随分と女の数が増えたものだ。
特にやる事もなく、屋敷内をふらつく悪魔は淡々と判断を下す。たまにすれ違う女から会釈をされたり挨拶をされたりするが、気に入った相手ならともかく、興味もない者に意識を向けるのも面倒な為、一瞥する事もなく通り過ぎた。
ヴェノマニアに与えた力。それは使用者本人へ過剰に意識を向けさせ、他の者にはさしたる興味を抱かせないようにする魅了の力であり、ヴェノマニアの傍にずっといたいと言う思いを増幅させるものだ。
言い換えれば、足りない気持ちを満たそうとする欲望の感情を発展させたようなものである。
人間とは面白いもので、生きとし生ける者全てに必要不可欠である欲望を悪とし、己にはそんな醜いものは存在しない否定して目を逸らす生き物だ。
確かに過ぎた欲は破滅を呼ぶが、同時に何かを為す為に必要な感情でもある。
死にたくない。力が欲しい。現状を変えたい。生きたい。大切なものを守りたい。
身の程知らずの野望も、汚れ無き望みも、全ては欲望から湧き上がる思い。
何もかも失い絶望し、それでも願いを忘れないのは、希望。
表裏一体とも言える欲望と希望を兼ね備えた勇者のお陰で、何度苦戦をしてきたか。
「皮肉なものだな」
金髪の悪魔は冷笑を浮かべる。最近はそこまで骨のある人間をほとんど見かけないのが現実だが。
退屈は嫌いだ。数百年前のように、気概のある連中が絶え間なくやってくれば暇潰しになるが、国側は対策を練っているのか、それとも事件を解決する事を諦めたのか、屋敷にやって来るのはヴェノマニアが目当ての女だけである。
始めの頃は美しい女が来る事の戸惑いや相手を選ぶのに後ろめたさを見せていたヴェノマニアだったが、人数が増えるに連れて環境に慣れてしまったのか、それとも気に入った女を見つけて満足したのか、近頃は現在の環境を当たり前のように思っている。
ある公爵が一人住む屋敷に大量の女を連れ込み、ハーレムを作っている。
ヴェノマニア公は、実は悪魔なのではないか?
国内ではとうとうそんな事まで囁かれている。大多数が知る噂は基本的に信用出来るものではないが、奇しくも真実を言い当てていた。
不安、焦燥、怒り。負の感情は悪魔にとって心地良いものだが、時期的に見ても、そろそろ勇者様気取りの誰かが来てもおかしくない頃ではある。
ヴェノマニアが捕まるなり殺されるなりして女性失踪事件が終わるか、もしくは正義の味方が返り討ちに遭い、事件を解決する事を諦めて公爵を野放しにするか。
悪魔にとってはどちらに転んでも楽しめる。前者であればヴェノマニアの、後者であれば解決に挑んだ誰かの負の感情が溢れるだけの事。
耳に挟んだ話では、ベルゼニア帝国の王女までもヴェノマニアの手に落ちたとか。
「さぁて……。体面を何より重視するベルゼニアは、果たしてどんな手段を取るのかな?」
金髪の悪魔は嘲笑する。例えば、ヴェノマニア公を悪魔として討伐し、被害に遭った女達も一緒に始末する事や、王女が失踪するまで事件を放置していた可能性も考えられる。その責任に対して滑稽な言い訳を繰り返すのだろう。罪の擦り付け合い、足の引っ張り合いをする様子が容易に想像できる。
「……ん?」
悪魔は歩きながら僅かに眉を上げる。
広く長い廊下に等間隔で並ぶドア。部屋と同じ数だけ取り付けられたそれは、当然ほとんどが閉じられている。
閉じた状態が当たり前の中、一つだけ開いたドアがあった。
何の気なしに廊下の奥へと足を進め、小さく開いているドアの前に立つ。中から物音は聞こえない。誰かが作業をしている訳ではないようだ。
女達は普段、少しでも主人の気分を良くさせる為、あるいは自分に気を惹かせる為に、広い屋敷の掃除や片付けを行っていた。日が高い内は屋敷内でそれぞれ過ごし、夜にはヴェノマニアの呼びかけがない限り地下室に閉じ込められる。
