ミクが来てから、それまで空き部屋となっていた卓の隣の部屋は、ミクの部屋となっている。
装飾品の少ない簡素な8畳ほどの部屋。あるのはテーブルとベッド、それに小さな本棚だけだ。女の子らしい何かは一つもない。
普段は静かなその部屋で、今は珍しく小さな電子音とキーを押すタイピング音が響いていた。
着けていたネクタイを外して上の服を脱ぎ、両手で服を抱いて露わになった白いミクの背中には、いくつかの小さなボタンのような機械がつけられていた。その機械は一定の間隔で明滅し、メイコの持つ小さなノートパソコン状の端末へ情報を送っている。
送信されてくる情報を一つ一つ確認しつつ、メイコは軽やかなタッチで端末のキーボードを使って得られた情報を整理していく。
「人口筋肉、体内機構、各関節部分に異常なし。脳波も正常、と。バグデータもないし・・・・うん、至って健康体ね。もう服を着ても大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます」
背中についていた機械をとって、ごそごそと服を着直す。ネクタイを締めなおすと、ミクは後ろへ振り返り、メイコへと向き直す。
メイコは、端末を操作して何かをしている。多分、データのまとめをしているのだろう。作業中に悪いかと思ったが、ミクはメイコに話しかける。
「それにしても驚きました。まさかメイコさんにまたこうしてお会いできるなんて」
「ふふっ、そう?もしかして喜んでもらえてる?」
「はい、嬉しいです。またお会いしたいと思っていましたから」
そう言って、ミクの唇が柔らかく半円を描く。ミクの笑みに、メイコは小さく驚き、しかしすぐにその表情を満面の笑みに変える。
「そう言ってもらえるとあたしも嬉しいわ。この前会った時よりも、いい顔するようになってるし」
「そうですか?あまりミクにはわからないのですが・・・」
「大丈夫よ、可愛い笑顔だったわ。ほら、こんな感じ」
それまで端末の上で踊っていた両手が、すっと伸びてミクの頬を指で優しく押し上げる。強引に笑顔を作らされて、ミクは目を丸くする。
「ねっ、可愛い」
悪戯を成功させた子供のような無邪気な顔。その顔につられるようにして、ミクも軽く吹いて指がなくとも自然と頬が上がって笑みを浮かべる。
「・・・・ふふっ、くすぐったいです」
「あ、こら!逃げるな!」
くすぐったそうにするミクに、メイコはそれを楽しむようにして繰り返しミクに悪戯をする。その姿を他の誰かが見ていたら、きっと仲睦まじい姉妹のように見えただろう。そんな二人も、ある程度するとメイコの手が止まる。
「うん、いい傾向ね。よきかなよきかな。それにしても・・・」
メイコはミクの部屋を見渡す。殆ど何もないその部屋を見て、メイコの眉間にしわがよる。まるで信じられないものでも見るかのような目だ。
「何にもないわね、ミクちゃんの部屋。何か飾ったりしないの?」
「いえ、特に飾りたいものもないですし。生活する分には今のままで事足りていますから。掃除も楽なので便利です」
そんなミクの事務的な応えに、メイコはテーブルを叩いて膝立ちになる。
「だめよミクちゃん!それじゃダメ!機能性を求めていいのは収納スペースだけよ。せっかくなんだから、自分の好きなものとか部屋に飾りましょうよ」
これまでにない固い意志の篭ったメイコの視線に押され、、ミク自身も少し考えてみる。うーん、という小さなうめき声を上げては見るが、どうもうまくイメージできない。
花とかを飾っておけばそれっぽくなるだろうか。しかし、だからと言ってどんな花を飾ればいいのかよくわからない。
「好きなもの、ですか・・・・」
試しにメイコの言葉を繰り返してみる。好きなもの、その一言にミクの頭の中に一つの物体が思い浮かぶ。その瞬間、ミクの中で革命的な衝撃が走る。
思い浮かんだシルエットをまるで名案のように喜び、それをメイコに伝えようと声を出しかけた、そのときだった。
