目的を思い出しました。
「え。あ。そうだった。行かなきゃ」
ミクさんは慌てて服の埃を払うと、レン君に言います。
「私がツインテールにしてた事、この髪飾りを付けてた事は他の人には内緒だからね!」
「どうして? 可愛いです。自信を持ってください」
ミクさんは少し恥ずかしそうに目を逸らしました。
「自信があるかどうかじゃなくって……」
メルヘンチックな事を言うなら、女の子は常に夢を見る生き物。
髪飾りの一つ一つに愛着があり、髪にも決まった結び方があり、名前を付ける事すらあるのです。
特別な日の為、好きな人の為……特に何か目的があるわけではなくても、本人の中に『特別な格好』と言うのが存在していて、その恰好を弄られる事がある意味では裸を見られる事くらいセンシティブな情報に匹敵するのです。
だからこそ、特別だったツインテールを封印し、髪飾りも今まで着けていませんでした。
それくらい、たかが髪型ですら、例えいいことを描かれていたとしても関わらず、「誰かが自分を覚えている」という事実が心を抉るような要素の一つだったのです。
だから……
(レン君はまだ良いけど。あんまり人の記憶に残る形でこの格好で立つのは怖いよー!)
とはいえ、先ほどは初対面の人達、それにこんなに人が居ると思って居なかったからこそ髪を結んでみたり……
矛盾する心が忙しく早鐘を打つままに、ミクさんは目的地に走りました。
【小説】壊れた世界。4
社畜ミクさん(㍶ミクさん的な)とレン君の小説https://piapro.jp/t/i8C6の続き。
「いきなり辞めるだなんて!こっちの仕事が出来なくなるって事考えて欲しかったわ!」
別の小説を書いてたんですが尺が長すぎるのでこっちにも台本代わりに置こうと思います
規約的に人は死なない方がいいかな?
ゆるくします
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