第一章 ミルドガルド2010 パート9
ゴールデンシティはミルドガルド共和国第一の経済都市であり、人口、企業数共に世界有数の都市でもあった。その規模を反映するように、ゴールデンシティ駅もまたミルドガルド共和国最大の規模を誇っている。ゴールデンシティを起点とする鉄道は新幹線、在来線合わせて10を軽く超える。新幹線だけでもルータオ新幹線の他に、ブルーシティへと向かうザルツブルグ新幹線にグリーンシティへと向かうオデッサ新幹線と、三本の新幹線がその拠点としている駅なのである。ルータオ駅に比べて数倍の規模を誇るゴールデンシティ駅の駅構内で、しかしリーンとハクリは二人困惑という表情そのままで立ちつくす羽目になった。何しろ、人が多すぎる。平日ということもあるだろうが、スーツ姿のサラリーマンがまるで時間に追い立てられるようにそれぞれの目的地へ向けて移動してゆく様は、少なくとも良い景色とは表現しがたいだろう。
「とりあえず、ご飯にしようか。」
人酔いという経験は余りしたことがなかったが、ルータオ駅の数倍は人口密度が高いだろうゴールデンシティ駅を歩く人並みを眺めて軽い吐き気を覚えたリーンは、ハクリに向かってそう言った。
「そうしようか。」
人の多さに驚愕したのはハクリも同じであったらしい。ただでさえ無機質なコンクリートで覆われている駅構内が、より一層無感動な存在に思えてしまい、リーンはつい漏らしかけた溜息を寸前で押しとどめた。どうも、都会暮らしは性にあわなそうだ、とリーンは考えてから、ハクリに向かってこう言った。
「とりあえず、お店を探しましょう。」
リーンはそこで言葉を区切ると、キャリーバッグを引きずりながら歩き出した。不思議なことに、中身の容量は変わらないはずなのに、朝よりもバッグが重たく感じる。長旅で疲れはじめているのかもしれない、と考えながらリーンはハクリを先導するように歩き出した。かといって、どこに目的の飲食店があるのか、見当もつかない。土産物屋や駅弁屋は沢山あるから、その内ファーストフード店程度はあるだろう、とリーンは考えながら、無造作に歩いてゆく。ただでさえ不慣れな道だ。自然と挙動不審な態度になっているし、ランチを頂くのに適当なお店を探そうと必死に視線を動かしていたから、つい前方が不注意になっていたらしい。
「リーン、気をつけて!」
そのハクリの言葉は、残念ながらその事故を防ぐには少しばかり遅すぎた。リーンは側面に注視したまま何か柔らかいものに衝突し、思わずバランスを崩してしまったのである。
「あ、すみません!」
どうやら人にぶつかってしまったらしい、と考えたリーンが慌てて視線をその人物に向けて、リーンは思わずはっとするような感覚を覚えることになった。一番に瞳に飛び込んで来たのは赤髪。それも、燃える様に輝く情熱の赤。短めに切りそろえられたその赤髪の下には、意志の強さを表す様な強い光を持つ瞳が光る。一瞬美男子に見えたその人物はしかし、誰もがうらやむようなプロポーションを併せ持っていた。胸元を強調する様な服装なのに、何故か嫌味を感じない。それよりも赤髪の女性が持つ張りのある胸元を確認して、自分の何倍の容積が詰まっているのかしら、とリーンは思わず考えた。
「ごめん、大丈夫?」
その直後に、赤髪の女性がリーンに向かってそう訊ねた。歳の頃はリーンとハクリよりも僅かに年上、おおよそ二十歳辺りか。その声色は優しくて、それでいて妙にしっかりとした声色をしていた。
「大丈夫、です。」
リーンはそう答えて、真っ直ぐにその女性の瞳を見つめた。その目元が、リーンの蒼い瞳を映し出して僅かに緩む。鼓動が高鳴るような、素敵な笑顔だった。
「そう。ならよかった。気を付けてね。」
赤髪の女性はそう告げると、リーンに最後にもう一度笑顔を見せてから歩き出した。どうやらこれから新幹線に乗車するらしい。リーンと同じようにキャリーバックを手にしている所を見ると、これから旅行か、それとも引っ越しでもするのだろうか。颯爽と言う言葉そのままに立ち去っていった赤髪の女性の後ろ姿をリーンがぼんやりと眺めていると、ハクリが少し驚いたような声色でリーンに向かってこう言った。
