悪食娘コンチータ 第一章 王宮にて(パート4)
翌日。
その日もまた、真夏らしく湿気の薄い、からりとした晴天に恵まれた一日であった。天空から降り注ぐ光に遠慮はなく、それを遮る雲も存在していないから、熱気が直接に地上にまで降り注いでいる。木々はまさにこの世の春とばかりにその緑を一面へと巡らせていた。まるで何かを競いあっているかのように。
だがその光が、植物以外の生物に十分な恩恵を与えているか、と問われれば甚だ疑問と返答せざるを得ない。おそらく軒下に隠れて涼をとっているのだろう、普段は王都を我がもの顔で街を闊歩する野良猫の姿すらもこの日に限っては存在せず、ただ止むを得ない事情で街を歩く人間たちだけが、手にしたタオルで懸命に汗を拭いながら歩いている姿が確認できるばかりであった。
その中の一人、日頃着用している軍服ではなく、彼にしては珍しい私服を着込んだ少年が、やはり同じようにタオルを片手に歩いていた。オルスである。久しぶりに手に入れた終日の非番をどう過ごそうか、とオルスは考えて、思いついた先がコンチータ男爵の屋敷であったのである。コンチータ男爵の屋敷は、黄の国の他の貴族連中と変わらず、王都の街中に位置する、貴族ばかりが住まう区画の一角に位置していた。その場所には今、バニカ夫人だけが一人、過ごしている。コンチータ男爵とバニカ夫人の間には子はなく、また他の親族も存在していなかったため、コンチータ家自体の存続はバニカ夫人の今後の選択如何に問わず、最終的には消滅することが確定してはいたが、現状では暫定措置としてバニカ夫人にコンチータ男爵家の家長として地位が与えられていた。とはいえ、あくまで形ばかりの措置であり、バニカ夫人が病に倒れていると言われる現状ではコンチータ男爵家が政治・軍事のいずれに置いても機能しているとは言い難い。実際としては、若くして夫を失ったバニカ夫人の心象を思いやり、内務卿でありかつバニカ夫人の実父であるマーガレット伯爵が特例を押し通したということが事実ではあった。
それはともかく、赤騎士団に入隊以来、今は亡きコンチータ男爵の従者兼見習い騎士として入隊したオルスにしてみれば、バニカ夫人の体調を気遣い、そして見舞う義務がある。そう考えたのであった。その途中、流石に手ぶらではまずいと考えたオルスは街中にある、偶然視界に映った花屋へと足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ。」
オルスが入店すると、愛想の良い、中年の女性店員がオルスに向かってそう声をかけた。墓地とは正反対の方角であったから、この花屋に入るのは初めてのことであった。街中の富裕層を相手としているのだろう、墓地の近くにある、質素で落ち着いているが少し辛気臭い、普段から通う花屋とは違い、様々な色が取り揃えられた、見た目にも華美に見える店舗であった。
「これから、人の見舞いに行くのだが。」
「でしたら、丁度良いバラがありますわ。」
店員はそう言うと、オルスに対して絶妙な距離感を保ちながら、店内の一角を指さした。色とりどりの、確かに立派なバラであった。
「この時期にはほとんど入荷がないものですけれど。」
時期はずれ、ということが一番の売りらしい。オルスはそう考えながら曖昧に頷いた。正直、花のことはよくわからない。コンチータ男爵の一件がなければ、少なくとも毎日のように花束を買い求めることも無かったに違いない。
「お見舞いでしたら、少し薄めのお色の方がよろしいかしら。」
続けて、店員は楽しげにそう言いながら、半ば腰を落とすと、バラの茎を数本、摘み上げた。その姿勢のまま、オルスに確認するように軽く視線を寄越す。
「なら、それで。」
オルスは一度そう言ってから、続けて思い出したかのようにこう言った。
「赤い花も混ぜてくれ。」
オルスがそう告げると、店員は困ったように軽く首をかしげた。そのまま、口を開く。
「赤いバラはお見舞いに向かない、と言われますけれど。」
「いや、構わない。」
バニカ夫人は自身のドレスに象徴されているように、赤色を特に好んだ。このバラのように鮮烈な赤は、特に興味を引くだろうと考えたのである。
「それでしたら、はい。」
