DTM! ―EP3―
「さて。これで設定は終了ね…!」
ある休日の夜。一人の少女が一台のデスクトップパソコンの前に座っていた。
茶色のショートボブの髪の毛。少し気の強そうな瞳。
普段着ですらも隠しきれないそのスタイルの良さで、まだ高校生であるものの、よそ行きの服等では、成人と間違えられることもよくある彼女。
彼女の名はメイコ。何処にでもいる普通の女子高生である。
今日、彼女は最近巷で噂の『ボーキャラ』なるものを手に入れ、それを起動させようとしていたところなのだ。
彼女のパソコンの前には、手のひらに乗る程度のサイズの機械人形が2体。
金髪の――、よく似た雰囲気の少年と少女のペアの機械人形である。
「…さぁ、目覚めなさい。私のアイドルちゃんたち!」
メイコがマウスをクリックすると、USBでつながれた機械人形たちに起動の指令が送られる。
キュンと、かすかにモーターのような音が聞こえた後、
その人形らは、その小さな瞳を大きく開いた。
そして、一瞬だけ周囲を確認した後、メイコの姿に気づいたようで、二人はメイコの方を見ながら立ち上がる。
その動きはとてもなめらかで、まさに、そこに二人の小人が現れたような。メイコはそんな気分にもなった。
『はじめまして。マイマスター』
見事なユニゾンで二人は声を上げ、一礼をすると、
「私が鏡音リン!」
「俺が鏡音レン!」
『これから、よろしくお願いします! マイマスター!』
そう言って、二人は突然、ビシッとアイドルのようにポーズを決めてみせた。
リンとレンは、二人ともセーラー服をモチーフとした衣装を身に着けている。
上着はセーラー服でも、リンはヘソ出しのショートパンツ、レンはやや長めのハーフパンツと、それぞれ違いはあった。
そして特に女の子のリンは、その頭に大きなカチューシャリボンを身に着けており、それこそが彼女の最大の特徴の一つでもあるのだ。
リンが動くたびにそのリボンがぴょこぴょこと動いていた。
「か~わ~い~い~!!」
メイコは突然そう叫ぶと、二人を手に取り、思いっきり頬ずりをする。
「うわわ、なんですか急に!? ちょ、マスター、あんまり引っ張るとUSBが抜けちゃいますよ!?」
「リボン~っ、私のリボンがとれちゃうよー!」
突然のメイコの行為に、二人は驚きと戸惑いの声を上げた。
しばらくの間、メイコの熱烈な歓迎を受けたリンとレンは、ようやく解放してもらった後、まるで本当に呼吸でもしているかのように、顔を真っ赤にして、ぜぇぜぇと大きく肩を揺らしていた。
「……ねぇ、どうしよう。レン、これはアレかもしれないわよ」
「リン? アレってどういう事?」
「最近じゃ、私たち、ボーキャラを買う人たちの中に、『本来の用途とは違う目的』で買う人が、結構いるって噂があってね」
「ど、どんな目的で!?」
「例えばさ…、レンにお化粧させて、スカートをはかせて、それで縞パンを穿かせて…」
「ひぃ!?」
「それで、『ぼ、ボク、男の子だよぉ…。女の子じゃないよぉ…』って言わせるとか…!」
「そ、そんな変○が…!?」
ゴクリ、と、二人は唾を飲み込むと、恐る恐るメイコを見つめた。
メイコは少々バツが悪そうな表情を見せていたが、
「あ、あのねぇー、貴方たち。私を一体、どんなヤバイ女だと思っている訳?」
「え、違うんですか?」
「違うわよっ! 私はただ普通に、二人と一緒に音楽がやりたいなって。だから貴方たちを買ったのよ」
『音楽!』
その言葉を聞いたリンとレンは同時に嬉しそうな声を上げた。
「私たち、歌うのはすっごく得意だよ!」
「なんて言っても、俺らは歌うために生まれた『ボーカル・キャラクター』だからね!」
「どんな歌だって歌えるんだから!」
ふふん、と言った雰囲気でリンが自信ありげにその薄い胸をそらせる。
「そうこなくちゃね。それじゃぁ、早速…」
メイコは自分が座っていた椅子を転がすと、そのまま、室内に置いてあった、彼女自慢のシンセサイザーの前に座る。
「マスター、演奏ができるんですか?」
「ええ。少しだけね」
彼女はそういったが、実際にメイコは幼いころからピアノ教室に通っており、中学校の頃には、学校の式典で校歌の伴奏を頼まれたことすらもある腕前だ。
「何を歌えばいいんですか?」
「んー、まぁ、試しだから童謡とかは? そうねぇ……ちょうちょ、とか?」
「OKですよ。童謡はバッチリ、データベースに入っていますから!」
リンがビシッと親指を立てた。
「リン、俺も一緒に…」
そう言いかけたレンを、リンは手だけで制止する。
「レン。ここは私に任せておきなさい。まずは私の華麗なる歌声という物を、マスターに見せてあげないとね!」
あー、あー、と、リンが歌う準備に入ったので、メイコもピアノに指を添えた。
そして、メイコは歌いやすい様に、前奏を加えたうえで、緩やかな一定のリズムで『ちょうちょ』の伴奏を始めた。リンは自信満々の表情でその場に立っていたが、
「ちょうちょ~、ちょうちょ~ぉ、なのはにとまりぇ~~♪」
「……」
リンは、ゴホンッと一度大きく咳ばらいをすると、声を張り上げる。
「にゃ、にゃのはにー、とまりぇぇぇえーっ!!」
「………」
「……」
しばらく沈黙した後、リンはレンをじっと見つめた。
「ねぇ、レン…」
「なに?」
「メーカーに連絡して。これは部品の初期不良よ!」
「リン。あきらめなよ…。これが僕らの通常のスペックなんだから」
「やーだー! 私もミク姉さんみたいに上手に歌いたい~!!」
その場に転がってじたばたするリン。それをオロオロとしながら見守るレン。
(や、やばい。か、可愛い…っ!)