ある意味監獄とも言える環境だが、魅了の力の効果により、誰一人として外へ逃げ出そうとする考えは浮かばない。
「力を使いこなしていると言うより、充分に制御出来ていない力が勝手に働いているな」
現在のヴェノマニアの状態をそう表現し、悪魔はドアに手をかけて一気に開く。部屋の中は薄暗く、埃が積もった椅子やテーブル、額縁に入った絵などが乱雑に置かれていた。
物置か、と悪魔は呟き、足を踏み入れる。部屋の大きさや家具から考えると、ここは誰かが私室として利用していたのだろう。本棚に置いてある本や、暖炉の上に飾られている植木鉢なども埃を被って白くなっている。
潔癖症の者が入ったら発狂するなと取り留めのない事を考え、悪魔は部屋を見渡す。天井の角には蜘蛛の巣が出来ており、長期間この部屋を使用していない事を如実に表していた。
意外とこんな所には、魔力が込められた武器や呪いが込められた道具など、面白いものが一緒に混ざっている事もある。期待をせず戯れに魔力を探ってみたが、微弱な魔力も感じられなかった。
「つまらん」
ここは正真正銘の不用品置き場。もう用はないと踵を返した時、壁に飾られた絵が目に留った。
長年放置していた為に、所々剥がれた金箔の額縁に納められた一枚の肖像画。例に漏れず埃の装飾がされた絵には、紫色の髪を持った人物が描かれていた。
「これは、奴か?」
いつ頃のものかは不明だが、絵の人間はヴェノマニアで間違いないだろう。奴は容姿に強い劣等感を持っていたようだが、自分で思っている程悪くはないはずだと悪魔は考える。
何故人間は必要以上に外見にこだわるのか。純粋な力や内に秘めた強さによって他者を判断する悪魔にとっては、内面よりも外面を重視する人間の考えは理解不能である。
尤も、そんな人間の感情や行動ほど分からないものはなく、また理解する気もないが。
いくら魅了の力の効果とは言え、十にも満たないであろう子どもまでもがヴェノマニアの傍にいる為にこの屋敷で生活していた。ヴェノマニアが連れて来たのか、その子どもが自分から来たのかは不明だが、悪魔の目から見ても流石に異常である。
「とうとう見境がなくなってきたな」
呆れるやら感心するやら。その内婆さんや馬にまで手を出すのではなかろうか。
最初の目的を完全に忘れているような気がしないでもないが、それを教えてやった所で無駄だ。大きな力に呑まれてしまった現在では警告に耳を貸す事などしないだろうし、奴は既に堕落してしまったのだから。
「救えない」
元より、救う気はないが。
廊下から足音が聞こえてきた。小さな音は徐々に大きくなり、誰かがこの部屋に近づいて来る。
「こんな所にいましたか」
丁寧な言葉使いで部屋の入り口に姿を見せたのは、金髪と蒼い目を持った少女。捜される覚えなど無い悪魔が怪訝な顔で返すと、その少女は頬笑みを浮かべて説明した。
「ご主人様が貴方に用事があると……」
「自分で来いと伝えろ」
にべも無く悪魔が答えて肖像画に視線を戻した直後、少女の傍にもう一つの人影が現れた。
「もう来ているさ」
埃まみれの部屋には入ろうとせず、ヴェノマニアは静かに言う。
「金髪の女が来たから会わせようと……!?」
悪魔が見ているものに気が付き言葉を止め、口調を一変させて怒鳴り出した。
「その絵を見るな!」
突然の剣幕に少女はびくりと肩を上げ、悪魔は部屋の入り口へ視線を移す。
「いきなり何だ?」
「その絵を燃やせ、灰にしろ! 今すぐにだ!」
喉が裂けんばかりに叫ぶヴェノマニアと、その姿を落ち着いた目で眺める悪魔。どうすれば分からず両者を交互に見る少女。
部屋に響くのは半狂乱になった男の声のみ。
