「レェーーーーーンッ!」
 ガラリと自分の部屋の窓を開け、そのまま隣の家の開いている窓の中へとリンは飛び込んだ。飛び込んだ部屋の中にはこの部屋の主のレンがいて、リンの声を聞くと彼女を受け止めるべく八歳相応の小さな腕を広げていた。
 ボフン、とリンは見事にレンの腕の中に着地する。いや、抱き着いた、と言った方が正確かも知れないが。レンもそんなリンを抱き締め返す。そんな刹那の抱擁を済ませ、レンはリンをゆっくりと床に降ろした。
「で、今日は何処に行く?」
 男の子にしては少し大きめなブルースカイの瞳をリンに向けて、レンは尋ねた。何時も、リンがレンの部屋に飛び込んできて、それから何処に遊びに行くのかを決める、何時そんな風に決まったのか、もう覚えていないけれど、何時の間にか、そう決まっていた。
「んっとね・・・今日は空手も無いし・・・隣町の公園に行こうよ!」
 少し俯かせていた顔を上げるとリンは顔を輝かせながらそう言った。頭の上で結んでいる白のリボンがユラリと揺れる。
「うん! あそこならそんなに遠くないしね!」
 レンもリンと同じ様に顔を輝かせ応える。じゃあ、靴履いてくるから、下で待ち合わせねー、うん、分かった。 そこでリンとレンは束の間のさよならをした。

「ごめん! それじゃ、行こ!」
 少し遅れてきたリンの手を自然な流れで受け取り、二人は手を繋いだまま駆け出した。と、其処に
「あれ? リンちゃんにレン君だ。何処行くのー?」
 竹刀を背中に背負ったミクとネルが声を掛けてきた。・・・実際の所声を掛けたのはミクなのだが。
『隣町の公園ー!』
 二人が元気良く声をそろえて言うと、ミクは「そうなんだ、じゃぁ、私も一緒に行っても良い?」と聞いた。二人は 勿論! とまた声をそろえて応える。
「ね、ネルちゃんも一緒行こ!」
「・・・うん、私も行く」
 ミクにふられ、少し動揺した様だがネルは少しだけ微笑むとそう応えた。
 
「じゃあさ、何する? 何する?」
「鬼ごっこしようよ!」
「あ、賛成ー!」
「それじゃ、鬼決めじゃんけん、」
『じゃんけん、ポイ!』
「あー、負けちゃったー」
「ワーイ、レンが鬼!」
「それじゃ、十数えてね!」
「分かったよ。じゃぁ、逃げて」
『わーーーーっ!』
「いーち、にーい、・・・」
 レンが数を数える間にミク、ネル、リンは其々散らばって駆け出した。さて、如何しようか、二人と違う方向に逃げながらリンは考える。あっちの林の方に逃げていこうか、それともこっちの道路の方に逃げて行こうか、あれこれと考えている内に、
「リン、見っけ!」
 レンに見つかり、追いかけられる。しまった、考え過ぎたかな、と後悔するも今は無駄な事でリンは頭で思うよりも先に駆け出していた。先程思案していた、道路側の方へ。
 逃げなくちゃ。リンの頭の中にはそれしか思い描かれなかった。だから、気付かなかった。レンが後ろから何かを必死に叫んでいる事を、ミクとネルが慌てた形相でリンを見ていた事に。
 気付けばリンは道路に飛び出していた、そして、迫ってくるトラックの音。轢かれる、そう思った次の瞬間、リンはレンに突き飛ばされていた。
 其処から先は、何も覚えていない。ミクが狂った様に叫んでいる姿と、ネルがこれでもか、と目を見開いている姿、そして、レン。レンは――――

 ふとリンは目を覚ました。何か夢を見ていた様な気がする。思い出したくない、昔の夢。耳の奥でミクの叫びが聞こえる様な感覚がした。細く、息を吐いて起き上がろうとする。起き上がれない。そう言えば昨日からなんかボーッとするなぁ・・・と思ってたら・・・。何だ、あたし、風邪引いたのかな? 熱でクラクラする頭で考えてもその考えは直ぐに掻き消えて。何時の間にかリンは夢を見た事も、その内容すらも忘れていた。

