広大な鋼鉄の空間に独り取り残された俺は、一刻も早くここから抜け出そうと考えたのだが、たった今、ミクオから聞かされた重大な事実を少佐に報告しなければならないと思い、無線でセリカを呼びだした。
「セリカ。少佐と繋いでくれ。」
『はい。』
すると一度無線の反応が切れ、別の周波数に接続された。
『デル、今誰と接触していたんだ!ミクやタイト達じゃないな?!』
少佐にもある程度こちらの状況が掴めていたらしい。
俺が敵の一歩手前まで堂々と接近し会話していたのだから、レーダー端末越しにこちらの状態をチェックしていた少佐にとっては、何が起こったのか理解できなかっただろう。
よくミクオとの対話中に無線が入らなかったものだ。
「そうだ少佐。たった今、ミクオと接触した。」
『・・・・・・それで。』
「奴の正体、そしてテロリストの計画と目的だ。」
『ミクオは、一体何者なんだ。』
少佐の声には、少しの狼狽がうかがえた。
「クリプトンの自様相部と関係を持っているようだ。一度大事件を起こした身だが再利用されているようだな。」
『なんと・・・・・・それで、テロリストの目的とは、一体。』
自ら少佐に伝えようとしたにも拘らず、実際に口にしようとすると、刹那ながらの間が必要だった。
あまりにも自己中心的で、度し難く、理解に苦しい。
「近い将来、クリプトンが日本を支配するとミクオは言っていた。日本中に無数のナノマシンがバラ撒かれ、人の体内にまで混入させようと考えているらしい、統制と、管理のために。それを阻止するために、ウェポンズはこのテロを起こした。ウェポンズはアンドロイド、強化人間、ゲノム兵の全てをストラトスフィアに乗せてこの施設を核で消滅させてから、月に建設された施設に向かい、後はピアシステムを使いクリプトンを操作するつもりらしい。彼らは、自由を掲げている。』
『うーむ・・・・・・。』
少佐もまた俺と同じ感情を持ち合わせているらしく、ただ唸るのみだった。
『デル。話の内容は大体理解できた。だが、その話の信憑性はまだ低いだろう。』
「なぜ。」
『百歩譲ってテロリストの目的を信用できたとしても、ミクオが本当にクリプトン上層部との関係を持っている言葉はさすがに信用できんな。』
「そんなはずはない。」
少佐の言葉に俺は語勢強く反論していた。
ミクオは俺に全てを伝える時、片時も視線を外すことはなかった。
そしてあの瞳。自分の伝えたいことを、伝えたい相手に訴えているような瞳だった。
あの瞳を持つ者に、嘘がつけるとは思えないのだ。
「少佐。今は特別テロリストが優勢な訳じゃない。俺が受け取ったワームでシステムを分解すれば一瞬にして奴らの敗北だ。だから奴らに、俺に嘘をつく余裕はないはずだ。それに、ミクオは俺を罠にはめようと謀っていたわけでもなかった。彼の言っていたことは本当だ。」
『君がそこまで言うのなら信用しないわけでもないが、とにかく今はコンピュータールームへ急いでくれ。』
「・・・・・・了解。」
その言葉を最後に無線が途絶えた。
確かに少佐の言うことも最もだ。
疑う根拠もないが、信用する根拠もない。
いずれにせよミクオの言ったことの真偽は、近く確かめることができることだ。
たとえ、日本の未来がどちらの手に委ねられようとも・・・・・・。
俺はホルスターから銃を取り出し、レーダーを確認した。
コンピュータールームまでは、約二百メートル。もはや目前だ。
「待て!!」
突然背後から掛けられた声で、俺は反射的に銃を構えていた。
その先には、見覚えのある男が不気味な笑みを湛えている。
「こんなところに、隠れていたとはな・・・・・・。」