「そんな物は存在してはならない! 早くしろ!」
「うるせぇな……。何をそんなに喚いている」
とりあえず喧しい声を黙らせる為、悪魔は肖像画に指を向ける。それだけの動作で額縁の角に火が付き、一瞬にして炎は絵を包み込む。瞬く間に灰へと変わった肖像画が床に降り積もり、壁には四角い跡と絵を支えていた金具だけが残された。
落ち着きを取り戻したヴェノマニアが安堵の息をつき、心配するように寄り添って来た少女に聞く。
「……あの絵を見たか?」
「いいえ。一体どうされたのですか?」
「見ていないのならば良い」
ヴェノマニアは早口で答える。絵を見たせいで、忌まわしい記憶を思い出してしまっていた。
「紫の目なんて気持ち悪い」
他の色では何も言わないのに。
「知ってるか? ヴェノマニア家の先祖は役立たずだったらしいぞ?」
違う。勇者を陰から支えると言う立派な役目を果たしていたんだ。
「えー? じゃあその人も目が紫だったって事?」
「その人、本当は人間じゃないんじゃない?」
そんなのは誰にも分からない。勝手な事ばかり言うな。
「きっとそうだ。だからこいつの見た目が変なんだ」
何処がおかしい? ごく普通にしているだけなのに。僕が何をした?
「化け物だ! 傍にいたら伝染るぞ!」
どうしてそんな事を平気で言えるんだ? その方がよっぽど化け物じゃないか。
大人の前で良い子を演じていれば、裏で何をしてもばれはしない。それを分かってこいつらはやっている。
言い返せ? やり返せ? 経験した事のない人間はさも知ったように言う。耐えているだけで辛いのに、それ以上に何かしなくちゃいけないのか? 抵抗すれば余計に酷くなるのに。
苛められる方が悪い? いつか自分が同じ目に遭った時に同じ事が言えるのか? 将来自分の子どもがその立場にされた時、そう言って傷つけて追い詰めるのか。
そうだ、彼女まで……、グミナもあの時……。
「く……!」
ヴェノマニアは片手で頭を押さえて呻く。
まただ。あの時の事を詳しく思い出そうとすると、それを拒否するように頭痛が走る。正確にはグミナがどうしていていたかを考えると、何故か頭に雑音が走って邪魔をされる。
人はあまりに衝撃的な事があると、防衛本能でその記憶を封じたり掏り替えたりして自身を守ろうとするらしい。これもその一つなのだろうか。
「俺様に用があったのだろう? さっさと言え」
気遣う素振りもない悪魔の言葉が、ヴェノマニアを現実に引き戻させた。頭に当てていた手をゆっくりと下ろす。
「ああ、そうだ。お前にこの子を会わせようと思ってな」
とりあえずその部屋から出てくれと悪魔を呼び出す。悪魔が廊下に出ても開けっ放しにしたままのドアは、金髪の少女が無言で静かに閉めた。
「またか……」
呆れた表情で悪魔は言う。以前話した事を律義に覚えていたのか、ヴェノマニアは金髪の女が屋敷に訪れる度に悪魔へ会わせていた。
これで三人目。前にヴェノマニアが紹介した女二人は髪が長かったが、この少女はその二人に比べると髪が短い。
見た目の年齢だけならば、金髪の悪魔と並んでも違和感がない。何も知らない者が見れば、同世代の少年少女として捉えるだろう。
悪魔はその少女と距離を取る。悪魔が苦手とする神聖な雰囲気があるせいで、少々気分が悪くなっていた。
「お前が言っていたのはこの子か?」
ヴェノマニアの問いに悪魔は即座に答える。
「違うな。あまりそいつを俺様の傍に来させるな」
態度は尊大だが、明らかに少女を拒んでいる。これまで見た事のなかった悪魔の態度を目にし、ヴェノマニアはからかうように告げる。
「やはり悪魔は修道女や聖職者が苦手と言う訳か」
悪魔は納得したように表情を変え、溜息交じりに返す。