 ふとレンは目を覚ました。何か夢を見ていた様な気がする。思い出したくない、昔の夢。耳の奥にミクの叫び声とリンの泣きじゃくる声が聞こえる様な感覚がした。
 リン、といえば、今日は来ないな。何時も俺よりも早く起きるのに。おき始めの頭の中でゆっくりと考えながらレンは起き上がった。レンとリンの家は隣同士で更に各自の部屋が窓を境に向かい合う様にしてあるのでリンは良くレンの家に来るのに玄関を使わずにレンの部屋から飛び込んでくるのが何時もの事だった。そしてリンがこちらに戻ってきた今、リンはレンを起こす係になっている。・・・まぁ、リンが勝手に買って出ているだけなのだが。
 ガラリ、と窓を開け、無用心な幼馴染の部屋の窓が開いているのを良い事にレンはリンの部屋に大股一跨ぎで窓のふちに足をかけ、そのままリンの部屋に入っていった。
「リーン、起きてるかー?」
 勝手知ったる他人の家、とはこの事でリンの部屋の全体像を全て把握しきっているレンは迷う事無くリンのベッドの方を見た。起きている事には、起きていた、が、何処か違っていた。
「・・・・・・れん?」
 軽く呂律が回らないのだろうか、リンは薄ぼんやりと目を開き、ゆっくりとレンの方を向いた。
「如何した? 風邪か?」
「わかんにゃい・・・」
 そう言って起き上がろうとしたリンの肩を慌てて抱え、レンはそのままベッドに横にさせた。そしてそのまま額をリンの額にくっつけて、「熱いな・・・」と呟いた。
「完璧風邪だな、こりゃ。ゆっくり休んでなよ。何か食べるか?」
「・・・・・・いらない・・・」
 ゆるゆると首を横に振る。「そっか」と息を付き、「んじゃあ、水は飲める様に此処に置いとくかんな。ちょっと台所使うぞ」と言ってレンはリンの部屋を出て行った。

「・・・で、リンちゃんは今日お休み?」
「ハイ」
 十分休み、ミクはネルから貰ったメールを読むと早急にレンの元へダッシュで駆けて来た。
「馬鹿かぁ! 看病するくらいの事してやんなさいよ!」
「落ち着かんか、馬鹿はお前だ」
 今にもレンに掴みかからんとするミクの後頭部をネルは愛用の五十センチ程の木刀でスコン、と殴る。
「んー、でもそんなに熱無かったしなぁ・・・。あ、でも風邪って引き始めが怖いからなぁ・・・やっぱ俺も休みゃ良かったかなぁ・・・」
「今更遅いんじゃボケェーーーーーーーッ!!」
「あ・・・あの、落ち着いて下さい、初音先輩!」
 再び組みかかろうとするミクを真正面から麗羅が抑えた。
「あ、麗羅ちゃん・・・。・・・そだ、ね、レン君」
「? ハイ?」
 何か思い浮かんだのだろう、ミクは笑み(黒い)を浮かべると麗羅の背中をズイ、と押し、レンの方に近づけた。麗羅は顔を赤らめ、「な、何するんですか!?」と少し慌てた様にミクに問うがミクは何も応えない。
「ねぇ、レン君、麗羅ちゃんの事、好き?」
 ザワッ とクラスが一瞬ざわめいたがレンが
「好きだけど?」
 と言うと更にそのざわめきは一層輪をかける様に騒がしくなった。当の麗羅は カァァッと顔をこれでもかと赤くしている。
 ミクは一瞬何か考えた様だが、次に
「じゃあ、ネルちゃんは?」
「好きだけど」
「じゃあ、私は?」
「好きです」
「じゃあ、リンちゃんは?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「す・・・き・・・なのかな?」
「どっちかハッキリせんねーーーーーーっ!!!!」
「落ち着いて下さい、初音先輩!」
「落ち着かんか、阿呆が! 怒りすぎて九州弁(モドキ)が出てるぞ!」
「せからしか! きさん、何でさっきまでサラサラと好きや好きやと言えたんに何でリンちゃんのとこで口ごもるんや! 男やろ、どっちなんかはっきりせいや! くらすけんね!」
「・・・因みに“せからしい”は“やかましい”等、“きさん”は“貴様”、“くらす”は“殴る”の意味がある」
 確かそうです。クッ○ングパパが家にあったので其処から引用。間違ってたら九州方面の方、申し訳御座いません。
「・・・正直言うと、分からない、んですよね」
「分からない? 何が?」
 元に戻ったミクがレンに尋ねると「自分の気持が」と返事が返ってきた。
「幼馴染で・・・大切・・・ミク姉やネル、麗羅も大切な人・・・だけど・・・リンだけは分からない。特にリンが帰ってきてから・・・益々分からなくなってきて・・・」
 レンの言葉を聞いて、ミクは「ふむ」と考える様に人差し指を唇に置いた。
「自分の気持は自分じゃ分からないモノだからねぇ・・・。特にレン君は」
 ポソリ、と最後は独り言の様に呟いた。
「・・・そっか。まぁ良いや。あ、もう時間だ。じゃあ、私戻るね。バイバイ、レン君、ネルちゃん、麗羅ちゃん」
「・・・最後に肝心な事言わないで言ったな、アイツ・・・」
「え? 何か言ってたっけ? ミク姉」
『・・・(絶句)』
「?」

