あの日奇跡は起きた。確かに起きた。
だけど―――
奇跡の前、ボーカロイド一家。
「兄さんの病気、早く治らないかな?」
その日は一日中雨だった。
不治の病に冒された長男カイトが入院してからもう何年経っただろう。
もう帰らないとも知らずカイトが帰ってくる事を夢見て待ち続けるのは妹のミク。
窓辺に座り込んで雨降る外を眺めながら屋根に吊したてるてる坊主に願掛けしていたのだ。
世間ではクリスマスムード一色。そう、この日は奇しくもカイトが倒れたクリスマスイブ。
カイトが家に居なくなってから何度目かのクリスマス。一家にプレゼントの届かなくなってから何度目かのイブだ。
幼い弟妹達のために貧乏ながらも頑張ってお金を貯めて毎年ささやかながらプレゼントを用意していたカイト。可愛い弟妹達のために誰よりも頑張っていた心優しきお兄さん。
カイトが居なくなってからプレゼントは届かない。
『早く兄さんの具合が良くなりますように』
みんな願いはそれだけだった。誰もプレゼントを望まなくなった。カイトの居なくなったあの日から。
カイトを救うためには臓器移植が必要だった。とは言えカイトはアンドロイド。パーツを入れ替えれば問題ないはずだった。だが彼は旧式のボーカロイドだったために入れ替えようパーツが無くなっていたのだ。型式の違うパーツをはめ込むとエラーが起きて最悪助からない。型式の合うパーツが見つかるまでカイトは入院を余儀なくされた。
応急処置と延命処置。カイトは大好きだった歌も封じられ、病院のベッドでただ眠るしかなかった。
毎日誰かが見舞いに行った。人気のミクは殆ど見舞いには行けなかったけれど、行けばカイトは喜んで笑顔を向けたしミクも謝りながらも嬉しい気分になっていた。
一見どこも悪くないカイトに、姉弟達はまさか症状がどんどん悪化していたなど思いもしなかった。
もう帰ってくる、すぐ帰ってくると信じて待っていたのに今年はとんだプレゼントである。
病院から電話がかかってきた。
病院に行くと言ってメイコが慌てて家を飛び出した。
病院に居るメイコから電話がかかってきた。
ミクは耳を疑った。
「カイトが昏睡状態に陥った」
行けば必ず笑顔を向けてくれた優しい兄さん。
大好きな歌も歌えず、日々体を蝕まれてなお笑顔でいたのは姉弟達に心配かけまいと気丈に振る舞っていただけだったのだ。本当は辛くて仕方なかったのに、柄にもなくやせ我慢をしていた結果がこれである。
病院に着いたミクの前には信じられない光景が広がっていた。
あんなに元気そうに振る舞っていたカイトが大量の機械と管に囲まれて繋がれて、まるで人型には見えない機械そのもののアンドロイドの成れの果てと化していた。
「外はこんなに綺麗なのに、どうして兄さんはこんなになってしまったの?…」
しばらく呆然と立ち尽くしていたミクが窓辺に座り込んで外を見ながら自分の長い髪で顔を隠すようにして涙を流した。
外はいつの間にか雨が雪に変わっており、地面はうっすらと白くなっていた。
「だいぶ進行していたみたいなの。自己防衛システムが働いてね…もう、意識が戻る見込みはないって…」
あまり雪の降らない地域だったため、雪が降るのは珍しい。まるでカイトの最期を告げるかのように無情な雪が地面を白く変えていった。
「お兄ちゃん…」
ミクは窓の外に顔を向けたまま呟くように言った。強く、強く、握りしめた拳には血が滲んだ。悔しくて、悲しくて、どうしてもっとちゃんとお話しなかったのだろうと後悔ばかりがミクの電子脳内を駆け巡った。
「お兄ちゃん!!」
感極まって叫び出す、最早誰も止めはしない。泣きじゃくり、機械に囲まれた管まみれのカイトに飛びつくとミクは遠くまで響いてしまいそうなほど大きな声で泣きながら兄を呼んだ。
返ってくるはずのない返事。期待など、誰もしてはいない。ただ、何も出来ない無力な自分を慰めるための自己防衛の手段でしかない。