「あの人、メイさんじゃないかしら。」
「メイさん!」
ハクリの言葉に、リーンは思わず素っ頓狂な言葉を上げた。赤髪のメイと言えばミルドガルド共和国に知らないものはいない。一昨年の国際スポーツ大会の剣術部門で、僅か十八と言う年齢にも関わらず世界一の座を射止めた天才女流剣士である。そう言われてみれば、ニュースやバラエティ番組にその姿を現している姿をリーンであっても何度も目にしている。もちろん、注目されているのはその剣術能力だけではなかった。何しろ、メイはそこらのアイドルが霞んでしまうほどの美女であり、しかも歌唱能力まで群を抜いていたのである。昨年の音楽ランキングで堂々の一位をかすめ取り、マスコミから異種二冠達成ともてはやされたことは記憶に新しい。そして、その能力を裏付けする様な経歴。メイは何とミルドガルド共和国初代大統領であるメイコの直系の子孫であると言うのだから、もう文句のつけようもない、現代世界における最高級の人類に部類されるべき人物なのである。
そのメイと、偶然とはいえ会話することが出来た。そう考えただけでリーンの鼓動は容赦なく高鳴り、それまで感じていた疲労が一瞬で霧散していくような感覚を味わうことになったのである。今日は、とてもいい日かも知れない、とリーンは考え、自然に頬が緩むことを自覚したのであった。
リーンとハクリが無事にグリーンシティへと到達したのは、それから四時間余りが経過した頃であった。メイと会話できたという嬉しいアクシデントの後にようやく発見したファーストフード店でとりあえずの空腹を満たしたリーンとハクリの二人は、時計との競争とばかりに大慌てでプラットホームにまで舞い戻り、そして発車時間ギリギリで予定していたオデッサ新幹線へと乗り込んだのである。それから先は遥か南方に位置するグリーンシティまでは乗り換えもない。乗車の時間をハクリとのとりとめの無い会話で費やしたリーンは、やがて日が陰る頃にその姿を見せたグリーンシティの様子を見て、思わず大きく息を吸い込んだのである。これが、あたし達が四年間過ごす街。そう考えると、嫌でも期待感が心を覆い尽くして行ったのである。
「ご乗車お疲れ様でございました。間もなく、当新幹線はグリーンシティ駅に到着致します。」
流れゆくグリーンシティの街並みを背景に、車掌のアナウンスが車内に流れる。ゴールデンシティよりも落ち着いた気配が残るグリーンシティは、ミルドガルド共和国の中では文化都市として有名であった。政治の中心地であるブルーシティ、経済の中心地であるゴールデンシティ、そして文化の中心地であるグリーンシティ。この三都市を総称してミルドガルド三大都市と表現することもある。人口は他の二拠点に比べて少ないが、大学と研究所の多さはミルドガルド共和国一であり、また観光客も他の二都市に比べると群を抜いている。それがグリーンシティなのである。
そのグリーンシティは景観保護の為、近代化を敢えて制限している街としても有名であった。その為未だに均整のとれた、古い煉瓦造りの街並みが残されており、碁盤の目に並んだ街並みは百年前の面影すら残しているのである。街の中心部への高層ビルの建築は禁止されているし、鉄道も基本的には地下鉄が主流になっているのは、それだけ景観を重視しているというグリーンシティとしての方針であった。唯一地上線として存在するオデッサ新幹線とオデッサ本線の二本の鉄道は街の最南端、正確には旧緑の国の王都としては外れの位置にようやくその居場所を確保しているに過ぎない。その駅舎は十年ほど前に高名なデザイナーが設計をしたもので、機能性を重視しているゴールデンシティの駅舎とは方向性を180度変えた、デザイン性の富んだ作りとなっている。テーマは旧と新の融合だそうで、新世紀を迎えた記念に建築されたその駅舎は近未来を思わせる作りながら、どこか懐かしさを感じさせる不可思議な空間として存在していた。