「あ、鏡音」
「あ、磯城音先輩、今日部活休んでも良いですか?」
「? 俺は別に構やしないけど・・・あれ? 今日は鏡音さん、来てないのな」
「あ、ハイ。風邪で」
「フーン・・・。で、何だ? お前は鏡音さんの看病か?」
「まぁ、そんなような・・・」
「お前さぁ・・・もうちっとは気付いてやれよ」
「? 何をですか?」
「・・・・・・。何でもない・・・。取り合えず、気ぃ付けてな」
「・・・? ハイ・・・」

 ガチャリ、と自分の部屋のドアを開いたら、
「・・・・・・・・・・・・」
 ポツネンと床に座り込んでいるリンの姿(朝と格好は同じ、つまりパジャマ姿)が其処にあった。
 ・・・・・・・・・・・・。
 思案、十秒。
「何で此処にリンがいんの? え、ちょ、これなんかのドッキリ? どっかからミク姉が飛び出して来ないよな? ちょ、有り得そうで怖いんですけど」
 ドッキリでは無い。取り合えず鞄を下ろし、リンの方にそっと近付く。
「どした? リン。何かあったか?」
「・・・・・・・・・」
 リンは虚ろな目でレンを見つめた後、そのまま倒れ込む様な形でレンに抱き着いた。ポスン、と言う擬音語が似合いそうな感じでリンはレンに受け止められた。その様子に最初こそ驚きはしたものの、レンはそっとリンを抱きしめた。抱きしめたその体は熱の所為か、熱かった。
 ギュウ、とシャツを弱い力で握り締められる。そしてリンの唇が何かを紡ぎ出そうとしているのを、
「いいよ、無理しないでゆっくりいいな」
 何時もよりも柔らかく、優しく言うと、ポソリ、とレンの耳元でリンは
「ごめん・・・」
 と呟いた。その言葉にレンは朝見た夢の事を思い出したがそれを直ぐに頭の中から消し去った。
「何が ごめん、なの?」
「わかんない・・・。でも・・・なんかそういいたい気分だったの・・・」
 ヒュウ、と熱の篭った息を吐き出すとリンは眠る様にレンの腕の中で崩れ落ちた。実際、眠ってしまったのだが。
 その体を辛うじて受け止めて、レンはこのままリンを抱えてリンの部屋まで行くのは何なので其のまま自分のベッドに寝かせる事にした。ヒョイ、とリンの体を抱きかかえ(つまりお姫様抱っこ)、ベッドに寝かせた。その表情は熱で赤みがかっているものの、穏やかなものだった。
「忘れてたのに、な・・・」
 リンの額を撫でながら、レンはそっと呟いた。そしてリンの額からそっと手を放し、その手で自分の胸元を押さえる。
「この怪我の事も、自分の気持も、全部、な・・・」
 そう呟いた声は、誰の耳にも届く事は無く、唯、空しげに空へと掻き消えていった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

風邪引き (学パロ 番外編)

長いです。本当はもう少し長くなる予定でした。忘れてただけです(←
取り合えずリンが風邪引いちゃった、てお話。後、二人の過去に何かがあった・・・らしいです(←
兎に角レンは鈍感。本当に鈍感。ミクが切れるのも分かる気が・・・。
地味に磯城音先輩もリンの気持に気付いてるけどレンが気付いてない事に疑問を御持ちのようで・・・まぁ、そりゃね。
取り合えず書きたいのかけて満足。
読んで下さって有難う御座いました!

閲覧数:1,689

投稿日:2010/06/10 22:13:02

文字数:4,683文字

カテゴリ:小説

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  • 囮 

    囮 

    ご意見・ご感想

    レンがリンが轢かれるのをかばったってことですよね?

    面白いです!出来れば続けて欲しい…
    あれ?これ連載するんですか?

    あと、出てきた九州ベン、大体あってますよ(`・ω・)b
    ちょっと関西弁が混ざっているような気がしますが…そこはおいといて。
    色んな県が混ざってますね^^
    ~か ~けん ~ばってん などは熊本弁、(長崎でも使います)
    〝くらす〟というのは長崎弁だったと思います!(熊本県でも使ったりします)

    間違ってたらすみません;

    2010/06/12 19:03:28

    • lunar

      lunar

      こんばんは、御久し振りです!

      ハイ、レンがリンをかばった形で御座います(←

      えと、これは一応連載物です。“再会”から始まってますので宜しければ読んで下さい(お前な・・・

      あ、そうですか、合ってましたか・・・。良かった・・・。記憶がうろ覚えなもので・・・。だってお父さんがクッ○ングパパ売っちゃったもんで・・・。百冊以上買ってたのに・・・勿体無い・・・。
      ハイ、関西弁が混じってるのは気付いてました(← でも直す気力が無かったんだもん・・・!(駄目人間
      取り合えず覚えてる限りの九州弁交えてみました。
      ・・・lunarは頗る記憶力が悪いので本家の方に突っ込まれるのが凄く怖かったです・・・(ガクガクブルブル

      いえ、有難う御座いました! これからも宜しくお願い致します!

      2010/06/12 20:07:05

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