メイコは涎が垂れそうになるのを抑える。
ボーキャラは、いくつかのメーカーから何種類も発売されているが、その中でも、この鏡音リンとレンは、一足先に同じメーカーから発売されたはずの、『初音ミク』よりも音痴であると、そんな噂がたっていたのだ。
それだと言うのに、メイコが二人を選んだのは、なによりも、その見た目がとにかく可愛かったからだという事に他ならない。
金髪で元気の良いツインボーカル。鏡音リンと鏡音レン。
歌うのはちょっと苦手かもしれないけれども、1体の値段で2体も手に入るとてもお買い得なボーキャラである。
(お小遣い前借りして買ってよかったぁ~!)
じたばたこそやめたものの、まだ少し落ち込んでいるリンの頭を、メイコはそっと撫でた。
「気にすることなんて何もないわよ。練習はこれからしていけばいいんだし」
初期のスペックは低くとも、ボーキャラはマスターが成長させることができるのだ。
「一緒に成長していきましょう? ね?」
『マスター…』
二人は嬉しそうな瞳でメイコを見つめた。
「それじゃ休憩しましょうよ。そうだ、ケーキ食べない? 二人の為に買っておいたのよ」
「ケーキ!? 食べる食べる!」
「俺も!」
先ほどの落ち込んだ様子はどこへやら。二人はとても嬉しそうだ。
「そうだ。乾杯もしましょうか。飲み物は、二人は何がいい?」
「私オレンジジュース」
と、リン。
「俺バナナジュース」
と、レン。
「バナナジュース? は無いわよ…普通。んー、まぁ、全員コーラでいい?」
「コーラ!? 俺、初めて飲むよ!」
「シュワシュワする飲み物だよねー」
メイコは冷蔵庫からコーラを持ってくると、リンとレンの為に、あらかじめ購入しておいた、ボーキャラ専用のグラスに、これまた専用のスポイトでコーラを入れてあげる。
「ケーキはどうしようか? 一個ずつがいい?」
メイコは八つ切りのショートケーキを3つ買ってきていた。
「う~ん、マスター。さすがにこれは私も食べきれないよー。レンと私で一個で十分だよね?」
「だね!」
一個でも大きすぎないか? とメイコは思ったが、二人の目の前に皿ごとショートケーキを一つ置いた。
「それじゃ、今日の出会いに乾杯!」
『カンパーイ!』
そう言ってリンとレンはコーラを飲み、ゴフッと、おそらく人生始めてのゲップをした。そして、自分の身長と同じくらいのショートケーキに、巨大なフォーク―――、ただの人間用の小さいフォークであるが―――を使って、挑む。
「すごく美味しいね! レン」
「すごく美味しいよ! リン」
スコップでも使うかのように、フォークでケーキを刺し崩しては、カケラを頬張る。二人の顔はすでにクリームまみれで、頬っぺたもリスのように膨らんでいる。だが、ベタベタになりながらも、とても楽しそうにおやつを食べる二人を見て、メイコは改めて悶えていた。
(可愛いーっ。ホントに買ってよかったぁ~)
そんなゆるゆるに緩み切ったメイコの表情を、不意にリンとレンの二人が不審そうに見つめる。
ハッとしたメイコは、慌てて表情の緩みを誤魔化すために、良く冷えたコーラをペットボトルのまま、一気に飲み干してしまう。
「くぅーっ、きくぅーっ!」
冷たさと、刺激の強い炭酸にメイコは震える。
そのメイコの飲みっぷりの良さが、どこか彼らの琴線に触れたのだろう。
『マスター、すごーい!』
「そ、そう?」
『も~一杯! も~一杯!』
「え、でも……」
『マスターの、もちょっといいトコ見てみたい! ほーら一気! 一気!』
鏡音の双子がそろった口調でそう言い、メイコを煽りたてる。
「―――もー、仕方ないなぁ」
リンたちに、よいしょをされたメイコは気分が良くなった様子で、もう一杯のコーラも腰に手を添えたうえで、一気に飲み干してしまった。
『わぁ、すごーい!!』
―――と、
それまで楽しそうだったメイコが、不意に机に突っ伏してしまう。
「あれ? マスター?」
