次の日、ミクの部屋に行くと彼女は必死に三つ編みを編んでいた。…相変わらず下手だ。
「何してるの?」
「見たらわかるでしょ?三つ編み編んでるの!」
ゴムを止めて手を離すと編み目のあちこちから髪が飛び出していた。
「やろうか?」
笑いながら言うとミクは少しムッとしてから、小さく呟いた。
「…お願いします。」
ミクの向かい側に座り、ふわりと三つ編みを編んでいく。前に編み方がきついと言われたことがあるし、今日はあまり激しく動いたりもしないし。
「よし、できた。」
ガラス玉のついたゴムを結び一声。我ながら綺麗に出来たと思う。
「うん、ありがとう」
言いながら確かめるように編み目を触る。…その時一瞬彼女の顔が曇った気がしたのは気のせいだろうか。
「なんで三つ編みしてたの?」
指示された通りに車椅子を押しながら尋ねる。
「リンちゃんが上手なんだもん」
年下に負けてるの悔しいじゃない、とミク。三つ編みくらいで大げさな…。でも確かリンちゃんは…。考えているうちに到着したのはリンちゃんの部屋。
「リンちゃん見て見て」
嬉しそうにミクはリンちゃんに近づく。いつものことなのかリンちゃんはミクの三つ編みを触ってクスリと微笑んだ。
「カイトさん器用なんだねー」
「ばれたかー」
「ミク姉がこんなに綺麗に編めるわけないじゃん」
不満そうなミクに追い討ちをかけるレン君。
「リンもやるー」
そう言うとリンちゃんは器用に髪を二つにわけて三つ編みを編み始めた。と同時にレン君がゴムを準備。すごくテンポ良くゴムの受け渡しが行われあっという間にリンちゃんは可愛い三つ編み姿になった。ちゃんと出来てる?とレン君を見て出来てるよと彼が返す。
「うわぁリンちゃん本当に上手だね」
肩くらいまでしかないセミロングの方がミクのロングより編みにくいと思うのだが…。僕が素直に感想を述べるとリンちゃんは誇らしそうに笑った。
「リンには良い先生がいるからね!」
「先生?」
リンちゃんが先生と言った瞬間動きを止めたレン君につい視線が行く。
「レンが自分の髪で何度も編み方教えてくれたの」
「えーレン君の三つ編み!?見たい!」
当然のごとくミクが食いつく。
「っ!嫌だよ!もうリンは編み方覚えたし必要ないだろ!?」
レン君が顔を真っ赤にして反論している。…多分その必死な感じは追い討ちをかけているだけだと思うけど…。
「あーレン照れてる」
リンちゃんは楽しげに笑う。そして何かを思いついたように口を開く。
「レン。私の前に座って?」
「?」
レン君が首を傾げながら指示に従うと、リンちゃんは自分の腕をぽんとレン君の肩においた。
「え?リン?」
「三つ編みしないと離しません。」
「はぁ!?」
リンちゃんは満足そうにニコニコ笑い、レン君は観念したようにため息をついた。
その後、三つ編み姿の可愛い少年が真っ赤な顔をしていたことは言うまでもないだろう。
…楽しい一時。でもふとした瞬間に思い出すミクの言葉。
【『ここ』はそういうところなの】
死という現実と隣合わせに生きる少女達。ずっとこの笑顔の時間が続き、そのまま病気なんてなかったことになってしまえば良いのに…。叶わぬ願いを祈ってしまう。
◆
その願いはすぐに打ち砕かれることになる。しばらくするとミクはほとんどベッドから動けなくなった。一緒にいても彼女は寝ていることが多くなった。
「…きみの手、握っても良いのかな…」
ミクが横たわるベッドから見える白い手を見ながらつい声がもれる。白く小さく儚くて触れることさえ躊躇われる。
「…良いよ」
ミクがゆっくり目を開ける。
「起きてたの?」
「今起きた」
上半身をおこすのを手伝い、手櫛で髪を整える。
「良いよ?手」
ベッドの上に手をおき微笑む。そっとミクの小さく冷たい手を撫でる。…脆く壊れてしまいそうで撫でるのが精一杯だった。
「そんな弱くないよ」
ミクは困ったような悲しげな顔で笑った。そっと小さな手を僕の手で包み込む。
「あったかい」
いつもの声。ただそこにあったのはいつもの笑顔でなく泣き顔だった。
「…ミク?」
「…お願い、特別にしないで…」
ポロポロと涙が流れる。なぜ?なぜきみは泣いているの?僕には答えが出せるはずもなかった。