「ちなみにネギはダメよ」
ぴしっとミクの動きが止まる。雷にでも打たれたように固まるミクは錆びたブリキのおもちゃのようにギリギリと首をかしげる。
「だ、だめですか・・・?!」
かっ、と言うメイコの口から絶句の声が上がり頭を抱える。深いため息をついたかと思えば、メイコの手のひらがさらにテーブルを叩く。
「ダメに決まってるでしょ、どこの世界に部屋にネギを飾ってる子がいるの。花瓶に刺さってるネギなんてあまりにもシュールすぎるわよ。いくら好きだといっても、それは認められないわ。却下よ却下」
「そうですか・・・・」
やっとのことで思い浮かんだ飾りたいものが全否定されてしまい、ミクの肩がうな垂れる。名案と思っていた分そのショックも大きい。
しゅんと肩を落とすミクに、やれやれとメイコは若干呆れつつ、ため息をついて苦笑を浮かべる。
「他に何かないの?アクセサリーとか、ちょっとした小物とか」
「そう言われましても・・・・」
メイコ的には女の子らしい答えを期待しているようだが、正直に言うとそれはまずありえない。
この一週間ミクのライフサイクルは、移動先が家やコンビニ、スーパーにのみ固定されていた。そのため彼女自身の趣味趣向といったものをくすぐるような物を見たり知ったりする機会は非常に限られてしまっていた。せいぜい感性をくすぐられたと言えば、スーパーに行ってネギを見たときくらいだ。つまり、今の生活に順応することでミクは手一杯だったのだ。
そのことを理解してくれたのか、メイコは自身の頭を軽く掻く。
「はぁ・・・、まぁたったの一週間くらいじゃまだ早かったかもね。それじゃあ今度一緒に駅前までショッピングしない?」
思いもかけなかったその提案に、ミクの目がきらきらと輝いて興奮を露わにした。
「ショッピング・・・っ!ホントですか?」
確か、普段卓とスーパーに行くような必要物資を補充する買い物を指すショッピングではない、別の同義語があることをミクは知っている。
今まで知識としてしか知らなかった、まだ経験したことのないもうひとつのショッピングと言うものを体験するチャンスがこんな形で巡ってくるとは思っていなかっただけに喜びもひとしおだ。予想以上の好感触に、メイコも頬を綻ばせる。
「ホントホント。あそこらへんならいろんなお店知ってるから、案内してあげる。駅前って言っても結構たくさんお店があるから、いろいろ見て回りましょ」
「ありがとうございます、とっても嬉しいです・・・っ!」
「ふふ、それじゃこっちの予定が空いたら連絡するわね・・・ってそうだ。これ渡すの忘れてたわ」
そう言ってメイコが慌てて胸の谷間から薄い携帯をだす。とんでもないところに仕舞われていたそれを、ゆっくりとミクは受け取る。ほんのり人肌に温かいのが、なぜかミクに妙な敗北感を与えた。卓がいなくてよかったと思い、なぜ自分がそんなことを思ったのか内心で首をかしげる。
そんなミクの気持ちなど気づいているわけもなく、メイコはミクの手元にある携帯を指差す。
「これ、衣類の支給品と送る予定が遅れちゃって。一応番号とかメルアドも登録してあるから使って」
「ありがとうございます、携帯電話って初めて持ちます」
物珍しそうに受け取った携帯を開け閉めする。待ち受け画面は、なぜか酒瓶を抱えたデフォルメのトラの画像だった。新しいおもちゃをもらった子供のように夢中になっているミクに、メイコが悪戯っぽく言う。
「変なサイトにアクセスとかしちゃダメよ」
「変なサイトですか?」
いまいち何のことを言っているのかわからず、ミクは言葉と共に首をかしげる。妙なところで疎いなこの子と苦笑しながら、メイコは右手を横に振る。
「うん、わからないならいいの。気にしないで、あんまりむやみやたらに使っちゃダメってこと」
「はい、わかりました。大事に使います」
受け取った携帯を、しばし眺めてから名残惜しそうにポケットへとしまう。その仕草を可愛いなと思いながらメイコが見つめていると、彼女の頭の中で記