赤い髪。眼鏡。独特のアクセント。
「重音テッド・・・・・・!」
「よくここまで来れたな、デル・・・・・・!」
テッドはハンガーの天井の通路から俺の前に飛び降りた。
「歓迎するぞ!ここでお前決着をつけ、あの時の雪辱を晴らしてやろう。」
「悪いが、貴様の相手をしている時間はない。」
俺が言うと、テッドは茶化すように苦笑した。
まるで目の前に大好物があるかのように、待ち遠しそうに蠢く指の骨が唸りを上げる。
「こちらこそ悪いが、ここでお前を見つけた以上、逃がすわけにはいかんな・・・・・・貴様にこの世で最高の、痛みと、恐怖と、屈辱を味あわせてから、ゆっくり壊してやろう。」
「ふん・・・・・・子供の相手は苦手なんだ。そんな暇があるなら、お前の大事なお母さんに甘えているほうがまだ有意義だぞ。」
「俺は親孝行者でな!」
次の瞬間、俺の右手に一瞬黒い影が走り抜け、ハンドガンが弾き飛ばされた。
だがそれに気を取られている間もなく、俺の体は反射的に床を蹴り、空中で身を翻すことで垂直に振りおろされた、ブーツの踵を回避した。
「邪魔者は排除する」
「それはこちらのセリフだ。」
距離が離れたことで、一言だけの言葉が応酬される。
だが次の瞬間には、テッドの強烈な殴撃が眼前に迫った。
「ぬぅ・・・・・・!!」
明らかに音の壁を貫いた拳が、衝撃波と共に次々と襲いかかってくる。
もはや弾丸を上回るほどの威力だ。
俺には奴の攻撃をひたすら防御し続けることしかなす術がない。
「ふは、ふはははははは!どうした?!手も足も出ないか!!」
「そうだな・・・・・・。」
奴の高笑いに答えた瞬間、俺は防御と同時に奴の腕を払いのけることに成功した。
テッドの体が傾き、無防備な顔面が晒される。
俺はその隙を逃がさず、奴の襟元を掴み、自分の頭部を振り上げた。
「ォラァッ!」
俺の頭は見事に重音テッドの顔面中央に直撃し、奴の鼻の骨が砕け散る清々しい音を金属の頭蓋越しに確認出来た。これが骨伝導というやつだ。
「がッ・・・・・・!!」
テッドは激痛のあまり、先ほどまでの笑みを、見ているほうまで痛くなるような苦悶の表情に変えて大きく退いた。
必死に押さえる鼻から、止めど無く血が滴り落ちる。
「手足があるなら、頭がある。お前も少しは頭を使え。」
替わりに今度は俺が笑みを湛えながら、自分の頭を指差して見せた。
「またてもッ・・・・・・・またしても、俺の顔に傷をつけやがった!!」
自分の血液と憤怒で顔面を紅潮させ、テッドは自分の両腕を歪な鍵爪に変形させた。
「切り刻んでぇ、引き裂いてやる・・・・・・!」
奴が言葉を言い終えないうちに、俺の前髪の毛が目の前で飛び散っていた。
俺はバク転で大きく距離を取とると同時に両腕にサブマシンガンを手にし、一斉に銃撃を始めた。
だが、その殆どの弾丸は奴の鍵爪で遮られ、運よく当たった数発は皮膚にかすり傷を与えるのみだ。
「はは!効かんぞ!!ふははは!!!」
テッド高笑いと共に両腕のサブマシンガンが空中高く舞い上がり、無防備となった俺の体に奴の蹴りが加えられた。
「なッ・・・・・・?!」
一瞬何が起こったのかすら把握しきれず自分の体は一瞬宙を飛び、鉄の壁に叩きつけられた。
十メートル以上飛んだはずだが、テッドは既に目の前で、俺の首を掴みあげていた。
「切り裂くのはやめだ・・・・・・先ずはいたぶって、いたぶって、痛みと屈辱を教えてやる。」
「サド趣味は嫌いでな。」
俺は挑発の台詞を吐くと奴の腹部を蹴り飛ばし、奴の腕から解放されると同時に、俺は渾身の力を込めた拳を振り上げた。
同時に奴も拳を突き放つ。