静かに泣く彼女を抱き寄せる。…どうしてもあの日を思い出してしまう。か細い体を壊してしまいそうな恐怖。僕の腕の中で苦しそうに息をするミク。もう…あんな思いはしたくなかった。力は入れられなかった。ミクが押しただけで体が離れるほど。
「ごめんね」
ただそう言ってミクは微笑んだ。…大好きなミクの笑顔。なぜか今は凶器のように心に刺さる。
-僕は僕のことばかり守っていた。現実を知ることが怖くて、目を背けていた…-
◆
その次の日だった。
いつものように向かった309号室が騒がしかったのは。僕が着いたころには看護師が何人も出入りしていた。部屋に入るとベッドに横たわり、たくさんの機械がつながったミクの姿。
「ミク…?」
頭が真っ白になった。目を背けていた現実が突然目の前に現れた。
「突然様態が急変したんです。…正直厳しい状況です。」
そう告げた看護師の言葉など頭に入るはずがなかった。
「ミク!」
看護師が作業していて一定の距離以上近づけない。ただ無我夢中で名前を呼んだ。まだ話したいことがたくさんある。昨日の涙のわけも知らない。悲しい笑顔を晴れさせていない。
まだ行きたいところもたくさんある。思えばあの公園にしか出かけていない。遊園地とかクリスマスのイルミネーションとか、きっとミクならすごく喜ぶ。
謝りたいことだってある。ずっと現実を見れなくてごめん。1人で辛い思いをさせてごめん。…泣かせてごめん…。
突然せわしなく働いていた看護師達の動きが止まる。
「声をかけてあげてください。」
やっと開いたミクまでの道。ミクに近づき夢中で手を握る。それはもう割れてしまうのではないかというくらいに。
「ミク?」
声をかけても動きはない。けれど僕の声は届いている、そんな気がした。
-ミク、僕の声が聞こえる?たくさん言いたいことはある。けれど一番に言いたいことは…-
「ミク。きみのことが好きだよ」
言葉を聞き終わるのを待っていたかのように単調な音が響き渡る。ミクの目からは一筋の涙。ミクの母は娘の頭を愛おしく撫でる。
「よく…頑張ったね」
その声は涙でかすれていた。
◆
病室から追い出され誰もいない廊下でただただ泣いた。それしか出来なかった。
しばらくすると声がうまくでなくなった。泣くことがこんなに体力を使うものなのだと初めて知った。疲れきって呆然と立てないでいる。そんな時頭の上から声がした。
「…カイトさん。」
顔を上げるとミクの母が、真っ赤な目をして立っていた。彼女も散々泣いたのだろう。
「っ……」
声が出ない。彼女もそれ以上何も言わず、一通の手紙を僕に手渡して去っていった。宛名には『カイトへ』という可愛らしい文字。裏を見ると同じ字で『ミク』と書いてあった。
夢中で中を見た。中には2枚の便箋。それをうめるミクの文字はすぐ涙で霞むことになる。どうやら涙というものは無尽蔵らしい。さっきまで枯れたと思った涙が溢れてくる。
大切な人を失った悲しみと、大切な人を傷つけた後悔と、大切な人への変わることのない愛しさが頭の中でぐしゃぐしゃになっていた。
「ミク…!」
そんな中やっと出た声は、自分のものとは思えないくらい、掠れ震えていた。
◆
ミクがこの世を去ってから2週間。
いまだに僕は、毎日ミクからの手紙を見ては泣いていた。あの公園にも行けていない。
今日も手紙を開く。やっと最後まで文字を追うことが出来るようになった。
「あっ」
つい言葉がもれる。溢れ出す涙と笑い。僕は狂ったように泣いて、笑った。
-やっと気付いたよ。きみの『細工』に…。ミク、やっぱりきみは『特別』だよ。だって…こんなにきみは強い。-
「行ってくるよ、ミク」
僕は歩き出す。…あの公園を通って。
Fin.
キミの手 ~KAITO side~ 3/3
自作歌詞http://piapro.jp/t/xamFの小説版になります。
ここまでお付き合いいただいた方、いらっしゃいましたら本当にありがとうございます!不慣れなため読みにくい部分あったかと思います。。。
できるだけミクsideでは改善したいと思いますので、何かあればコメントいただけると助かります。
個人的にはミク視点が本編の気分だったりします←
そちらもお付き合いいただけたらとても喜びます><
2/3はこちら→http://piapro.jp/t/6lER
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