「修道女か……、道理で気分が悪くなる訳だ。下手な天使よりもきついぞ、そいつ」
むしろ、そこらの天使よりも遥かに力が強いと付け加える。
気分が悪くなるだけで済んでいるのは、金髪の悪魔が魔王である事に他ならない。普通の悪魔であれば、少女に近づく事すら困難である。
極力関わらないのが最善だと判断し、悪魔は二人に背を向けてその場から去って行った。
二人の悪魔 7
エロマニア公 切ナス
動画でこのタグを見たときには笑いました。たまに面白いダグやコメントがついている事があるので見逃せません。
カイトのドヤ顔ww 撮影終わったんで帰りますね このコメントにも笑った。
男衆がかなり問題ある性格なので、女性陣のまともさはオアシスです。
いじめられている人に頑張れだの強くなれだのと言うのは、ただ逃げ道を塞いで追い詰めるだけです。
つーか、いじめに耐えている時点で十分強いだろ……。それ以上何を頑張れと言うのか。
コメント1
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まふまふ
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ご意見・ご感想
目白皐月
ご意見・ご感想
こんにちは、目白皐月です。
で、結局ヴェノさんは九歳の子を連れ込んだんですか……何もしてませんよね? ただ置いてるだけですよね? いや、いつも見ているクライムドラマのこの前のエピソード、十歳の子が強姦される奴で、なんとも悲惨な話だったので、ちょっとこの手の話には嫌悪感が……個人的なことで申し訳ありません。老婆は許せるんですが子供はちょっと……。
ところで、ふっと思ったんですが、この手の魅了の力が動物にも及ぶ場合、下手するとヴェノさんが外を歩いただけで、街中の雌の野犬や野良猫がわーっと寄ってきて、悲惨なことになちゃったりしませんかね(一瞬、結構面白そうかも……とか思ってしまった)
いじめのことなんですが、確かにいじめに耐えている人間に「頑張れ」と言われても困るのですが、いじめにあったことを理由に好き勝手されるのもそれはそれでちょっとなあ……と思うのです。
と言いますのも、さっきのクライムドラマのエピソードの落ちなんですが、犯人が十四歳の男の子でこの子がいじめの被害者で、自分がいじめを受けたストレスを、自分より弱い子にそういうことをすることで晴らしていたって内容だったんです。なんかもう見ているこっちも言葉が出てこなかったというか(社会派ドラマなので、こういうきっついエピソードを大体毎回丁寧にやってくれる)
2011/10/28 00:25:27
matatab1
こんにちは。毎回ありがとうございます。
ヴェノ公は何もしてないですね。動画で出てたミク、メイコ、ルカ、グミの四人以外はさほど興味無いので放置。気になった女以外はほったらかしです。
なので修道女(リンド=ブルム)やその他の人達は、ただ屋敷にいるだけでしょうね。
「この女はいつ屋敷に来たんだ?」と、あまり把握してない人もいそうです。
野犬や野良猫に懐かれてスキンシップをとられまくるヴェノ公と、それを見て大笑いするレンの姿が浮かびました。……酷いな、レン。でもちょっと見たい。
いじめをされたからって何をしていいと思うなよ。という感じですね。別に仕返しするなとは言いませんが、無関係な人間を巻き込むなと。
仕返しするにしても、「あいつ(加害者)いつか痛い目見ればいいのに」と思ったり、加害者がピンチに陥った時に容赦なく笑えばいいんじゃね? と考えちゃうんですよね、私は。(事情を知らない人から見たら、被害者は凄く嫌な人ですが)
2011/10/28 21:30:54