「とりあえず、地下鉄を捜さないとね。」
無事にグリーンシティ駅の改札を通過したリーンは、そこで足を一度止めると、後ろからついて来ていたハクリに向かってそう言った。セントパウロ大学へは大学受験の時に一度訪れているが、今回自宅を構える場所はそこから地下鉄で二駅ほどグリーンシティ駅に近い場所となっている。学生寮や学生向けのアパートが多数存在する、学生街であるということであった。これから乗るべき地下鉄は確か南北線という名前だったか、と思い起こしながら、リーンは周囲を見渡すことにした。案内板があるだろうと考えての行動だったが、どうやらハクリの方が視界は広かったらしい。
「リーン、こっちみたい。」
いち早く地下鉄への案内板を見つけたハクリは、リーンを促す様に一つ頷くと自ら先導を切って歩き出した。その方向を見ると、確かに天井から吊り下げられた看板に南北線の記載がある。落ち着いた青系統の看板に従って歩みを続けること五分余り、いつしか二人は地下深くの階層に到達していた。その場所に現れたのは地下鉄の切符を販売している自動券売機である。その券売機でモーリス学生街駅までの切符を購入したリーンとハクリの二人は、そのまま自動改札を通過して地下鉄のプラットホームにその姿を現した。周りには帰宅を控えたサラリーマンの他に、同世代に見える、二人と同じように大荷物を抱えた学生の姿がちらほらと見えた。三日後に迫った入学式を楽しみにしている新入生たちだろう、とリーンは考えながら、地下鉄の到着を待つ。ルータオには路面列車はあるが地下鉄は存在しないため、実は入試以来の地下鉄乗車であった。その地下鉄が轟音を響かせて暗闇の中からその姿をプラットホームに現したのは、それから五分ほどが経過した頃であった。少しくたびれた様なその車両は程良く空いていたが、グリーンシティ駅が最も乗車客が多いのだろう。春休みを利用した旅行客と、通勤客、それに学生という構成でその車両は瞬く間に人で埋め尽くされて行った。もちろんリーンとハクリの為に座席が空いている訳もなく、他の大多数の乗客達と同様にキャリーバッグ共々地下鉄車両に押し込まれるという結果に陥った訳である。
その乗客達も駅を過ぎるにつれて徐々にその数を減らしてゆき、リーンとハクリが目的地としているモーリス学生街駅に到達する頃にはぽつぽつと空席も発生し始めていた。それでも後少しの距離で席に腰かけることも躊躇われる。もうすぐだし、このまま立っていよう、とリーンが考えている内に、地下鉄の車内アナウンスがモーリス学生街駅に到達したことを告げた。それから一分ほどで地下鉄は再び暗闇の中から光に溢れるプラットホームへと進入してゆく。周りの学生風の若者たちも下車準備を整えているところをみると、どうやら目的地は全員似たような場所らしい、とリーンは考えながら地下鉄を降りることにしたのである。
小説版 South North Story ⑩
みのり「第十弾です☆」
満「ということで、ようやく予告していた意外な人物の登場だ。」
みのり「メイね。メイ=メイコと考えてくれれば嬉しいな。」
満「これも理由はリーンとハクリと一緒で、名前がメイコだとどっちだか分からなくなるという理由からメイと名付けた。」
みのり「案外意外でもなかったかしら?」
満「さぁ?」
みのり「あとね、グリーンシティのイメージは日本が誇る文化都市、京都市をモチーフにしています!」
満「あそこは徹底しているからな・・。マックとかも赤色使っちゃいけないって規定が合って、みんな地味な看板立ててるから。」
みのり「たまにお坊さんがスクーターで走って行くよね。」
満「袈裟を来たままスクーターで暴走する様は一見の価値があるぞ。」
みのり「なんだか京都行きたくなっちゃった・・。満、今度行こうよ☆」
満「・・夏休みだな。」
みのり「うん☆じゃあ、皆さん、次回もお楽しみくださいませ♪」
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