次の瞬間、俺とテッドの拳と拳が空中で激突し、同じように跳ね返された。
「ぬぉお・・・・・!!」
「えぇい・・・・・!!」
再び渾身の一撃を放つが、それもまた互いの拳によって相殺された。
また一撃、また一撃と、殴打の応酬を繰り返すうちに、その速度と勢いは増し、そして遂には二本あるはずの腕が無数に見えるほどの超高速で拳闘の弾幕を張り合っていた。
空中で数百の拳と拳が火花を散らすほど激突した。
「しぶとい奴だ!」
「お前もな。」
そして俺の拳がテッドの拳を崩し、渾身の一撃を加えた。
「うぉおお・・・・・・!!」
テッドは一度身を苦痛に呻いたが、即座に右足を刀剣のごとく振り上げた。
殴撃を上回る速度と威力に俺の防御が耐えきれず、胸、脇腹にテッドの蹴撃が叩きつけられた。
全身を激痛が走ったが、それを痛がっている場合ではない。
すぐに体勢を立て直そうとしたものの、僅かな隙を見逃すはずもなくテッドのブーツのつま先が俺の顎を蹴りあげた。
一瞬意識が吹き飛び、空中で俺の体が一回転した。
だが俺はそこから両足で着地し、同じようにテッドの腹部を蹴り飛ばした。
有利に立てたと思っていたのか、無防備になっていたテッドは床から宙に浮き、人間大砲のように吹き飛ばされた。
十数メートルほど吹き飛んだ後、テッド顔面がカタパルトのレールに着地し、鈍い音がハンガー中に鳴り響いた。
一瞬死んだように動かなくなった体が、次にはゆっくりと起き上がっている。
「デぇルぅううう!!!!」
テッドは先程よりも増して鼻血を滴らせながら、悪魔のような憎悪に満ちた表情で俺を睨みつけた。
「もういい。テッド。やめろ。」
またしても背後から声が掛った。
俺はテッドに蹴り飛ばされた銃を拾い上げ、声の方に向けた。
そこには一人の少女が、テッドに向かって歩いていた。
テッドと同じ、赤い髪。
ドリルのように巻き上げた髪。
ウェポンズの制服。
彼女は俺の存在などまるで目もくれずテッドのもとに寄り添うと、服のポケットからピンクのハンカチを取り出した。
「こんなに怪我してしまって・・・・・・まだ痛いか?」
まるで自分の子供に呼び掛けるような優しい声で彼女はテッドの顔面をハンカチで拭い始めた。
「もう痛くないよ・・・・・・でもあいつは・・・・・・!!」
「あの男のことはお母さんに任せればいい。さぁ、お前はボスのところに行っておやり。さぁ。」
「うん・・・・・・分った・・・・・・。」
彼女の言葉で、先程までの狂乱ぶりが嘘のように消え去ったテッドは、俺に殺気の籠った一瞥をし、ハンガーの中から消えていった。
「さて・・・・・・。」
彼女は赤く染まったハンカチをポケットに戻し、俺に向き直った。
「余分な台詞はいらんな・・・・・・だが、我々はボスに侵入者を全て排除するよう命じられている無論お前も例外ではない。」
そう言いながら、彼女は何かの端末を手にし、数回キーを打った。
「だが、私が今から実行することは命令ではない・・・・・・。」
すると彼女の体に青白い電流が迸りその体は光の球体の中に包まれた。
そして球体は眩い閃光を発し、俺の視界を白く覆い尽くした。
「これは、私の私情だ!」
その叫びと共に、光の球体から、異様な彼女の姿が現れた。
体は紅に輝くの重装甲に包まれ二足歩行の重戦車と化し、右腕には電流を纏った巨大な砲身が握られていた。
背中からはドラゴンを思わせる巨大な翼が生え、彼女の体が空中へ飛翔する。
「私の名は重音テト。私の大切なものを傷つけた報い、己が死で償ってもらう!!」
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