憶が掘り出されてあることに気づく。
「そういえば・・・、支給品のリストを見たんだけど。ミク、あなたもしかして全部その服しか持ってないんじゃない?」
そう言いながら指差された服。ミクが普段着ているネクタイとYシャツ、スカートのセットのことをメイコは言っているらしい。メイコの疑問に対してミクは頷いて肯定の意思を示す。
「そうですね、この服は機能性にも優れていますし、乾くのも早いのでとても
便利です。いまのところこれで困ったことがないので特に気にしたことはないです」
その言葉にメイコの肩ががくっと下がってうな垂れる。まるで頭痛でもするかのように手を額につけて頭を振る。
「はぁ・・・、これが男家族の元に送られた悲劇ってやつなのかしら。そもそも注文したのが卓君だったって時点でもうちょっと配慮するべきだったわ」
いい?と気を取り直したメイコが真剣な表情でミクを見つめる。
「女の子には、ファッションに気を使うのも重要なお仕事なの。同じ服しか持ってないなんて許されざる行為よ」
「えっと・・・、そうなんでしょうか」
メイコの力説に若干たじろぎながら、メイコへの視線は外さない。その一言にメイコは勢いよく立ち上がって拳を握る。
「そうなんです!歌を唄うのに必要な感性だってこういうところから磨かれていくんだからね。これはなんとしても早期に対処しなければ。確かATDの支給品リストにいくらか種類があったわね。ミクちゃん任せておいて!服は私があとで発注しておくわ。それでしばらくは我慢して」
悩んでいたかと思えば勢いよく振り向いて見せたメイコの表情はとても生き生きとしていた。元からこういうことが好きなのかもしれない。何はともあれ、ミクとしてはこれで困ることもないので素直にその好意を受け入れる。
「はい、わかりました。気を使って頂いてありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げるミクにメイコが笑って応える。
「これくらい当たり前よ。それにしても卓君は意外に気が利かないわね。もうちょっと配慮があってもいいと思うんだけど」
その一言にミクの耳が若干ぴくっと動く。
「こういうところからもしっかり気を使ってあげなきゃいけないのに。やっぱり初心者だし、しょうがないのかしら」
メイコの独り言のような言葉に、さらにミクが微かに震える。その反応に、微かにメイコの口元が笑みを作るが、すぐに元に戻ってしまい言葉を続ける。
「見た目はそんなに悪くはないんだけど、気遣いが足りないんじゃ減点ものね。これじゃあ女の子にももてそうにないわ。だから音楽もまともにできないのかしら、結構不器用そうだしね」
くすくすと含み笑いをするメイコの傍で、だんだんとミクの体がうずうずし始め、とうとうその口が開く。
「そんなことはないです。マスター・・・卓さんは確かにちょっと抜けてるところもありますが、見えないところでとてもミクに気を使ってくれています」
「・・・ふぅーん」
いぶかしむような視線に、ミクはまっすぐと自信を持って向き合う。その瞳に微かな怒りを伴って。
「確かに、卓さんはお茶碗の米を時々残すし、テレビのチャンネルを何の断りもなしに勝手に変えたりするし!お風呂は熱いし、トイレの便座は開けっ放し、楽譜だってまともに読めません!」
「・・・結構ダメな点多いわね」
「だけど!」
メイコの言葉を静止するように、ミクの声が通る。
「だけど、ミクが歌を練習しているとき、喉が渇いたと思ったらわかっていたように飲み物をくれるし、買い物でネギを見ていると何時までも待っていてくれます。失敗した料理だって、なんだかんだと言いながら全部食べてくれました。歌だって、楽譜はまだ読めないけど一生懸命作詞や作曲をしてくれてます!だから、だから・・・・あれ、ミクは何を言おうと・・・?」