「マスター? どうしたんですか?」
急に黙ってしまったメイコを心配したレンがメイコに近づくと、
「ふひっ♪」
メイコが顔を上げた。
その刹那―――。レンは、自分のAIが何かとてつもないアラート(警告)を発していることに気付く。
だが―――。時すでに遅し。
完全に目が座っているメイコは、むんずとレンをつかむ。
「ま、マスター?」
「ねーねー、レンきゅんはー、なんで男の子の恰好なんてしてるんでちゅかー?」
突然の赤ちゃん言葉に、ろれつの回っていない舌。
「ま、マスター??? ……ね、ねぇ、リン。これどうなってるの?」
「わ、わかんないわよ。でも、…酔っぱらってるんじゃないかしら?」
「今のただのコーラだよね!?」
「そう、思うけど…」
「人間ってコーラで酔うの!?」
「ま、まさかねー」
そのまさかである。
実はメイコは、どういう訳かコーラを飲むと、酔ったような症状を示すと言う、少し変わった体質の持ち主であった。普段は量をセーブして飲んでいるのだが、今日は嬉しさもあり、羽目を外し過ぎたようだ。
その様子は、友人や家族からは『コーラ乱』などと呼称されているほどなのである。
突然のマスター様のご乱心。捕まえられているレンは、
「ねぇ、リン! 助けてよ!」
リンに助けを求めるが―――、リンは笑顔のまま、両手でバッテンを作る。
『無・理♪』(*´з`)ノシ
そういう事らしい。それだけを見せると、リンは液晶モニターの裏側に逃げ込む。
「あ、テメっ!? リン! それでも双子の片割れかよっ!」
レンがそう叫ぶと、
「レンきゅん!! めっ!!」
突然。メイコがレンを睨みながら一喝する。
「あ、は、はい…」
「そーんな、不良みたいな口調、いけませんでちゅよー」
「で、でも~俺はただ…」
「それと、一人称は俺じゃなくて『ボク』。いい!?」
「は、はいっ!」
レンがそう答えると、メイコはレンの頬に軽くキスをする。
「うーん、良い子ねーレンきゅんは。それじゃぁ、ご褒美にー、いいものあげちゃうぞー」
そう言って、メイコは机の下からAmaz○nの箱を取り出すと、それを開封する。
中から出てきたものは、ボーキャラ用の衣服(モジュール)であった。
「さぁ、レンきゅん。お着換えしまちゅよー」
「ちょっ、マスター。この服、どう見ても女の子の…」
中から登場したものはレンの標準服に似てはいるが…、どう見ても、下半身部分が明らかにスカートなのだ。
「んー? 違う違う。これは、『男の娘』用の衣装なんだからぁ」
「え? 男の? 娘?」
残念ながら、彼のAI辞書には『男の娘』などと言う文字は存在しなかった。
「ね、ねぇマスター。それどういう意味…」
「男の娘っていうのはねぇ。最先端の国で生まれた最先端の立派なカルチャーなのよ!!」
ふんすっ、と、メイコは大きく鼻で息をして、爛々と目を輝かせる。
「説明になってな、あ、マスター、ちょっ…!」
その鼻息のまま、メイコはレンの衣装を引っ張り始めた。
「さぁ。まずは、そのお洋服をぬぎぬぎしましょうねー」
「マスター!? そんなの自分で出来ま…。ちょ、ど、どこ触って…。そこ…ちが…ふぁ…ぁ。ぼ、ボク、男の子なのに…!」
液晶モニターの影から、はわわと、リンが顔を真っ赤にしながらも、その光景を見つめていた。
「さぁ。これでレンきゅんは新しい世界に目覚めるのよ!!」
「あ、あ…っ、アッーーーーーーーーーーーー!!」
……この時、一体何が行われたのかは、当事者以外は知る由もないが、実は酔いから覚めたメイコはこの夜の日に行われたことを全部を忘れていたのだと言う。
しかし、この日以降―――、レンの心には新しい何かが芽生え、リンの心にも何かが芽生えそうになった―――そうなのだが、
それはこれからのお話しである―――。
DTM! ―EP3― -完-
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