自分自身納得していない、という様子ではあったが、折角の客に対して必要以上に追求するつもりは無いらしい。店員は素直にそう答えると、手際よく複数本のバラ、ピンク色と赤色を基調とした花束を作り始めた。アクセントとばかりに、さりげなくカスミ草を混ぜることも忘れない。
「それでは、こちらで。」
「ありがとう。」
オルスが花束と交換に銅貨を店員に手渡すと、店員が唐突に、そういえば、と口を開いた。
「先ほど、お客様と似たようなご注文をされた方がいらっしゃいましたわ。若い、美しい女性でしたけれど。」
その瞳には何か詮索をするような色が見えて取れる。
「暑気にでも、やられる人が多いのだろう。」
少なくとも、自分の予定にはこれから女性と逢引するという項目は記されてはいない。素っ気なくそう答えたオルスに対して、店員の期待は大いに削がれたのか、どこか拍子抜けた表情で、暑い中ありがとうございます、と気の抜けた炭酸水のような言葉を口から漏らした。
だが、その店員の推測はあながち間違ってはいなかったらしい。
その事実にオルスが気づいたのは、コンチータ男爵の屋敷の目の前、正門前に直立していた衛兵に対して、見舞いの要件を告げようとしたときのことであった。
「あなた、昨日の!」
活発、と表現するには刺が有りすぎる少女の声がオルスの耳に届いた。感動の再開とは程遠い。オルスでなくても、嫌悪感をむき出しにしていることは容易に理解出来ただろう。昨日オルスと衝突した少女、フレアであった。
「あ・・。」
「あ、じゃないわよ!一体なんの用なの?」
早速先手を取られてしまえば、矢継ぎ早に放たれる言葉に対して対抗する術はない。とりあえず昨日のことを謝罪しよう、と思った瞬間には次の言葉が飛び出している。
「いや、バニカ夫人のお見舞いに・・。」
ようやくそれだけを答えると、オルスはたどたどしく、先ほど手に入れた花束をフレアに向かって示した。しかし。
「あなた、なんであたしと同じ花束なの!」
フレアは叫ぶようにそう答えると、ぐい、と自身が手にした花束をオルスに向かって突きつけた。確かに、オルスの花束とほとんど同じ、瓜二つの花束であった。その花束を頬をひきつらせながら見つめて、オルスはまざまざと先ほどの店員の言葉を思い出した。成程、自分よりも前に店を訪れた若い女性とは、フレアのことだったのかと妙に納得する。
「いやらしい。真似したのね。」
女性らしくない、威風堂々とした姿で腕を組みながら、フレアはまるで虫けらでも眺めるような視線でオルスを睨みつけた。
「いや、そんな訳では。」
「じゃあどういう訳なのよ。お姉さまには赤が一番だと思って、店員に細かく指示を出して作らせたのに。季節外れの貴重な花なのよ?」
「多分、君と同じ店で買ったからだろう。」
オルスがそう答えると、フレアは釣り上げていた瞳をとたんに苦々しくしかめさせた。そうして、フレアが更に言葉を投げつけようと用意したときである。オルスは屋敷から肩を落として歩く青年の姿に気がついた。どうにも疲労しきった様子で、とぼとぼとフレアとオルスが口論している正門へと向けて歩いてくる。
「あれ、バークさん。」
フレアもその姿に気づいたらしく、一瞬攻撃の手を忘れた様子でそう言った。
「バーク?」
訊ねたオルスに対して、フレアは一つ頷くと、バークと呼ばれた青年に向けて駆け出していった。その後に、なんとなく、オルスも続く。
「バークさん、こんにちわ!」
フレアが、先ほどとはうって変わり、年頃の少女らしい声色でそう声をかける。物思いに耽っていたのか、うつむき加減で歩いていたその青年はわずかに反応を遅らせながら顔を上げると、ため息混じりの口調でこう答える。
「ああ、フレアお嬢様。」
「どうしたの?元気がないわ。」
「私、お嬢様にお仕えするのも本日まで、となりまして。」
その言葉にフレアがはっ、と息を飲む。そして、こう答えた。
「・・お姉さまが、何か?」
「どうも、私の稚拙な料理では、バニカ様を満足させることができませんでして・・。」
「・・そう。」
唇を軽く噛み締めながら、フレアは無念そうにそう言った。だが、その表情は一瞬、すぐに笑顔に顔色を戻すと、バークを励ますようにこういった。
「お姉さまの舌は肥えすぎているのだわ。少し、そう、並外れて!だから、その・・バークさんの料理はあたしは本当に美味しいと思ったし、その・・。」
