「ミクが、生きている」
カイトの頭は、今やその一言に縛られていた。
フィステューゲン王国王女、ミクリアーナ・エリオ・イル・フィステューゲン。
カイトが愛した翡翠色の髪と瞳の少女が、冷たい土の中にあって尚生きているという推測は、カイトの思考を奪うのに十分だった。
「確実じゃない。でも、レンの態度や彼の歌った言霊、その他諸々を考えると・・・多分」
メイコ自身は、ミクと面識がない。だがレンから話は聞いていた。剣の稽古を付けていた人嫌いな愛弟子が、珍しく王女や身内以外の人間の話をしたので記憶は強烈だ。
その感情が、恋だとは知らないまま。
“自分が彼女に恋をしている”という、当たり前の感情に気付けていなかった少年。
《カイ兄、ミクさんをよろしくお願いします》
そういってこちらに頭を下げた少年は、一体何を思っていたのか・・・
「あ」
メイコはある重大に一点に気付き、思わず声を上げてしまった。「何?」とカイトが首を傾げてメイコを見た。
「レンは確か、貴方を《カイ兄》って呼んでた。知り合いなの?」
「あれ、話してなかったっけ?」
メイコの言葉に逆に面食らった顔のカイトは、軽く咳払いをしてから「とにかく」と厳しい面持ちを取り戻した。
「旧フィステューゲン領に行く。王家の方々の墓前に革命の成功を報告する、とでも言えば大丈夫だろう。俺とミクとの仲は有名だったし。俺とレンとの事は、追って道中で話す」
メイコも毅然とした表情を取り戻すと、こくりと頷いた。



墓前に革命の報告をするついでに旧フィステューゲン領の今後を考えると言うと、人々は渋々送り出してくれた。
「・・・で、カイト」
愛馬の背に鞍を載せながら、メイコは問い掛けた。
「そろそろ、レンとの関係を教えてくれてもいいんじゃない?」
カイトは人の良い苦笑を浮かべ、自分の馬の鼻面を撫でる。
「レンの養い親が誰かは知ってる?」
「ルカ・フェレンディックでしょう? 国を持たない《霧ノ民》ことピオニア・セファリコーサ達の一人で、旧クロイツェル王国の外交を一手に引き受けていた才女」
カイトは頷く。
「で・・・8年くらい前かな。いつものようにルカさんが小麦貿易の交渉しにうちに来たんだけど、その時に小さな男の子を連れていたんだ。心の傷のせいで口がきけないってルカさんは言ってたけど、多分《言葉》を封印されていたんだと思う」
8年前のレン。逆算すれば、当時6歳。その歳で両親や姉との望まぬ離別を強いられた希代の言霊遣いは、不安定な精神故に暴走の危険がある危うい存在だったのだろう。
海に囲まれ、常に潮風に晒されるミオソフィリエ王国で農業は自国を養えるほど穀物ができない。
それゆえに穀倉地帯として名高いクロイツェル王国から毎年小麦を輸入していた。
1cvあたりいくらで小麦を売り買いするのかを決めるのは、毎年ミオソフィリエ王とクロイツェル外交大臣との間で丁々発止のやり取りが繰り広げられる。
そのやり取りは一種の見世物と化しているのだが、現在重要なのはその点ではない。
「ルカさんの滞在期間は一週間。その間、俺がレンの面倒を見る事となった」
「当時のレンはどんな子供だったの?」
メイコは自分が出会った当時のレンの姿を思い返しながら、馬に手綱を掛けた。
「それについては、道すがら話すよ・・・行こう」
馬のいななきが、暮れ行く茜空に響く。
ミオソフィリエ王国王子とクロイツェル王国革命の勇士を乗せた馬はその馬首を揃って同じ方向へ向け、駆け出した。

夕陽を背に受けて、一路。
東へ、東へ。

ライセンス

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【オリジナル小説】ポーシュリカの罪人・10 ~夕日を背に受けて~

1ヶ月振りの「ポーシュリカの罪人」更新です・・・
遅くなって申し訳ありません!
いきあたりばったりムズイですw
尚、「獣の奏者エリン」とは何も関係ありません。
好きですけど。全巻読破したけれど。
「霧ノ民」の出典は雨傘Pの「永遠の霧の都」からです。
一応念のため。

次回でカイメイメインのパート(ポーシュリカ編)は一端終了です。
その次から主役をリンレンに戻して《大獄》編になります。
・・・いつになるかわかりませんがッ!

亀の足並みよりものろのろと更新する私の「ポーシュリカの罪人」をよろしくお願いしますoyz

閲覧数:236

投稿日:2011/05/18 20:17:53

文字数:1,469文字

カテゴリ:小説

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