もし奇跡が起きるなら、プレゼントなんていらないから兄を起こしてほしい。今日はクリスマスイブなのだから、神もサンタもケチらずにこんな時くらい奇跡を起こしてほしい。
心の中で叫べば涙となって現れる。想いを形にした雫がミクの目からこぼれ落ち、カイトの頬へ落ちた。
「ミ、ク…?」
「え?…」
夢なら夢で構わない。それは紛れもない清涼感溢れる兄の声。
カイトはやはり機械に囲まれ管まみれで生気のない体をベッドに横たえたままだった。
あの美しい青い瞳も重たく閉じた瞼の下に隠したまま、けれど確かに声を発した。
「お兄ちゃん?!」
ミクが慌ててカイトを確認すると、まるで一瞬の寝言のような奇跡を見せたカイトが生気のなかった顔に笑顔を作っていた。
目は閉じたまま、声も完全にロボ声だが確かにカイトは喋った。
心配そうに見守る一番下の妹弟も息を呑んで様子を見守った。
ミクはカイトと一番仲が良かった。下の双子達はミクほどカイトに懐いていたわけではなかったし、メイコは半ば腐れ縁に近かった。お兄ちゃんお兄ちゃんと慕っていたのは専らミクだけである。
「ナ、カ、ナ、イ、デ…」
潤んだ瞳を重たい瞼の下から覗かせて、光の弱い青い瞳でカイトはぼんやりとミクを見た。
その色、形を鮮明に映し出そうと試みるもカイトにはもうその力は残っていなかった。
「ア、リ、ガ、ト、ウ…」
消え入りそうな声で呟くようなロボ声が目の前の家族に伝える最後の言葉。
「キ、ミ、ニ、ア、エ、テ…ヨ、カ、ッ…」
言い切れないまま消えた瞳の光。
カイトは完全に意識を失った。
「…お兄、ちゃん…」
目を見開いてカイトを見つめるミクは最早心が壊れかけて暴走寸前だった。
大粒の涙を流し、水分という水分を全て流し尽くしてしまいそうな勢いだった。
メイコはそっとミクの肩を抱くと少し撫でた後カイトから引き剥がすようにミクを突き放した。
「え…?!」
「しっかりしなさい、ミク。あなたはお姉さんなのよ?」
メイコはミクを見なかった。カイトを見つめたまま、その表情を誰にも見せずにただ気丈な声でミクを叱った。
「リン、レン!ミクを連れて先に家に帰りなさい」
一番下の妹弟、双子のリンレンにミクを連れ帰る指示を出すとやはり顔を誰にも見せぬままメイコはカイトのベッドに座り込んだ。
「お姉ちゃん…」
メイコは俯いた状態で立ち上がって狼狽えるミクを抱きしめ、囁いた。
「リンとレンを、頼んだわよ…」
送り出した最後の表情は笑っていたのか、それとも泣いていたのか。
はっきりと表情を見せないまま無情にも扉は閉まる。
三人の妹弟達を見送って、メイコはカイトの元へ戻った。
「カイト、あんたを一人にはしないから…」
カイトが深い眠りについてから、メイコも家に帰らなくなった。
カイトは面会謝絶になり、ついにボーカロイド一家はミクを筆頭にした三人家族となってしまった。
クリスマスに奇跡は起きた。それはたった一瞬の出来事。本当にそうだろうか?
もし何か悪い冗談なら、もしかしたらエイプリルフールには帰ってくるのかな?
カイトが意識を失ってからおよそ一年が経った。
また、クリスマスがやってくる。
あの絶望の日が蘇る。
「あ、雪だ…」
「ホントだ、雪だ」
優しい兄さん、頼りになる姉さんもいなくなり、新型の妹弟達は今日も生き続ける。
あの日を思い出させる、白い雪の降る日。クリスマスまであと一ヶ月の頃であった―――
もう一つのエンディング
ニコ動で鼻毛P氏の「消えゆくあなたへ(まじめ版)」を聞いて書きました!
でもこの歌自体がストーリー性を持っている感じだからもしかして著作権引っかかります?゜゜;
何故かメイコ姉さんが…!
できれば続編とかやりたいなと思ってます^^;
ちなみにキャラ設定がルカ登場前になっているようです(適当
リンレンの登場率の低さから見ても作者の脳内でボカロはミク止まりなのがバレてしまいそう?゜゜;
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