「お心遣い感謝します、フレア様。」
バークはフレアに対して、明らかに無理に見える笑顔を見せた。そのまま、小さく会釈を行うと、先ほどと同じように、深く肩を落として立ち去ってゆく。
「彼は?」
バークの姿が視界から失せるまでを見届けてから、オルスはフレアに向かってそう訊ねた。
「料理人。」
「料理人?」
「そう。でも、今回も駄目だったみたい。」
「今回も?」
オルスがそう尋ねると、フレアは他人からでも分かる程度に大きな溜息をつきながら、こう言った。
「そ、今回もダメ。コンチータ男爵が亡くなってから、お姉さまの食がどうにも優れなくて、気に入らないとすぐに料理人を替えて・・。」
「何度もあったのか?」
オルスがそう尋ねると、フレアは視線を地面に落としながら、少し疲れた様子でこういった。
「そうよ。これで、十人目。」
コメント1
関連動画0
オススメ作品
みなさん、こんにちは。 (翻訳機を使っているので、訳がおかしかったらごめんなさい)私はひまわりPという名前で活動している初心者ボカロPです。 略してひまPとかワリPとか呼んでください。 よろしくお願いします。 音楽を作りたいんだけど、曲のアイデアがないんだ。 曲のアイデアを持っている人はいるだろう。...
オリジナル曲の制作を手伝ってほしい
Himawari-P
それは、月の綺麗な夜。
深い森の奥。
それは、暗闇に包まれている。
その森は、道が入り組んでいる。
道に迷いやすいのだ。
その森に入った者は、どういうことか帰ってくることはない。
その理由は、さだかではない。
その森の奥に、ある村の娘が迷い込んだ。
「どうすれば、いいんだろう」
その娘の手には、色あ...Bad ∞ End ∞ Night 1【自己解釈】
ゆるりー
(Aメロ)
また今日も 気持ちウラハラ
帰りに 反省
その顔 前にしたなら
気持ちの逆 くちにしてる
なぜだろう? きみといるとね
素直に なれない
ホントは こんなんじゃない
ありのまんま 見せたいのに
(Bメロ)...「ありのまんまで恋したいッ」
裏方くろ子
A 聞き飽きたテンプレの言葉 ボクは今日も人波に呑まれる
『ほどほど』を覚えた体は対になるように『全力』を拒んだ
B 潮風を背に歌う 波の音とボクの声だけか響いていた
S 潜った海中 静寂に包まれていた
空っぽのココロは水を求めてる 息もできない程に…水中歌
衣泉
彼女たちは物語を作る。その【エンドロール】が褪せるまで、永遠に。
暗闇に響くカーテンコール。
やむことのない、観客達の喝采。
それらの音を、もっともっと響かせてほしいと願う。それこそ、永遠に。
しかし、それは永久に続くことはなく、開演ブザーが鳴り響く。
幕が上がると同時に、観客達の【目】は彼女たちに...Crazy ∞ nighT【自己解釈】
ゆるりー
雨のち晴れ ときどき くもり
雨音パラパラ 弾けたら
青空にお願い 目を開けたら幻
涙流す日も 笑う日も
気分屋の心 繋いでる
追いかけっこしても 届かない幻
ペパーミント レインボウ
あの声を聴けば 浮かんでくるよ
ペパーミント レインボウ
今日もあなたが 見せてくれる...Peppermint Rainbow/清水藍 with みくばんP(歌詞)
CBCラジオ『RADIO MIKU』
クリップボードにコピーしました
ご意見・ご感想
日枝学
ご意見・ご感想
読了! こんにちはレイジさん。相変わらずテンポ良く描写良くの高クオリティな作品ですね。とてもバランスの取れた構成のように感じます。早すぎず遅すぎずのテンポで飽きません。描写の量もちょうどだし、描写自体、読み手が想像しやすい描写になってて良いですね。尊敬!
続き楽しみにしています。きっつい暑さが続いていますが、何とかこの暑さを乗り切るとしましょうか(笑
2011/07/19 15:42:50
レイジ
コメントありがとうございます☆
毎回お褒めのお言葉をいただいて・・本当に恐縮です。
コメントいただくと相当モチベが上がるので、これからもいい文章が書けるように頑張ります♪
暑いうえに台風といろいろ大変ですが、健康にはお気を付け下さいませ☆
本当にありがとうございました!
2011/07/19 22:00:39