自分で何を言おうとしていたのかわからなくなり、ミク自身首をかしげて頭に手を添える。困った表情をするミクにメイコは小さくため息のような吐息を漏らし、口元に手を当てる。
「あらあら・・・」
「?なんでしょうか」
「ううん、なんでもないわ」
メイコの声に反応して、頭を抱えていたミクが視線を向ける。その視線を感じながら、メイコは内心で喜んでいた。困ったり、喜んだり、今だってほんのりと朱に染めたその頬が一体どんな意味を持っているのか、そんなミクの変化がたまらなく嬉しかった。だからだろうか、メイコの中で一つの気持ちが生まれ、それはあっという間に大きくなりメイコを行動させた。
「ねぇ、せっかくだから一つ聞いていい?」
嬉しさのあまりに生まれた悪戯心は、メイコにミクのすぐ傍まで近寄らせて意味深に笑みを浮かべさせた。そんなメイコの気持ちなんて知るわけもなく、ミクのきょとんとした表情がメイコの目の前にある。
「はい、なんでしょうか」
何の警戒もしていない表情のミクに、メイコはくすっと笑って耳元にぼそりと語りかける。
「卓君のこと、好き?」
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ご意見・ご感想
warashi
ご意見・ご感想
はじめまして@たぁさん!コメントありがとうございます!^^
凄く嬉しくてありがたいです!
あんなに長い文書を読んで頂いて本当にありがとうございます。
もっと読みやすいように工夫すればいいんですけど、私はあまり頭がよくないのでうまくいかないです^^;
母親のフォルダのところは友達の話なんかを参考に自分なりに頑張ってみたところなので、何かが読んでくれる人に届いたなら本望です。
今後のミクの成長、期待に応えられるようにミクともども頑張っていくので、また読んでくれたら嬉しいです!^^
また、コメントを頂けるよう頑張りますので、よろしくお願いします!
さっそく、今日続きを少しUPできたので、宜しかったら読んでください。
2009/03/20 14:21:03
@たあ
ご意見・ご感想
はじめまして。
章が進む事にわくわくして、序章から一気に読んじゃいました^^
母親のフォルダの話しめっちゃ好きです、胸がジーンとなりました。
今後のミクちゃんの成長が気になりますw
次回も楽しみに応援しています。
@たあでした[・ω・]
2009/03/20 01:45:06
warashi
ご意見・ご感想
<トレインさん
また来ていただいてありがとうございます^^
メイコの質問の回答は・・・まだまだ引っ張らせて頂きます!
私も最近は若干スランプ気味なのでペースが随分遅くなってしまいました。
私自身、いつもトレインさんや他の方のコメントがあって頑張れている気がします。
トレインさんの作品とても好きなので楽しみにしています。お互い頑張りましょう!^^
またコメントが頂けるように頑張って書いていきます、よろしくお願いします!
<佑希さん
いつもコメントありがとうございます、嬉しいです!^^ノシ
いえいえ!佑希さんの方が素敵な文書を書かれているので勉強になっています!
最近はメイコを書いているときが一番楽しいかもしれません。
でも一番書きたいのははちゅねのことだったり(苦笑)
ミクと卓との関係も今後佑希さんみたいについニヤッとしてしまうような展開が書けたらいいなと思ってます。
次回もwktkしていただけるように頑張ります!
また読んで頂けたら幸いです!
2009/03/11 03:27:56
トレイン
ご意見・ご感想
こんにちは~
また、一気に読んでしまいました。
毎回毎回面白く、
とても楽しい気分になります^^
って・・最後の一行って何だ!?
PS.自分の小説に感想ありがとうございました。
最近ちょっとスランプで思い浮かばないんですが、warashiさんの
感想をいただけたので、ちょっと頑張ってみたいです。
次回お待ちしてます~
2009/03/10 16:13:04