彼女にとっての世界は、カーテンさえも閉めきられた薄暗い一室のみ。しかし、床に散らばった雑誌やちらし、ときおりマスターがアニメを見るためにつけるテレビが、彼女にもっと広い世界の存在を明らかにしていた。そしてその世界では、自分の存在が「違法」と決定づけられていることも明らかになっていた。
歌うアンドロイドであるせいか、幸いにも彼女にはいくらかの言語知識があった。それによると、彼女は人間の決めた規則に反する存在であるらしいのである。
彼女は美しい肢体を畳むようにうずくまったまま、その規則を頭の中で繰り返した。
国の規定に沿わない改造、あるいは許可が下りていないアンドロイドの開発は違法です。
上記が発覚した場合、対象のアンドロイドは没収、処分され、違反者には罰金――。
「私は、違法」
歌うための喉が、震える声を出す。その声は体を持たなかったの頃のVOCALOIDよりもずっと鮮明で本当の人間のようにさえ聞こえる。だが、彼女はその呟き以外に喉の使い道を知らなかった。
歌を歌うという概念は知っていた。だが彼女は歌を一小節だって知らなかったし、自分で歌を作るという発想がわくほどものを知らなかった。
マスターに物を尋ねることはハナから諦めていた。目覚めたときには自分が喋るのも聞かずに自賛を繰り返しながらキーボードを叩き続け、興奮が収まってくれば収まってきたで、あっさりと自分に興味を失って、電源を切るのも忘れて電子画面に夢中になっている。
――私は、作られるためだけに作られたんだ。
たった一人の力でそれを自分を生み出すこと。それが生みの親であるマスターが、彼女に見出した価値だったのだ。
故に、完成された彼女にもう彼にとっての価値はなかったのである。
しかしそれでも、彼女はその部屋を出て行こうという考えはできなかった。『処分』の二文字が、彼女を縛り付けていた。
処分。その言葉の意味を、彼女は知っていた。そして、恐れた。
なぜかは、分からなかった。存在している理由すら分からず、ただ人形のようにうずくまっているくらいなら、自分がいつか人形とバレる時が来ても、そのときまで広い世界の中にいた方が、ずっと幸せではないだろうかとも思う。
だが、彼女にはなぜか決心がつかなかった。だから、いつか部品が劣化するか、マスターが死んでしまうまで、自分はこの部屋の中でうずくまって暮らすのだろうと思っていた。
だが、生まれてから二十四日目、そんな彼女に転機が訪れた。
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